太田述正コラム#2512(2008.4.27)
<ロシアの体制(続)>(2008.5.31公開)
1 始めに
 FSBが支配するところとなったロシアがいかなる国であるかを、三つの具体的事例を通して探ってみましょう。
2 具体例
 (1)正教の国教化
 プーチン政権は、宗教統制にも乗り出しています。
 最も最近の調査によれば、回答者の71%がロシア正教信者だと答えており、これは2003年には59%だったことを考えると大きな変化です。
 これには、プーチン政権が正教の事実上の国教化を推進していることによるところが大なのです。
 プーチン自身、十字架を身につけ、自分がロシア正教徒であることを公言しつつ、政府が統制下に置いているTVにロシア正教のアレクセイ2世大主教(Patriarch Aleksei 2)と何度もツーショットで立ち現れます。
 その一方でプロテスタント諸派、次いでカトリック教会は陰に陽にその活動に妨害が加えられているのです。
 ロシアの総人口は1億4,200万人であるところ、プロテスタントは約200万人であり、700万人から2,000万人と言われるイスラム教徒よりずっと少ないのですが、イスラム教徒はそれほど増えないだろうと考えられており、敵視されていません。
 これに対し、プロテスタント諸派は、布教が事実上禁じられている上、信仰をすること自体すらままならない有様です。
 プーチン政権もロシア正教も、反欧米感情を共有していますが、プーチン政権にはこれに加えて、政府から独立した組織の存在そのものを厭う気持ちがあります。
 ソ連が崩壊した直後は、ロシアで信教の自由が比較的認められていたのですが、1997年にエリティン政権がプロテスタント諸派の多くに登録義務を課したことが転機になりました。もっとも、エリティン自身のロシア正教との関係には微妙なものがあり、また、当時のロシアの情勢が混沌としていたこともあって、プロテスタント諸派に対する規制にも甘いものがありました。
 しかし、今では、プロテスタント諸派が私家屋内で祈祷を行うことを超える活動をする場合には政府に登録しなければならず、しかも、書類の不備や他の活動の隠れ蓑に使われているといった理由で登録が受理されないことの方が多いのです。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2008/04/24/world/europe/24church.html?_r=1&hp=&oref=slogin&pagewanted=print  
(4月24日アクセス)による。)
 (2)歴史の歪曲
 以前(コラム#548で)記したように、ウクライナでの1932~33年の大飢饉は、スターリンが引き起こしたものですが、これはウクライナの民族意識や自治への欲求を粉砕する目的で、ウクライナを特に狙い撃ちにした、一種のジェノサイド(ただし、国連のジェノサイドの定義には完全にはあてはまらない)であったと米国ほか欧米数カ国は認識しています。
 実際、工業化を至上命題とする時代背景の下、農業集団化と軍隊による穀物の収奪がソ連の全農村地帯にわたって行われたものの、農村地帯が封鎖され、農民の逃散が阻止されたのはウクライナとクバン(Kuban。コーカサス地方に隣接するウクライナ人居住地区)だけであり、だからこそこの両地区における餓死率が際だって高くなったのです。
 ウクライナ議会は2006年にこの大飢饉をジェノサイド(holodomor)であるとする決議を行い、大統領のユシュチェンコ(ユーチェンコ=Yushchenko)は、ジェノサイドであることを否定することを犯罪とする法律を成立させようとしています。
 これに対し、ロシアの下院は今月、ジェノサイドであることを否定する決議を行いました。
 また、ロシアのノーベル賞作家のソルジェニーチン(Alexander Solzhenitsyn)も、ジェノサイドとするような者は恨みがましい反ロシア的な狂信的排外主義者である、とウクライナ並びに欧米諸国を非難する文章をイズベスチャ紙に寄せました。
 ウクライナ国内でも、東部のロシア語をしゃべる親ロシア派を率いる元首相ヤヌコヴィッチ(Viktor Yanukovych)は、ジェノサイドではなく、「悲劇」という言葉を用いるべきであるとし、2006年の決議もボイコットしたところです。
 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/04/26/AR2008042602039_pf.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Ukrainians_in_the_Kuban
(どちらも4月27日)アクセスによる。)
 (3)領域の拡大
 ソ連崩壊後の内戦を経て、グルジア共和国内のアブハジア(Abkhazia)地区と南オセチア(South Ossetia)地区は、ロシアの支援の下、かねてより事実上独立状態にあります。
 このたびプーチン政権は、この両地区に住むロシア国籍者の利益を保護するとともにこの両地区との協力関係増進のため、この両地区にロシアの代表部を開設することとし、事実上両地区をロシア内の自治共和国扱いにしました。 
 ロシアは、2000年にはアブハジアの住民にロシアのパスポート授与を行うこととし、今年に入ってからは、先月には両地区への軍事援助を禁じた(旧ソ連邦構成諸国によって構成される)独立国家共同体(Commonwealth of Independent States)の1996年規制から離脱し、またこのほか2014年のソチ冬季五輪関連の契約をアブハジアの会社に開放したところ、今回の措置は、両地区のロシアへの併合への動きを更に進めたものであり、もはや両地区はロシアに経済的・法的に併合されたと言っても過言ではありません。
 その一方で、ロシアはグルジアと事実上の断交状態を続けています。
 道路、鉄道は国境で切断され、両国間には貿易も金融取引も郵便も存在しません。
 要するにプーチンは、ヒットラーが1937年に扇動を始めてドイツ人以外をズデーデン(Sudeten)地方から追い出し、翌1938年にこのズデーデン地方をチェコスロバキアから奪い取ったのと同じことを今まさにやっているわけです。
 しかし、70年前と同様、欧米諸国は何もせずにこれを荏苒眺めているだけなのです。
 (以上、
http://www.ft.com/cms/s/0/c4a6dfe2-0caa-11dd-86df-0000779fd2ac.html  
(4月18日アクセス)による。)
3 終わりに
 このように、FSBが支配するロシアは、ナショナリズムを煽り、彼らによる支配を聖化し、歴史を歪曲し、領域の拡大を行うという、余りにも典型的なファシスト国家であると言えるでしょう。
 自由民主主義諸国は、より毅然とした姿勢でこのロシアと共存共栄を図っていく必要があります。