太田述正コラム#2521(2008.5.1)
<オバマ大頭領誕生へ?(続x7)(その3)>(2008.6.4公開)
 (2)オバマへの批判
 一論者    :オバマがライトと考えが違うことは、オバマの本や言動から明らかだ。不思議なのはそんなオバマがライトの教会から脱会しなかったことだ。オバマがこの教会に集う人々が好きだったかこの教会が地域で果たした役割が好きだったということなのだろう。もちろんライトも一杯よい説教だってやったに違いない。
 マケイン候補 :いくら何でもライトのエイズ「理論」とファラカンの弁護についてはオバマは同じ考えではないだろう。
→少なくとも「原爆投下=テロ「理論」」については、オバマはライトと同じ考えだろうとマケインは言いたい?(太田)
 クリントン候補:オバマはライトと同じ考えなのでは? さもなきゃどうしてこれまでライトの教会から脱会しようとしなかったのかが説明できない。
→クリントンの言っていることが正しいと思う。しかし、同じ民主党の政治家としてはあるまじき発言だと思うのは私だけではあるまい。(太田)
→いずれにせよ、この種の議論の非対称性を指摘する声がある。白人のマケイン候補の有力な支援者に、ライト並みに偏屈極まる(=bigotの)白人のハギー(John Hagee)師がおり、このハギー師が、ライト師が登場する黒人差別的なマケイン応援コマーシャルを、4月6日に次の予備選が行われる北カロライナ州で流しているところ、マケインが、このコマーシャルの放送を阻止することに余り力を入れようとしないまま、ハギー師との親しい関係を維持していることはほとんど咎められていない、というのだ。(太田)
6 オバマのライトとの「絶交」
 (1)オバマの「絶交」宣言
 オバマは、28日には引き続きそれまでの、ライトと考え方は違うところがあるけれど親交は続けるという姿勢を基本的に崩さなかったのですが、29日になって、以下のような、ライトとのいわば絶好宣言を発出しました。
 
 ・・・米国政府が、エイズを黒人の間に流行らせたとか9.11同時多発テロを自ら招き寄せた、といったばかげた話は、私がやろうとしていることや私自身と相容れない。・・ライト師の最近のいくつかの発言は、事実に基づかない雄叫び(rants)に過ぎない。・・われわれの選挙運動がかくも成功裏に推移してきたのは、われわれがこの種の議論より一歩先に進んだからこそだ。<ライト師は、米国において>・・かつて存在した<白人と黒人の間の>分裂を再浮上させ、煽り立てよう(exploit)とした。これはわれわれの選挙運動に対するアンチテーゼだ。・・私が政治的にライト師から遠ざかろうとしたというライトの・・発言は、彼が私のことを分かっていないということだ。しかし、かねてより問題となっていたライト師の発言やここ数日のライト師の発言は、これまで私自身が直接聞いたことのないものばかりであるところを見ると、どうやら私の方も彼のことを分かっていなかったらしい。・・以上のようなライト師の発言は、私の見解とは異なるし、われわれの選挙運動がめざしているものとも異なる。・・昨日の彼は、20年前に私が出会った人物ではない。<いずれにせよ、政治的云々の彼の>発言は私を怒らせた。いや米国人全てを怒らせたのであり、彼は非難されてしかるべきだ。・・彼は自分で自分を笑いものにしてしまった(caricatured himself)。・・この記者会見の機会を利用して、私は、以上の結果、ライト師と私の関係は変わったとはっきり申し上げておきたい。彼は私のことなど余り考えてくれていないように見えるし、何よりも、彼はわれわれがこの選挙運動でやろうとしていること、米国の人々のためにやろうとしていることなど、余り考えてくれていないように見える。・・・
 (以下、特に断っていない限り
http://www.cnn.com/2008/POLITICS/04/30/roland.martin/index.html
http://www.csmonitor.com/2008/0501/p01s01-uspo.html
http://www.nytimes.com/2008/05/01/us/politics/01poll.html?hp=&pagewanted=printhttp://www.nytimes.com/2008/05/01/us/politics/01wright.html?_r=1&hp=&oref=slogin&pagewanted=print
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/04/30/AR2008043003429_pf.html
http://newsweek.washingtonpost.com/onfaith/guestvoices/2008/04/the_black_church_as_cultural_c.html
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/04/30/AR2008043003252_pf.html
(いずれも5月1日アクセス)による。)
 (2)改めてオバマとライトの関係について
 オバマは2004年に上院議員に当選した時に行った演説でいの一番にライト師に感謝の意を表明しました。
 ライト師によってオバマはキリスト教に入信し、黒人であるという自覚に到達した、という趣旨のことをオバマは自叙伝“Dreams From My Father.”に記しています。
 2007年に大統領選への出馬表明をスプリングフィールドで行うことにした時、オバマは、ライト師に祈祷をしてくれるように依頼してあったのですが、表明前夜、ライト師の携帯に電話し、「あなたの説教は波風を立てるかもしれない(can get kind of rough)ので、正面に出ていただかない方がよろしいのではないでしょうか。祈祷は止めていただけませんか。」と伝えました。そして、ライト師に代わってトリニティー教会の主宰者となることが決まっていた牧師に祈祷をやっていただくのはいかがかとオバマに問われたライト師は、じゃ私が彼に電話してやろうと答えたというのです。ところが、オバマは、「いや、もうこちらから連絡をとってあります」と言ったというのです。
 結局、その牧師は依頼を断ったのですが、ライト師はそれでもスプリングフィールドに赴き、前述したように、オバマ一家と一緒に祈祷を捧げたわけです。
 ライト師は、こんなことになったのはオバマの選挙運動での取り巻き連中のせいだと腹を立てたのですが、オバマとの親交は続き、その数週間後、選挙運動が始まっていたのに、わざわざ、ライト師のトリニティー教会主宰者就任35年記念レセプションにオバマ夫妻が出席しています。
 上述のオバマの自叙伝には、ライト師の説教にはすべて同意したわけではないけれど、いつも刺激を受けたとも記されています。
 要するに、ライト師はオバマの文字通りの師であったということです。
 ちなみに、同書に「説教の中でライト師はシャープスビル(Sharpsville。南アフリカで1960年に警察署に押し寄せた黒人群衆に警察が発砲し、60人が射殺され178人が負傷した事件が起こった町の名前(太田))や広島について、また、無情なホワイトハウスや州庁の政治家達について、語った」と書いてあるところをみると、少なくとも原爆投下を非難するライト師の言葉は、これまで何度もオバマは耳にしていた、ということになりますね。
 4月28日に米国記者クラブでライト師は、最も問題となった司会者との質疑応答の前に講演を行っているのですが、その内容から、オバマがどれほど同師の深い影響を受けているかがよく分かります。
 ライト師は、解放(liberation)、変換(transformation)、和解(reconciliation)を論じています。
 解放とは、あらゆる形の抑圧に反対することを意味するだけでなく、異なっていることは劣っていることを意味しないということを自覚して、あらゆる劣等感や優越感から自らを自由にすることでもあるのです。
 変換とは、変革された世界において、生活、考え方、法、社会秩序、心等ありとあらゆるものを変革することです。
 和解とは、われわれ個々の豊かな歴史の全てを尊重する(embrace)することを意味し、相互に優劣のない、しかし異なった文化を背負った存在として、個々人が己を維持していくことです。
 これらはまさに、オバマが大統領選挙において訴えていることの基本にある考え方そのものではありませんか。
(続く)