太田述正コラム#2533(2008.5.7)
<オバマ大頭領誕生へ?(続x8)(その2)>(2008.6.12公開)
(脚注)
 ラビング夫妻の話がガーディアンにも載った(
http://www.guardian.co.uk/world/2008/may/07/usa.humanrights
。5月7日アクセス)ので、この記事の内容も参照しつつ前回書いたことを補充するとともに、ワシントンポストやガーディアンがどうしてこの話を取り上げたかについても触れておきましょう。
 ミルドレッドは、黒人といっても、チェロキー・インディアンの血も入っており、写真を見ると、若い頃はスレンダーな美人ですね。夫のリチャードもなかなかの好青年ですよ。
 バージニア州の人種間通婚禁止法は、まだ植民地時代の1691年に制定され、すべての有色人種が対象でした。リチャードは、この法律の存在は知っており、だからこそ、彼はミルドレッドを連れて、州外のワシントン市で婚姻届を出したのです。しかし、バージニア州が、有色人種と結婚するために州外に出て、その後州に戻ってくることまで処罰の対象にしていたことまではリチャードは知らなかったのです。
 1967年に最高裁判決が出た後、ラビング夫妻はバージニア州の故郷に戻り、リチャードは大工の腕を活かして一人で家を建てます。
 しかし、1975年に悲劇が襲い、酒酔い運転の車にぶつけられて自分達の車に乗っていたリチャードが死亡し、ミルドレッドは片目を失ってしまいます。
 その後、ミルドレッドは、自分達は市民権運動家でも何でもない、単に故郷で一緒に住みたかっただけだ、と取材をほとんど受け付けないまま、再婚することなくリチャードが建ててくれた家に住み続け、5月2日に68歳で亡くなりました。
 貧しいままの薄倖な生涯でしたが、リチャードとの間に2男1女を設け、うち1人の男子に先立たれていますが、沢山の孫やひ孫に恵まれたことだけが救いです。
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 (2)ライトの援用した黒人右脳学習理論へのイチャモン
 これはオバマに対する直接的な攻撃ではないけれど、間接的にそれを狙ったところの、ライトの援用した黒人右脳学習理論へのイチャモンについても触れておきましょう。
 ニューヨークタイムスの論説委員(Public Editor)は、この理論は神経科学者達によって神話に過ぎないとされている、と片付ける杜撰な論説を書きました(
http://www.nytimes.com/2008/05/04/opinion/04pubed.html?ref=opinion&pagewanted=print
。5月5日アクセス)。
 ライトは、二人の学者を援用しつつこの「理論」を紹介しているのですから、イチャモンをつけるのであれば、せめて「神経科学者」の個名を明らかにすべきでしょう。
 元東京医科歯科大学教授の角田忠信氏が1970年代に、「右脳と左脳はバラバラに働いているのではなく、普通は協働的に機能している。ただし、「言語」が発せられたとき、言語脳である左脳が優位となる。例えば、楽器の音色を聴いているとき、右脳が受容処理の主体となっているが、言葉が聞こえてくると、その音楽を含めて左脳で処理され始めるのである。<以上は欧米人やほとんどのアジア人の場合である。>しかし・・・日本人の脳の場合は、最初から特殊である。洋楽器の音色こそ右脳受容であるが、三味線など邦楽器となれば初めから左脳で受容されるのである。前述したが、虫の音も左脳(欧米人は右脳)だし、言語は母音・子音とも左脳(欧米人は母音は右脳、子音は左脳)である。さらに、日本人は情動(感情、パトス)も左脳にその座がある。」(
http://www.eonet.ne.jp/~mansonge/mjf/mjf-49.html
。5月7日アクセス)という理論を提示したのはご存じの方も多いでしょう。
 その後、角田理論が誤謬であることが判明したとは聞いていません。
 ライトの援用した理論だって、誤謬であることが判明しているわけではないのでは?
 それにそもそも、ライトは宗教家です。
 彼が援用した理論が誤謬であるかどうか詮索するよりも、ライトがどうしてああ言わざるをえなかったかを忖度すべきでしょう。
 平均的黒人が平均的白人より学習能力が低い、つまりはIQが低いことで、黒人達が抱いているコンプレックスを緩和するためには、平均的黒人の学習能力は平均的白人とは異なったものであり、平均的黒人は、IQとは違った知能の物差しで測れば、平均的白人よりむしろ上回っている、と言うことが効果的であるとライトが考えた、と受け止めてあげるべきなのです。
 (3)オバマの妻ミシェル・オバマ攻撃
 私の記憶する限り、オバマの妻であるミシェルを、彼女のプリンストン大学の時の学士論文をとりあげて批判し、そんなミシェルを妻にしたオバマを攻撃することを最初にやったのは、アジアタイムスの異才コラムニストのスペングラー(仮名)です(
http://www.atimes.com/atimes/Front_Page/JC04Aa01.html
。3月4日アクセス)。
 スペングラーは、ミシェルがこの学士論文の中で、黒人と白人の宥和ではなく、分離を叫ぶ黒人運動家達に共感を覚えることを示唆していること、プリンストンが黒人差別的であるとともに、社会的栄達を至上命題とする教育をしている、と批判しているとした上で、ミシェルの文章力がお粗末であり、彼女がハーバード・ロースクールを卒業してからイリノイ州の弁護士資格試験に通るまでに1年以上を要したこと、そして就職した一流のローファームで落ちこぼれてしまったこと、は不思議ではないとし、にもかかわらず、ミシェルが、自分が浮かばれないのを白人優位の米国社会のせいにしているらしい、と指摘するのです。
 そして、こんな女性が妻では、オハイオ州でオバマが予備選で勝利した時に「この瞬間まで私は米国に誇りを持てなかった」と言ってミシェルが米国嫌い女として顰蹙を買ったように、オバマは足を引っ張られることになる、と主張したのです。
 ライト騒動が起こった後、ヒッチェンスが、スレート誌掲載の前掲論考の中でほとんど同じイチャモンをつけたのを見て、私は一層ヒッチェンスを蔑む気持ちになりました。
 確かにミシェルの学士論文(
http://www.scribd.com/doc/2305083/PrincetonEducated-Blacks-and-the-Black-Community
。5月6日アクセス)は、私自身、構成力も文章力も、超有名校であるプリンストンの学生としてはできが悪い感じがします。プリンストンもハーバード・ロースクールも逆差別的に黒人のミシェルを入学させた可能性は否定できないでしょう。
 しかし、とにもかくにも彼女は両校を卒業していることからすれば、彼女がかなり優秀で良く勉強もした女性であったことは間違いありません。
 それに、20台前後に書く文章など、中身も文章そのものも読むに耐えないのが普通ではありませんか。
 たまたまオバマの妻になったが故に、このような底意地の悪いあら探しに遭う羽目になったミシェルに、そしてその夫であるオバマに私は心から同情を禁じ得ないのです。
4 終わりに
 いかがでしたか。
 米国にとって有色人種差別、とりわけ黒人差別がいかに根深いものがあるか、だからこそ、米国はオバマを大統領にすることによって、有色人種差別の最終的な克服をめがけた第一歩を踏み出さなければならない、ということがお分かりいただけたでしょうか。
(完)