太田述正コラム#2535(2008.5.8)
<国際犯罪の脅威>(2008.6.13公開)
1 始めに
 長らく東欧担当のBBCの記者を勤めている英国人のグレンニー(Misha Glenny)が最近上梓した’McMafia: Crime Without Frontiers’という本の要旨をご紹介し、われわれが21世紀に直面している国際犯罪の脅威について考えることにしましょう。
 (以下、特に断っていない限り、この本の書評である、
http://books.guardian.co.uk/reviews/politicsphilosophyandsociety/0,,2271281,00.html
(4月8日アクセス)、
http://www.nytimes.com/2008/04/11/books/11book.html?pagewanted=print
(4月11日アクセス)、
http://books.guardian.co.uk/reviews/politicsphilosophyandsociety/0,,2277652,00.html  
(5月3日アクセス)、
http://www.slate.com/id/2189944/
http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/books/reviews/mcmafia-crime-without-frontiers-by-misha-glenny-815014.html
http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/books/crime/article3627001.ece
(いずれも5月8日アクセス)による。)
2 グレンニーの本の要旨
 (1)序
 国際犯罪が急速に増大したのは、1980年代末からのソ連圏の崩壊と、それと平行して進行した国際政治経済環境の変化のせいだ。しかも、国際犯罪の影には国家の姿が見え隠れしている。
 (2)ソ連圏の崩壊
 ソ連圏の崩壊以前から、ソ連圏内で、後に国際犯罪の急速な増大をもたらしたところの基盤造りが行われていた。
 例えばブルガリアでは、共産主義時代に諜報機関が武器や麻薬の密輸に手を染めていた。
 当時、西欧のヘロインの80%はブルガリアのDS(ソ連のKGBに相当)が仲介していた。また、共産主義体制の下で、市民的責任感が希薄な腐敗した管理者層が形成されていた。
 共産主義体制が崩壊すると、こういった連中と、失業したところの、監視、密輸、殺人、通信網設立、脅迫等の専門家であった、秘密警察員、スパイ摘発係官、特殊戦部隊員、国境警備隊員、殺人担当刑事、交通警官等がつるんで、が麻薬、売春、車窃盗、マネーロンダリング、恐喝を大々的に手がけ始めた。
 新たに国際犯罪センターの一つに浮上したのがトランスニストリア(Transnistria)だ。
 モルドバから分離した、米ロードアイランド州くらいの面積しかない、この世界のどの国も承認していない「国」は、旧ソ連の軍隊から横流しされた武器と自「国」内の2つの秘密武器工場で製造した武器を、東隣のウクライナのオデッサ(Odessa)州経由で、コーカサス、中央アジア、中等、西部及び中央アフリカといった世界の紛争地域に密輸している。
 カザフスタン、グルジア、モルドバ、ユーゴスラビア、そしてもちろんロシアでも同じようなことが進行した。
 ロシアのエリティン政権は国家資産を国際市場価格の40分の1で払い下げたため、大金持ちのオリガーキー達が一夜で出現したが、彼らは自分達を守るために前科者や元KGB職員を雇い入れ、武装オリガーキーとなり、国際犯罪的ビジネスを展開した。
 その後のプーチン政権は、国際犯罪的ビジネスの主導権を、武装オリガーキー達の手から奪って、自分もその一員であるところの元KGB職員達が牛耳る国家に移し、現在に至っている。
 (3)国際政治経済環境の変化
 国際政治経済環境の変化とは、経済面においては、金融・商品市場の規制緩和であり、インターネットを始めとする技術革新であり、世界規模の貧富の差の拡大だ。
 これに伴い、麻薬密輸に加えて、音楽の違法ダウンロード等、取り締まりの対象は増えるばかりだ。
 また、臓器移植に伴うリスクが薬品の技術革新で低下したことにより、臓器の国際ヤミ市場が生まれている。
 政治面での変化に伴っては、以下のようなことが起こった。
 ソ連圏が崩壊して余剰武器や傭兵となった元兵士が発生したことが契機となって世界中に、政府の統制下にない武器や傭兵が溢れることになった
 また、ソ連圏の崩壊は、西欧への性奴隷の供給をももたらした。こうしてプラハとドレスデンをつなぐ恥の高速道路(Highway of Shame)が出現した。
 中共の経済の自由化は、違法コピー商品の世界最大の生産・輸出国を出現させた。
 国際貿易・投資の拡大を目的とした経済改革が世界中で行われた結果、国境は有名無実化しつつある。
 米国を始めとする先進国の持続的経済成長は、合法違法の外国人労働者、麻薬、マネーロンダリング等に対する需要を飛躍的に増大せしめた。
 (4)その帰結
 以上の結果、その少なからぬ部分がかかる国際犯罪がらみであるところのヤミ経済が、今や世界経済の15%から20%を占めるに至った。
 内戦は地域的に限定されているし、国際的な戦争で10年以上続くものは希だ。しかし、国際犯罪は時間と空間によって制約されることなく、加速的に増え続けている。
 国際犯罪は、国際テロの脅威を上回る、21世紀最大の脅威であると言ってよい。
 国際犯罪の担い手である犯罪組織は、政治家や警察が腐敗している場所で蔓延るものだが、蔓延る最大の原因は、人間のニーズや欲望が求めるものを非合法化し過ぎているところにある。
 例えば日本では、政府が長年にわたって法律専門家の数を増やそうとしなかったため、公的な紛争解決メカニズムが十分機能せず、その間隙をついてヤクザが肥大化した、という経緯がある。
 また、中共の蛇頭(snakeheads)は、法外な代金をとって貧しい農民を欧米に密入国させているが、中共政府は農村の失業率が減り、その農民の本国への送金が経済を潤すことから、また、欧米の雇用主は低賃金労働者が確保できることから、また、蛇頭にカネを出して農民を欧米に密入国させた人々はそのカネが収益を生むことから、喜んでいる。
3 感想
 ある書評子が指摘しているように、国家の影がちらつく国際犯罪は昔だってありました。
 エリザベス1世当時の英国の海軍や商船は、欧州諸国から、自分達の船を襲うことを常とする海賊とみなされていたことや、英国の商人達が19世紀の支那に禁制のアヘンをインドから密輸出して清の皇帝の逆鱗に触れたことは良く知られています。
 また、われわれにとってはおなじみの北朝鮮による国家ぐるみの拉致、通貨偽造、麻薬製造販売等の国際犯罪、あるいはまた、かつてマラッカ海峡、そして現在ソマリア沿岸で頻発する海賊行為にグレンニーが触れていなさそうなのも、画竜点睛の感があります。
 この本が上梓され、反響を呼んだことで、今後、国際犯罪に対する関心が高まり、より精緻で包括的な研究が行われることを願って止みません。