太田述正コラム#2557(2008.5.19)
<米国経済の憂うべき現状(その1)>(2008.6.23公開)
1 始めに
 日本経済新聞の春原剛編集委員によると、「<米>大統領選への出馬表明以来、共和党の大統領候補、ジョン・マケイン上院議員の外交顧問団には日本から見て多くの見慣れた顔が集まっている。・・・彼らのアジア政策の支柱は「安定した日米安保体制の堅持」である。中国との戦略的関係を重視する「関与政策派」が多数を占める民主党のヒラリー・クリントン上院議員らの陣営に比べ、マケイン陣営は日本や韓国、豪州などを念頭に置いた「同盟重視派」が主流をなしており、それが新政権の対日政策はもちろん、対北朝鮮政策、中国政策においても日本から見てプラスの影響を与えるという期待感は永田町、霞ヶ関でも根強い。」 のだそうです(
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/sunohara/index.html
。5月19日アクセス)。
 いかにも米国の属国にふさわしい、退嬰的な政治屋、小役人、そしてブンヤばかりって感じですね。
 米国から独立することによって日本のガバナンスを回復しようという気概を少しでも持っている日本人なら、この中に登場しない(何でだ!)オバマ上院議員の世界観にこそ最も共鳴できるものがあるはずです。(オバマに関する過去のコラム参照。)
 第一、日本の政治屋、小役人、そしてブンヤの皆さんは、宗主国である米国が急速に没落してもよいとでも思っているのでしょうか。
 私は、宗主国であれ、独立国として手を携えるべき国としてであれ、米国が急速に没落しないように助言し、支えるのは、世界第二位の経済大国である日本の責務だと思っています。
 だとしたら、米国経済の病理を一番理解し、一番的確な処方箋を持っているらしい候補者であるオバマが大統領になるのを期待してしかるべきでしょう。
 どうして経済通でもない私がそんなことを言えるかですって?
 先月上梓されたばかりの、ケヴィン・フィリップス(Kevin Phillips。1940年~)の’Bad Money,Reckless Finance, Failed Politics, and the Global Crisis of American Capitalism’を読めば分かります。
 (以下、得に断っていない限り、この本の書評である
http://www.latimes.com/features/books/la-et-rutten16apr16,0,3799157,print.story
(4月17日アクセス)、
http://www.atimes.com/atimes/Global_Economy/JE10Dj02.html  
(5月10日アクセス)、
http://www.post-gazette.com/pg/08097/870372-148.stm
http://www.boston.com/ae/books/articles/2008/05/10/on_balance_a_grim_analysis_of_the_economy?mode=PF
http://www.nytimes.com/2008/04/21/books/21gewen.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print
(いずれも5月19日アクセス)、及びフィリップスのインタビューである
http://www.democracynow.org/2008/5/6/bad_money_reckless_finance_failed_politics
(5月19日アクセス)による。)
2 フィリップスについて
 フィリップスは、1968年の大統領選挙でニクソン候補の上級選挙参謀を勤め、その時の経験を踏まえて翌1969年に’The Emerging Republican Majority’を上梓しました。
 その中で、彼は米国に共和党優位の時代が訪れると予言し、南部諸州の「サンベルト」地帯を民主党の金城湯池から共和党・・「ニューライト」・・の金城湯池につくりかえる、いわゆる南部戦略(Southern strategy)策定の中心人物となったのです。(「」内の二つの言葉はフィリップスの造語。)
 彼はまた、米国の、民主党地域(青地域)と共和党地域(赤地域)への両極化も予言しました。
 しかし、その後彼は、次第に共和党のキリスト教原理主義化や市場原理主義化に違和感を覚え始めるとともに、民主党にもあきたらないものを感じ、今度の本を上梓するに至ったものです。
3 この本でのフィリップスの主張
 ブッシュ政権下における経済好況は、米国史上初めて中産階級を疎外する形で進行した。それ以前の経済好況は貧困層を疎外する形で進行したが、今回は富裕層だけが裨益しているわけだ。
 米国における中位家計収入は実質ベース(以下同じ)で1999年の水準より低いままだ。かかる意味では、米国史上最長の不況が続いていると言って良い。
 クリントン時代の好況だってさほど称賛には値しない。
 1983年から富裕層の中位家計収入は2倍以上になったが、中産階級のそれは29%しか増えていない。
 それなのに、共和党は市場原理主義者の巣窟になってしまい、民主党は民主党で、ウォール街の銀行家やヘッジファンド・マネジャー達から、いまでは共和党より沢山の政治献金をもらっていて金融業に規制を加えることに躊躇せざるをえなくなってしまっている。
 米国の現在の民主党地域(青地域)は、金融業の中心都市であるボストン、ニューヨーク、そしてロサンゼルスを抱えていることを思え。
 過去30年にわたって、米国のGDP中、金融業が占める割合は11%から実に21%に増え、その一方で工業が占める割合は25%から13%に低下した。
 この間、ヘッジファンドの生誕があり、金融デリバティブの高度化が進行し、米国経済の金融化が進展した。
 その結果米国では、公的債務と私的債務が破滅的なまでに累積することになった。
 米国人の債務は1987年と2007年の間に11兆米ドルから48兆米ドルへと約4倍に増えたのだ。
(続く)