太田述正コラム#2625(2008.6.22)
<イラン攻撃準備完了のイスラエル(その2)>(2008.8.15公開)
 では、イスラエルによってイランの核施設への攻撃が決行された場合は、イランはどうするのでしょうか。
 ここで、イスラエルの攻撃は、米国の支援なくしてはほとんど不可能であることを押さえておく必要があります。
 というのは、この攻撃にあたっては、まずイランの数多くの防空施設に向けて数百出撃(sorties)に及ぶ攻撃をかけてこれらを無力化しなければならず、それには時間がかかり、これら攻撃に係る、イラン周辺空域の大部分は米国がコントロールしているからです。
 (それにそもそも、攻撃を受けたイランが、在イラクの米軍部隊に対して報復攻撃をしかけることは必至であることから、米国に仁義を切ることなくしてイスラエルがイラン攻撃をしかけるわけにはいきません。)
 ですから、イランは、イラクとアフガニスタンにおけるイラン諜報網やイラン・シンパを通じてこの両国における米軍等を危機に瀕せしめ、かつ湾岸地域全般にわたって、非対称的手段やロケット攻撃を用いて同地域に駐留する米軍に攻撃をしかけるとともに、中東全域にわたって、レバノンのヒズボラ等のイランの提携相手を通じて反米戦闘をしかける可能性があるのです。
 非対称的手段とは、軽武装の小高速艇多数をもって米海軍艦艇に襲撃をかけたり、米政府関係者に刺客を送ったり、米在外公館を爆弾で攻撃したりすることです。後の二つはイスラエル政府関係者やイスラエルの在外公館、或いは在外ユダヤ人コミュニティーに対して行うこともありえます。(イランとヒズボラは共同で、1992年にはイスラエルによるヒズボラの指導者殺害を受けて、アルゼンチンのブエノスアイレスでイスラエル大使館を爆弾で攻撃し、1994年にはイスラエルのヒズボラ攻撃を受けて、やはりブエノスアイレスでユダヤ人コミュニティー・センターを爆弾で攻撃したことがあります。)
 もっとも米国自身は、大したことはできまいとイランを見くびっているようです。
 イランは、攻撃を受けたら1分後に11,000発のロケット・・この中にはイスラエルをカバーする射程を持つシャハブ(Shahab)3を敵に向けて発射すると昨年10月に宣言し、攻撃を抑止しようと大わらわですし、イランの提携相手のヒズボラも、(現在推定30,000初のロケットを保有しており、)ディモナ(Dimona)の原子力施設を含むイスラエル全土を攻撃できると宣言することでイランを援護射撃しています。
 もっとも、こんなことはイスラエルは覚悟の上でしょう。
3 米国によるイラン攻撃の可能性
 米国自身がイランの核施設を攻撃する可能性はあるのでしょうか。
 ブッシュ政権が攻撃する可能性はない、との見方が一般的です。
 というのは、現在イラクの状況が改善に向かっており、ここで状況を不安定化するようなことをやるわけにはいかないことと、イラン攻撃を行えば、石油価格が暴騰することは避けられないからです(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/06/20/AR2008062002724_pf.html
。6月22日アクセス)。
 (イスラエルがイラン攻撃をしても同じことですが、少なくとも米国が米国内外から非難の的になるのは避けることができます。)
 それにもう一点、米国とイスラエルの認識が微妙に異なっているということもあります。
 欧米諸国とイスラエルは、イランが毎日低濃縮ウランを約1kg製造していて、今年末には500kgの低濃縮ウランを保有するに至るところ、核兵器に使用するためにウランの高濃縮を開始するには約700kgの低濃縮ウランが必要である(ワシントンポスト上掲)、というところまでは認識が一致していますが、米国と欧州諸国はイランが核兵器を保有するまでにはこれから少なくとも2年はかかると見ているのに対し、イスラエルは1年ちょっとしかかからないと見ているのです。
 いずれにせよ、ブッシュ政権はイラン攻撃は行わず、次期米政権も、数ヶ月間は慣熟期間なのでイラン攻撃は控えるであろうことから、米国がイラン攻撃を行うとすれば、早くても来年半ば以降だろうとする見方が一般的です。
4 石油積み出し港攻撃推奨説
 最後に、ユニークな主張をご紹介しておきましょう。
 私は以前(コラム#2080で)、「イスラエルが攻撃したとしても、イランの核施設等が破壊されるだけなのですから、イランの石油関連施設は被害を受けず、イランにおける石油生産・石油輸出には影響は出ないでしょう。」と申し上げたところですが、石油積み出し港攻撃を推奨する説があるのです。
 今月発表された、ネオコン研究所たるWashington Institute for Near East Studiesのクローソン(Patrick Clawson)とアイゼンシュタット(Michael Eisenstadt)による報告書”The Last Resort: Consequences of Preventive Military Action Against Iran,”がそうです。
 核施設を攻撃することの大変さに比べれば、イランの石油積み出し港を攻撃する方がはるかに簡単だというのです。
 もちろん、これでは核施設を攻撃した場合より更に石油は暴騰し、世界経済はムチャクチャになるでしょうが、石油輸出に全面的にイラン経済が依存していることから、イラン国民の核兵器保有意思をくじくためにはこの方法こそ最も効果的だ、というのです。
 しかも、イスラエルに比べればはるかに強大な米国が自らこの攻撃をかって出るべきだ、というのがこの両名の結論です。
5 終わりに
 イランが自発的に核開発を断念することが考えられない以上、来年末までには、そして遅くとも再来年中頃までにはイランの核施設等への攻撃は必ず行われることでしょう。
 その場合、来年半ばまでであればイスラエルが核施設攻撃を行うことになるし、それ以降であれば、米国が(核施設攻撃に限らない)何らかの攻撃を行うことになる、というのが私の予想です。
 そして、これが決行された暁には石油は暴騰します。
(完)