太田述正コラム#2633(2008.6.26)
<イラクの現状をどう見るべきか(続)>(2008.8.17公開)
1 始めに
先月14日付のコラム#2609「イラクの現状をどう見るべきか」で、イラクの治安情勢に関する悲観論と楽観論をご紹介し、自分は楽観論に与すると申し上げました。
その後一ヶ月ちょっと経ちましたが、今や英米の主要メディアは楽観論一色と言っても過言ではありません。
では、楽観論が正しいとして、イラクという国はいかなる方向に向かおうとしているのでしょうか。
2 カータードクトリン
ソ連のアフガニスタン侵攻が行われた1979年の翌年、1980年の1月に、カーター米大統領は、いわゆるカーター・ドクトリンを打ち出しました。
それは、石油の宝庫である「ペルシャ湾沿岸地域を支配しようとするいかなる外部勢力も米国の死活的利害に対する攻撃とみなされる」というものです。
カーターは1981年にはもはや大統領ではなくなりましたが、このドクトリンはいまだに生き続けています(注)。
(注)やはり1980年のことだが、11月と12月の二度にわたってにカーター政権は日本に自立を促した(コラム#30)。この対日政策もまた、いまだに生き続けていると私は考えている。属国日本の歴代政府は一貫して馬耳東風だが・・。
このドクトリンに基づき、米国は1991年に、その前年にクウェートを併合したイラクを湾岸戦争で駆逐し、2003年には、このようなことが二度と繰り返されないためにイラクのフセイン政権を打倒した、と見ることができます。
(以上、
http://www.slate.com/id/2194255/
(6月26日アクセス)による。)
2 イラクはいかなる方向に向かおうとしているのか
(1)米国の傀儡国家
ガーディアンの論説は、米国がイラクと締結しようとしている地位協定(status of forces agreement。「条約」でないので米下院の同意がいらない)は、イラクに50箇所以上の米軍基地を確保し、イラクの空域を全面的に米国がコントロールし、米軍及び米軍と契約した民間軍事会社に治外法権を与え、イラク政府と協議することなくイラク全土で武力作戦を実施できる、という内容であり、イラクは米国の完全な傀儡国家(puppet status)になろうとしている、と指摘しています。
これは、英国が第一次世界大戦中に占領したイラクに1930年に名目的な独立を与えて傀儡国家化したのと同じことだ、というのです。
(以上、
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/jun/26/usforeignpolicy.usnationalsecurity
(6月26日アクセス)による。)
(2)自立国家
米国によってフセイン政権が打倒されるまでのイラクは、フセインの独裁国家でした。
いわば、イラク国民はフセインの奴隷であったわけです。
もちろん、イラク国民は解放を希求していたのだけれど、彼らは、自分達の手では自らを解放できず、米国という第三者によって解放されるという屈辱を味わったことはご存じの通りです。
(クルド人についてはちょっと横に置いておくとして、)これでは、スンニ派であれシーア派であれ、新生イラク政府を、それが主権回復前であれ、主権回復後であれ、自分達の政府として積極的に支えようという気運が起きなかったのは当然だと言わなければなりません。
ニューヨークタイムスの論説は、このような認識を踏まえ、ここ数ヶ月イラクで起こっていることは、米軍の兵力増強(surge)の力も借りつつ、スンニ派の主要諸部族がそれぞれの居住地たる州でアルカーイダの影響力を排するとともに、マリキ(Nuri al-Maliki)首相とイラク軍によって代表されるところのシーア派の主流がバスラ、アマラ、及び(バグダッドの)サドルシティーを、サドル師のマーディ民兵と親イランの暗殺諸隊(pro-Iranian death squads)の手から解放する、という、イラクの真の意味での解放戦争であったとし、この解放戦争にほぼ勝利したことによって、イラクは自立国家としての礎を築くことができた、と指摘しています。
(以上、
http://www.nytimes.com/2008/06/25/opinion/25friedman.html?hp=&pagewanted=print
(6月26日アクセス)による。)
3 コメント
仮に、イラク駐留米軍の地位協定が、上述のような内容で固まったとしても、それはイラクが旧安保条約下の日本と同じ姿になるというだけのことです。
しかも、日本のように自ら十分な軍事力を持つことができたのにあえて持とうとしなかったケースとは異なり、イラクの場合は、十分な軍事力を持とうとしても現時点では持てないので米軍に依存せざるをえないということなのであって、イラクが日本と違って自立国家としての礎を築くに至ったとの判断が正しければ、傀儡国家の姿は一時的なものであって、日本のように傀儡国家が長期的に属国化するなんてことにはならない、と考えるべきでしょう。
イラクの現状をどう見るべきか(続)
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