太田述正コラム#2727(2008.8.13)
<グルジアで戦争勃発(その5)>(2008.9.23公開)
2 停戦条件
以上のような経過をたどり、サルコジ大統領とサカシヴィリ大統領の会談を経て、ロシア軍とグルジア軍との間で正式に停戦がなったわけです(注1)が、停戦条件の文面はあえて一義的に明確なものにはなっていません。
(注1)会談中、サルコジは2度もロシアのメドヴェージェフ大統領に電話させられた。サカシヴィリが、南オセチアとアブハジアに残るロシアの平和維持部隊は、「戦争」が始まる以前の部隊でなければならないこと、かつ、この両地区のグルジアからの分離に関する議論は行われないことの確認を求めたためだ。
なお、メドヴェージェフ大統領は、グルジアが南オセチアとアブハジアに関する領土紛争を決して軍事力をもって解決しないこと、南オセチアからグルジア軍を完全に撤退させ、ロシア軍及び南オセチア「政府」軍とともに平和維持部隊としてグルジア軍が南オセチアに駐留しないこと、を法的拘束力ある文書で誓約することを求めている。
更に同大統領は、南オセチアとアブハジアの住民がロシアへの併合を望んでいるかどうかについて住民投票を行うことをグルジアが認めることも求めている。
また、ロシアのラブロフ外相は、グルジアは南オセチアで「犯罪を犯し、同志達を銃撃した。」と、グルジアのサカシヴィリ大統領が戦争犯罪人として国際法廷に訴追されるべきことを示唆するとともに、「われわれの基本的な考え方は、サカシヴィリ氏はもはやわれわれのパートナーではないというものだ。彼は退任した方がよい。」と述べている。
今後ロシア軍とグルジア軍の兵力引き離しがなった暁には、様々な問題を解決する必要が出てきます。
一つは例えば、ロシア軍とグルジア軍は、「戦争」が始まる前の8月7日に駐留していた場所に戻るべきなのか、そもそも、領土紛争が始まった1991年時点の駐留場所に戻るべきなのかです。
もう一つは例えば、誰が停戦を監視するかです。
すなわち、これまで南オセチアの停戦監視をやってきたOSCE(Organization for Security and Cooperation in Europe)なのか、これまでアブハジアの停戦監視をやってきた国連なのか、それともEUといった他の国際機関なのか、です。
3 総括
(1)プーチンの大勝利
先週末、ロシアのプーチン首相・・もちろんご存じのようにロシアの最高権力者・・は、「ロシアは、コーカサス地方において、安全、協力、進歩の保証者として、何世紀にもわたって積極的な安定的役割を果たしてきた」と述べ、「過去においてそうであっただけでなく、将来もそうであり続けるだろう。このことについては、疑問の余地がない。」と言い切りました。
今回のグルジア「戦争」は、プーチンにとって2度目の戦争です。
1度目の戦争は、プーチンが最高権力者の地位に就いた直後の、やはり同じ8月にチェチェンにおいて行ったものです。
その時は、ロシアの国内での戦争でしたが、プーチンは、あらゆる手段を弄することによってこの戦争に勝利します。
そして今回は、プーチンにとって、というより、冷戦の終焉/ソ連崩壊以後の、ロシアの国外での初めての戦争であり、今回もまた彼は勝利を収め、ロシアが少なくとも現在コーカサス地方で、プーチンが言明した通りの地域覇権国であることの証明に成功したわけです。
(以上、
http://www.guardian.co.uk/world/2008/aug/11/georgia.russia10
(8月12日アクセス)による。)
今年4月のNATO首脳会談で、米国がウクライナとグルジアのNATO加盟を強く推したものの、フランスとドイツの反対で先送りになったことから、NATOが対ロシア政策で割れており、EUもまた、12日にラトビア、リトアニア、エストニア、ポーランドの大統領が、EU未加盟のウクライナの大統領とともに、グルジアを訪問し、連帯の意思表示をした(注2)一方、数日前にイタリアのフラッチーニ(Franco Frattini)外相は、「われわれは欧州で反ロシア連合をつくることはできないという点でプーチンの立場に近い。この戦争は、グルジアを欧州から更に遠ざけてしまった」と言明しており、対ロシア政策で割れていること、そしてEUが仮にまとまったとしても、ロシアに経済制裁をすれば、同国に天然ガスの供給を依存していることから、困るのはむしろEU側であって、具体的な制裁行動をとることは困難であること、また、米国はイラクとアフガニスタンで手一杯であり、軍事的にグルジアを梃子入れすることは不可能であるこ、等をプーチンは見切っていた、ということなのでしょう(注3)。
(注2)これら5カ国は、かつてロシアに併合されたりロシアの衛星国にさせられた国々であり、ロシアに含むところがある。イルヴェス(Toomas Hendrick Ilves)エストニアの大統領は、グルジアで「私はグルジア人だ」と叫んだ。
(注3)プーチンが周到な布石を打ってきたことも忘れてはなるまい。今年の春、欧米諸国がコソボの独立を認めた際、プーチンが南オセチアとアブハジアの独立を認めることでこれに答えたことや、プーチンがロシアの最高権力者になってからというもの、事実上南オセチアの全住民に対してロシアのパスポートを発行してきたことによって、ロシアの南オセチアへの軍事介入の「根拠」を形成してきたこと、昨年、ロシアによる欧州在来兵力条約(Treaty on Conventional Armed Forces in Europe)の履行を停止し、ロシアのグルジアとモルドバかの撤兵義務の履行を回避したこと、が挙げられる(
http://www.nytimes.com/2008/08/12/world/europe/12putin.html?hp=&pagewanted=print。8月12日アクセス)。
実際この「戦争」中、米国政府筋が仄めかしたのは、ロシアのWTOやOECDへの加盟が困難になったとか、ロシアがサミットから追放されるかもしれない、ということくらいでした。
一つだけ、ほぼ間違いなく米国が行うのが、近く実施予定であったロシア海軍との共同演習の中止であり、米国は全NATO加盟国に同様のことを求めるものと考えられていますが、こんなことは、プーチンにとっては痛くもかゆくもないことは明白です。
(以上、特に断っていない限り
http://www.guardian.co.uk/world/2008/aug/13/georgia.russia2、
http://www.guardian.co.uk/world/2008/aug/12/georgia1、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/08/12/AR2008081200365_pf.html、
http://www.nytimes.com/2008/08/13/world/europe/13georgia.html?hp=&pagewanted=print、
http://www.time.com/time/world/article/0,8599,1831867,00.html
(いずれも8月13日アクセス)による。なお、以下はこれらも参照する。)
(続く)
グルジアで戦争勃発(その5)
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