太田述正コラム#2869(2008.10.24)
<皆さんとディスカッション(続x285)>
<SF>
 コラム#2863においてコメントいただきありがとうございます。
 優先順位の置き方において相違があるとのことでしたが、私は英国はまず流動性確保の施策を打ったことから、方向性が近いのかなと思っていました。
 私の上記事実認識が誤っているか、あるいは見ているポイントが相異なっていたのかもしれませんね。
 また、コラム#2313、2316も読み返しました。これは特に根拠なしの感想ですが、「基本的な認識に欠ける」というのは、ひょっとしたら、属国たる日本の(ある種惨めな)現状の直視を避けようとする無意識の心の働きが、ともすれば国家を飛ばしてものを考えがちな傾向として現れてしまうのかもしれませんね。
 そしてそれは、大前氏に限らないことかもしれませんね。
<太田>
 「英国政府が、・・・自国の金融機関への資本注入を・・・欧米諸国の先鞭を切って行うことを表明したことをクルーグマンは高く評価しています。これに対し、米国政府は、原理主義的市場主義にこだわるが故に短期的部分的「国有化」に反対し、不良・・・債券・・・の買い上げに固執し続けた、と切り捨てます。」(コラム#2860)と記したところです。
 ところが、大前氏は、流動性確保の施策を当面の施策として最重要視し、その次の段階の施策として、「政府は不良債権を買い取ってあげてもいいし、債務の株式化(debt-equity-swap)で銀行の国有化を選択してもいい。」とし、「不良債権の買い取りを主目的とするポールソン案は、この段階のためのものといえる。悪いアイデアではないが、もっと後でやる方がいい」と述べています。
 氏は、不良債権の買い取りと金融機関への資本注入とを同列視しているわけです。
 私が、クルーグマンと大前氏との間に「優先順位の置き方において相違がある」と記したのはこのためです。
 さて、「大前氏<が>世界が依然として主権国家によって成り立っているという、基本的な認識に欠ける」というのは、今回の氏の提言中の以下のようなくだりから明らかでしょう。
 「流動性ファシリティーを実現するためには、ブッシュ現政権は多くの国との外交関係を見直さなければいけない。米国の外交政策は、「テロとの戦い」が基本になっている。だが今は(中国、ロシア、台湾、湾岸諸国などとの)外交関係を修復し、ウォール街から世界に飛び火した大規模な金融テロと戦うために、手を組むべきときだ。世界が恐れているのは「ウォール街発の金融テロ」の方だからだ。」
 まず、「台湾、湾岸諸国」との関係が悪化しているというのは初耳ですが、それはさておき、米国は中共、ロシアと「テロとの戦い」では手を組みつつも、人権問題やグルジア問題では対立する等、是々非々の現実主義外交を展開しているわけですが、大前氏は、金融問題対処のため、米国は人権問題やグルジア問題には目をつぶって中共、ロシアと全面的に手を組むべきだ、とおっしゃっているわけであり、これは悪しき経済至上主義(吉田ドクトリン!)であって、典型的な政治(≒外交安保)音痴の戯言です。
 こんな氏から見れば、欧米諸国はみんな非合理的な行動をとっているということになってしまいます。
 「悪いことに、米国は不安心理を世界中に伝染させてしまった。今や欧州が「オオカミの群」症候群に陥っている。ただし欧州の場合には、発症したのは個々の金融機関ではなく国である。アイルランドが預金の全額保護を打ち出し、預金保護がそれほど手厚くない国に不安感が広がっている。・・・10月4日に開かれた欧州4カ国による首脳会議では、ドイツのメルケル首相が欧州連合(EU)全体としての救済策に難色を示し、全額預金者保護を 打ち出したアイルランドを自己中心的だと批判した。ところがその翌日にはひょう変し、不動産金融大手ヒポ・リアル・エステートの救済を決めたのみならず、ドイツ国内の銀行の個人預金を全額保護すると発表している」と。
 (以上、大前氏の発言は、
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/154/
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/155/
(どちらも10月21日アクセス)による。)
 どうして、各国は自国優先の部分最適化政策を追求するのだろうか、バッカじゃなかろうか、というわけですが、バッカなのは氏の方です。
 世界政府はもちろん存在しませんが、自由民主主義圏、あるいはもう少し狭く「西側」なるものも一つの国ではありませんし、EUも、それどころかユーロ圏すら一つの国ではないからです。
 各国が、それぞれの国益に基づいて部分最適化的政策を追求するのは当たり前である、という前提に立って、特定の案件について、いかなる諸国を念頭をおいてその共通の利益を追求すべきか、そしてその場合の共通の利益とは何か、を考えるのが学者や評論家の役割でなければなりません。
 そういう意味からも東京新聞の次の記事は、冷静で面白かったです。
 「・・・金融危機の出口はまだ見えない。この間の出来事を振り返ると「米欧による自国優先主義が復活したのではないか」という印象もある。最初はアイルランドだった。九月末に銀行預金の全額保護を打ち出すと、直ちに英国からアイルランドに預金が流出した。「安全への逃避」である。すると、ドイツやギリシャ、オーストリア、デンマークなどが追随し、欧州連合(EU)はそろって預金保護上限の引き上げに動かざるをえなくなった。次に動いたのは米国だ。連邦準備制度理事会(FRB)が準備預金に金利を付けたのは、金融市場で「実質的な単独利下げだった」とみられている。準備預金に付けた金利以上には金利が下がらず、低い水準の新たな政策金利になる可能性があったからだ。これをみて、欧州は慌てただろう。放置すれば、ドル安ユーロ高が進み、欧州の犠牲で米国の輸出増が実現されかねないからだ。米欧の六中央銀行が協調利下げに動いたのは、米国の単独行動を抑える狙いがあったのではないか。協調の名の下に、ひと皮むけば、米欧は自国利益を守るのに懸命だ。・・・」(
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2008102202000122.html
。10月23日アクセス)
<田吾作>
≫皆さん、スゴくいい線いってますね。それにしても、2ちゃんねらーまで、どうしてこんなにまじめになっちゃんたんだ!(うれし泣き)≪(コラム#2861。太田)
 私の考えでは現在は量から質への転換過程、大衆(ミーチャン・ハーチャン)が実際にインターネットを大量に使用してみて道具として使いこなす端緒過程だと思われます。
【平藤 清刀】(自衛隊経験者と思われる)は読者と真面目に対話していますし、【花岡 信昭】、【毛馬 一三】にしても、【前田 正晶】の対話にしても日本に「批判(3)」では無くて「批判(4)」(注)が定着しつつあると私には感じられます。
(注)【批判】ひ‐はん
(3)良し悪し、可否について論ずること。あげつらうこと。現在では、普通、否定的な意味で用いられる。「道徳的に批判される」
(4)哲学で、事物や学説の意味を根本的に研究して、全体の意味との関係をはっきりさせ、その論理的な基礎を明らかにすること。マルクス主義の用語としては、イデオロギーを論理的に検討するだけではなく、それを生みだす物質的な条件や階級的な基礎を明確にさせ、問題点を解明していくことの意を表わす。
国語大辞典 尚学図書編集 小学館発行 1982年 第一版第六刷 
P2054(上2中)より引用
参考:
【平藤 清刀】10/16 「15対1は異常な訓練なのか――海自特警隊員の死亡事故」
http://news.livedoor.com/article/detail/3860639/
【平藤 清刀】10/18 「テストケースとして、コメントへの反論を試みる」
http://news.livedoor.com/article/detail/3865154/
【平藤 清刀】10/20「コメントへの反論 健全な議論の場になることを願う」
http://news.livedoor.com/article/detail/3865154/
【平藤 清刀】10/22 「コメントへの反論で誹謗中傷は淘汰されたか?」
http://news.livedoor.com/article/detail/3868304/
【花岡 信昭】橋下知事の発信力
http://ameblo.jp/nyaonnyaon/entry-10154320326.html
【毛馬 一三】「橋下知事の発信力」余聞
http://www.melma.com/backnumber_108241_4265669/
【前田 正晶】新宿だって危い
http://www.melma.com/backnumber_108241_4264301/
【鮮于 鉦】【コラム】日本政府の子育て(上)
http://www.chosunonline.com/article/20080917000049
【鮮于 鉦】【コラム】日本政府の子育て(下)
http://www.chosunonline.com/article/20080917000050
前田正晶 投稿
http://www.melma.com/backnumber_108241_4265669/
【常陸 薫】「どうして『ドクターイエロー』の運行時刻が分かるのだろう」と駅員さんhttp://news.livedoor.com/article/detail/3869889/
<太田>
 すると、日本ではむしろエリート(だと思い込んでいる人々)の方がネットの病理に蝕まれているということなのでしょうか。
 仮にそうだとして、日本の軍事愛好家がおかしい理由はどういうことになるのでしょうね。
 さて、『実名告発防衛省』についてですが、
http://item.rakuten.co.jp/book/5886644/
に帯つきの表紙写真が載っており、帯に印刷されている私の顔写真を見ることができます。
 また、
http://www.bk1.jp/product/03055676
には、帯の文面の一部が転載されています。
<まさ>
 大阪からこんばんは。
 今日<(23日)>梅田の本屋に行ってきましたが、やっぱりまだ入荷されてませんでした。
 大阪は明日から発売みたいです。
<太田>
 ご連絡どうもありがとうございました。
 22日のアマゾンの記述・・発売日23日・・が間違っていたということですかね。
 (株)金曜日からは、以前、24日発売予定、と聞いたことがあります。
<YK>
 貴著『実名告発防衛省』をアマゾンで申し込みましたが在庫切れとのことでした。出版社は、市販されているのでしょうか。
<太田>
 本日ご紹介した、他のサイトもお試しください。
 本日以降なら、店頭でもお求めいただけるのではないでしょうか。
 話は全く変わりますが、次のような実験結果がガーディアンに紹介されていました。
・・・Holding a warm cup of coffee was enough to make people think strangers were more welcoming and trustworthy, while a cold drink had the opposite effect, a study found.
The warmth of a drink also influenced whether people were more likely to be selfish or give to others・・・
http://www.guardian.co.uk/science/2008/oct/24/psychology-health-food-science-colorado。10月24日アクセス
 ホントかいな。
 だけど、夏にはどうしても冷たい飲み物を出しちゃいますがね。
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太田述正コラム#2870(2008.10.24)
<20世紀初頭の欧州史(その1)>
→非公開