太田述正コラム#2810(2008.9.24)
<食と文化遺産をめぐって>(2008.11.10公開)
1 始めに
 2003年に、パリに本部があるユネスコ(UNESCO=United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)は、無形文化遺産保護協定(Convention for the Safeguarding of the Intangible Cultural Heritage)を採択し、「口承伝統・表現」及び「パーフォーマンス芸術、社会慣行、儀式とお祭り的イベント・自然と世界に関する知識と風習・伝統的工芸」を保全することとしました。
 果たしてこの無形文化遺産に料理が含まれるのかどうかは定かではありません。
 この協定が2006年に発効する前の2005年には、メキシコからの同国の料理の伝統を保全対象にして欲しいとの出願がありましたが、これは却下されています。
 そこへ最近、フランス料理と地中海料理を出願しようという動きが出てきました。
2 フランス料理と地中海料理
 今年2月の恒例の農業フェアの際、フランスではサルコジ大統領じきじき、フランス料理が世界中で最初に無形文化遺産として公式に承認されることを望んでいると発言し、閣僚達を驚かせました。
 フランスは来年、ユネスコに出願する予定です。
 他方、ギリシャ、イタリア、スペイン、及びモロッコが合同で地中海料理をユネスコに出願しようという動きがあります。
 イタリアの農家団体のコルディレッティ(Coldiretti)に至っては、イタリア料理の遺産は、フランスのそれよりも優れている、何となればEUはイタリア料理の品目(food specialties)が166あるとしているところ、フランス料理の品目は156とされているからだ、と主張しています。
3 どちらの料理も衰退しつつある?
 しかし、実際この二つの料理は「保全」しなければならないのかもしれません。
 どちらもその母国ないし母地域において衰退しつつある、と見ることもできるからです。
 
 まず、フランス料理の方からです。
 これまでは、昼飯にオフィスの机でサンドイッチをぱくつくイギリス人と違ってフランス人はレストランで3コースのランチを食べていたものですが、最近は様変わりすつつあります。
 このところ、フランス人の懐具合が厳しくなってきていることもあり、2008年の最初の3ヶ月だけで、フランスの伝統的なレストラン、カフェ、バーが3,000軒もつぶれたのですが、これからもこの調子でつぶれていくと予想されています。
 フランスのレストランの破産数は昨年より25%増えましたし、カフェの閉店数は56%増えました。
 今年初めに比べて、レストランの顧客数は平均で20%減り、この状況が改善する兆しは見えません。
 また、地中海料理の方ですが、こちらも母地域で食べる人が減ってきています。
 地中海料理はクレタ島西部が発祥の地であり、オリーブ油、新鮮な野菜・果実・穀物、そして魚、更には少量のワインをもっぱら用いるのを基本とするところの、赤い肉、精製した砂糖や小麦粉、バター等の油や脂はほとんど用いない健康によい料理です。
 この料理を食べているおかげで、タバコを手放せない人や酒飲みが多いというのに、人々は長寿であり、心臓病や癌の罹患率は低く維持されて来ました。
 ところが、御多分に洩れず、ファーストフードを食べたり、アイスクリームを食べたりする人々が急速に増えています。
 この結果、ギリシャでは、成人人口の実に四分の三が肥満になってしまいました。
 イタリアとスペインでも50%を超える成人が肥満です。
 他方、フランスとオランダでは45%に過ぎません。
 ちなみに、米国では66%です。さすがにファーストフードの本場ですね。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2008/09/24/dining/24heritage.html?_r=1&oref=slogin&ref=world&pagewanted=print
http://www.nytimes.com/2008/09/24/world/europe/24diet.html?ref=world&pagewanted=print
http://www.guardian.co.uk/world/2008/sep/24/france.globalrecession
(いずれも9月24日アクセス)による。)
4 終わりに
 今のところ、日本料理をユネスコの無形文化遺産に、という動きは聞こえて来ませんが、そもそも、料理って保全すべきものなのでしょうか。
 思うに、料理は時代の変化に応じ、他国ないし他地域の料理の影響をも受けながら、ダイナミックに変化発展していくべきものではないでしょうか。