太田述正コラム#2619(2008.6.20)
<仏教雑感(その1)>(2008.12.21公開)
1 始めに
随分前になりますが、コラム#337で「仏教・・のうち座禅を伴う仏教の宗派・・のみが科学によって裏付けられた宗教であること、従ってまたてんかん患者や宗教的天才だけの宗教ではなく凡愚の衆生のための宗教であること<が>証明<されつつある>」と申し上げました。
また、コラム#490で、仏教の核心である、「座禅(禅定・・・)等によって解脱し、涅槃の境地・・苦の原因であった一切の煩悩の繋縛(けばく)から解放された世界・・に到達す」ることについてエントロピー的説明を試み、更にコラム#498では、アングロサクソンと仏教との親和性を指摘するとともに、オルダス・ハックスレーやアインシュタインが仏教大好き人間であったことをご紹介しました。
今回は、タイガー・ウッズと仏教、及び、仏教についての新たな研究成果について雑談を行うことにしました。
2 タイガー・ウッズと仏教
「復帰戦となった全米オープン選手権を激闘の末に制したタイガー・ウッズ(米国)が、再び試練を迎える。公式サイトで左ひざを再手術し、今季の残り試合を欠場すると明かした。4月に左ひざの軟骨除去と前十字靱帯の手術を受けたが、今回は昨年7月の全英オープン選手権後のジョギング中に断裂した前十字靱帯を完全に修復するのが目的。さらに、練習中に左すねを2カ所疲労骨折していたことが判明。全米オープンの2週前に分かり、ウッズは医師から6週間の安静を勧められたが、会場が「思い出の詰まったトーリーパインズGC」を理由に「試合に出て勝つ」と拒否した。・・・」(
http://sankei.jp.msn.com/sports/golf/080619/glf0806190911001-n1.htm
。6月19日アクセス)ことは、お聞きになった方も多いでしょう。
これは超人的なことなのです。
というのは、主治医はウッズが全米オープンに出ることに、耐え難い痛みに襲われるはずだから、と反対したのを押し切って彼は出場し、時々足を引きずりながらも優勝したからです(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/06/18/AR2008061803418.html?hpid=topnews
。6月19日アクセス)。
ここで興味深いのは、ウッズがこんな状態で全米オープンに出たことを知らずに書かれたと思われるニューヨークタイムスのコラムに、以下のようなくだりがあったことです。
「・・・スレート誌で、ロバート・ライト(Robert Wright)は、やや表面的にではあるが、ウッズをガンディーに準えた。現在を生きつつ、超越的意識(transcendent awareness)に到達することができる点において・・。批評家達は、必然的にウッズの母親の仏教、そしてウッズの瞑想(medeitation)に係る実験に着目する。彼らはグルが涅槃(nirvana)に到達する時に使われる言葉と同じような言葉を使ってウッズの試合に臨む心理状態を表現する。すなわち彼らは例えば、ウッズの完全な明晰さ(clarity)、静謐さ(tranquility)、そして自然な流れ(flow)について語る。車のビュイック(Buick)の性能について語るべきところを、批評の大部分はその高度な精神的能力(elevated spiritual capacities)に関するものになってしまうわけだ。・・・」(
http://www.nytimes.com/2008/06/17/opinion/17brooks.html?ref=opinion&pagewanted=print
。6月18日アクセス)
ウッズは、このコラムの筆者が言っているように仏教的瞑想によって集中力を高め、再び全米オープンを制しただけではないのであって、ウッズは、仏教的瞑想によって耐え難い痛みをも乗り越えて再び全米オープンを制したことをわれわれは知っています。
私は、ウッズにおいて、ゴルフというスポーツがゴルフ道になったということだろうと思うのです。
ここで思い出すのが、日本の柔道家、山下泰裕です。
「山下<は、>唯一出場した、1984年のロサンゼルスオリンピックで・・・、2回戦・西ドイツの シュナーベル戦で軸足右ふくらはぎに肉離れを起こしてしまった。山下は左に組むため、右足・軸足の肉離れで大変に不利な状況に立たされた。2回戦は送り襟絞めで勝利を収め、試合後控え室に引き返すまでの間、・・・誰にもわかってしまうほど明らかに足を引きずってしまっていた。・・・準決勝の相手はフランスの デル・コロンボ。過去の対戦からやりやすい相手と山下は考えていたが、軸足の肉離れのため、体がいつものように素早く反応しなかったからか、開始30秒で 大外刈りを喰らい効果を取られてしまう。投げられた直後は動揺したものの、直ぐに我に返り、激しく自身を鼓舞して、守りに入ったコロンボ選手を大外刈りと 横四方固めの合わせ技で逆転した。・・・決勝戦<では、>山下は・・・エジプトのモハメド・ラシュワン・・・<に右足を>バンバン蹴られた<が、>ラシュワンが体勢を崩した瞬間をすかさず捉えて押さえ込みに持っていき、横四方固め<で>一本を<取り、金メダルを獲得した。>」(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E6%B3%B0%E8%A3%95
。6月19日アクセス)
まさに山下は、嘉納治五郎が創始した柔「道」(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%89%E7%B4%8D%E6%B2%BB%E4%BA%94%E9%83%8E
。6月19日アクセス)の至高の具現者であったと言えるでしょう。
山下の半生にも、また嘉納治五郎の人生にも仏教が直接顔を出すことはありませんが、彼らは意識するとしないとにかかわらず、日本に遍在する仏教的精神、とりわけ禅の影響を強く受けていたに相違ないと思うのです。
(続く)
仏教雑感(その1)
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