太田述正コラム#14154(2024.4.15)
<加地伸行『儒教とは何か』を読む(その9)>(2024.7.11公開)

 私は、「墨子の思想は・・・、秦漢時代にはほとんど忘れられた状態となった」のはその通りであるけれど、それは、「旧来の儒教思想が復活し」たせいではなく、墨子の思想がその核心部分において実現され、それに伴って、墨家集団も解散したと想像されることもあり、人々がこと改めて墨子の思想に言及する意味がなくなったからではないか、と考えています。
 さて、私の作った人間主義という言葉を使いますが、その上で、私見では、孔子の仁/汎愛≒人間主義、である一方、墨子の兼愛は、彼の言う義の統一がなり、この義が統一国家の成員全員に共有された暁における成員間の無差別の愛を意味するのであって、人間主義とは似て非なるものである、と、考えるに至っています。
 つまり、墨子は、仁=汎愛、ではなく、仁=別愛、である、と、誤解してしまった、と、思うのです。
 (墨子がどうしてそんな誤解をしてしまったのか、は、私には分かりません。
 一つは、「孔子が<支配階級の端くれである>下級武士の出であったのに対し、墨子は<単なる>一般庶民、あるいは手工業者の出身であった」(貝塚/伊藤)ことから、墨子が孔子に対して偏見があった可能性であり、もう一つは、墨子当時の孔子の弟子達の多くが、孔子の見解を歪めて解釈してしまって、墨子がその種の解釈を鵜呑みにしていた可能性です。)
 そして、著者も、また、著者が拠っていると思われる貝塚茂樹・伊藤道治両氏も、墨子と同じ誤解をやらかしている、ということに・・。(太田)

 「・・・人間はその一生において、さまざまな<経験をする。>・・・
 しかし、<誰もが>必ず経<験す>るものは、葬(喪)である。
 すなわち、喪礼こそ一般人の礼の中心である・・・。
 ところで、礼とは〔数字や物の表現によるところの〕具体的な行為であるから、いわば、喪礼における礼制の考えかた、礼制の組みかた、礼制の手順、といったものが、冠・婚・祭など他の礼制の組み立てかたのモデルとなる。
 いや、単位、或いは規準となる。
 さてそれでは、諸礼の規準となるその最も重要な喪礼はどのように組み立てられているのかと言えば、親の喪礼を規準とするのである。
 なぜなら、一般的に言って、親が子よりも後で亡くなるという特別な事情を除くと、人間はほとんど必ず親の死を迎え、喪礼を行なうからである。

⇒細かい点はさておき、このような著者の主張についてですが、私として、必ずしも否定はできませんし、否定するつもりもありません。(太田)

 この必ず経験する、親に対する喪礼を規準として、それを最高の弔意を表わすものとする。
 逆に言えば、最も親しいがゆえに、最も悲しむわけである。

⇒しかし、(部分的には上述したところですが、)ここは首を傾げてしまいます。
 男女別に、配偶者、と、親、と、子、の死の悲しみを比較した調査結果がネットを少し探したくらいでは出てこなかったのにはいささか驚きましたが、少なくとも、男女を通じて、かつまたそれが父であれ母であれ、親の死がこの中で最も悲しい、とまでは断定できないように私は思います。
 いずれにせよ、孔子が喪礼を引き合いに出し続けたのは、「ほとんど」の人がそれを経験しているがゆえに分かり易いからに過ぎなかったからだ、と、私は思うに至っているのです。(太田)

シャマンは、・・・いわゆる神懸(かみがか)りになり、神や霊のことばを述べる。
 しかし、そのとき、彼がが意識するしないは別として、周囲の人々に迎合する気持がないとは言いきれない。周囲の状況に合うように言うであろう。
 となると、「口柔面柔」(言いかたも顔つきもやわらか、いわゆる「お追従」の感じ)とならざるをえない。
 そういうふうな、他人の機嫌を取る態度の人間を「仁人」と言ったと・・・加藤常賢<(注15)>・・・は言う。・・・」(74、83)

 (注15)じょうけん(1894~1978年)。東大支那哲学卒、京城帝大、広島文理大教授、東大(?)博士(文学)、東大中国哲学科教授、二松学者大教授。「講義で白川静『漢字』(岩波新書)を酷評していた」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E5%B8%B8%E8%B3%A2
 「原始宗教や原始社会に関心を抱き、・・・従来の教義解釈の方法ではなく,漢字原義の研究を基礎に・・・周の甲骨文(こうこつぶん)・金文(きんぶん)の研究に着手<すると共に、>・・・中国古代の礼・家族制度を研究した。・・・日本中国学会の初代理事長。」
https://kotobank.jp/word/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E5%B8%B8%E8%B3%A2-1066043
 
⇒ここは、詮索しないでおきましょう。(太田)

(続く)