太田述正コラム#2941(2008.11.28)
<田母神空幕長解任事件について>
 (本篇は、月刊誌「フォーラム21」2008年12月号用の草稿です。)
           
 –始めに–
 田母神空幕長解任事件については、様々な角度から議論することができますが、解任そのものについては、政府の方針に背反することを書いた一高級(軍事)官僚がクビになった、ということであって、「文民統制」などという空疎な言葉を持ち出すまでもない、当たり前の話です。
 なお、彼を懲戒免職すべきであったという議論がありますが、田母神氏は部隊を勝手に動かしたわけではありませんし、第一、「文民統制」する側が暴走する逆のケースだってありうるのですから、解任くらいが妥当でしょう。普通の将校クラスだったら、解任だってすべきではありません。
 クーデターの危険性の議論に至っては、嗤うほかありません。
 われわれが押さえるべきことは、田母神氏のお粗末さ、こんな空幕長が出現したワケ、そしてわれわれがなすべきこと、の3点であると私は考えます。
 以下、順にご説明しましょう。
 –田母神氏のお粗末さ–
 田母神氏は、あのような論文を書いたら大騒ぎになるということを予想できなかったと繰り返し述べていますし、そもそもあの論文が村山談話に抵触するとは思わなかったと国会に招致された時に答弁しました。
 これでは彼は、究極のKYであると言わざるをえません。
 そもそも、彼は「修身斉家治国平天下」という言葉をご存じないのでしょうか。
 歴史認識などという高邁であっても迂遠な問題を論じる前に、ご自身のパワハラ体質・・・彼のせいで94名もの航空自衛隊員が、歴史認識に係る論文を書かされた・・・や、航空自衛隊のセクハラ体質、更には防衛省の業者との癒着等の問題に取り組むべきだったのに、これまで彼がこれらに取り組んできたようには見受けられません。これを職務怠慢と言わずして何でしょうか。
 それに、まともな国の将校なら、平素、戦史を勉強することが求められます。ですから、大将クラスの将官ともなれば、戦史、すなわち歴史のプロ、いやそこまで行かなくても、せめて歴史読みのプロくらいにはなっていなければ困るのです。
 ところが、田母神氏の論文は、典拠の付け方や、典拠の選び方一つとってもシロウトの域を出ていません。しかも、内容的にも論理が首尾一貫していない箇所が散見されます。
 遺憾ながら、彼は、大将クラスの軍人のグローバルスタンダードに達していない無能な人物である、と申し上げざるをえないのです。
 このような論文が英訳されてインターネットに掲げられているというのですから、恥ずかしい限りです。
 –こんな空幕長が出現したワケ–
 こんなお粗末な空幕長が出現するのは、自衛隊が、軍隊としての本来の仕事をさせてもらえず、世間の冷笑と無関心に囲まれて、雑用的な仕事だけをしているため、防衛省/自衛隊の幹部が社会的エリートにふさわしい人格、識見を身につける機会が与えられないからである、と私は考えています。
 私がこういう話をすると、今時、世界の大部分の国で、軍隊は実戦に従事することなどほとんどないのではないか、自衛隊員だって、もっぱら訓練に勤しんで髀肉の嘆をかこっていることにもっと誇りを抱くべきだ、と反論されることがあります。
 しかし、実戦に従事することが全く考えられないという点で、自衛隊は通常の国の軍隊と決定的に異なる異常な代物なのです。
 それはこういうことです。
 日米安保体制と集団的自衛権行使の禁止を含む政府の憲法解釈の下で、戦後の日本は自ら進んで米国の保護国(属国)となって外交・防衛の基本を米国に委ね、現在に至っています。
 その米国が日本列島だけでなく、朝鮮半島(韓国)にも米軍を配備していて、そこに韓国軍も存在していることから、軍事地政学的に言って、自衛隊の有無いかんにかかわらず、日本列島への軍事的脅威など(核の脅威を除いて)存在しないのです。
 また、集団的自衛権行使が禁止されているため、(宗主国アメリカの「指示」の下、)自衛隊を海外派兵する道もまた閉ざされています。
 この結果、自衛隊員は、災害派遣や危険のない場所でのPKO等、自衛隊でなくてもできる非軍事的な活動を除き、その成果を生かす機会がほぼゼロであるところの、むなしいこと限りない軍事的な訓練・演習に明け暮れる生活を送っているわけです。
 このような背景の下では、自衛隊に守屋前防衛事務次官や、田母神前空幕長のような人物が出現するのは、そしてそんな幹部に率いられる自衛隊で不祥事や事故が頻発するのは当然である、自衛隊はこの種の機能障害を起こすように制度設計されている、と認識すべきなのです。
 
 –われわれがなすべきこと–
 では、一体われわれはどうしたら、守屋や田母神氏ような人物の出現を防ぎ、自衛隊の不祥事や事故の連鎖を断ち切ることができるのでしょうか。
 それには、田母神氏が論文でつけ足し的に触れているところの、日本が米国の属国であると言う問題と集団的自衛権が行使できないという問題を直視するところから始めなければなりません。
 そうすれば、次の二つのオプションが自ずから導き出されるはずです。
 オプションの1の基本は、自衛隊を全廃し、日本を米国と合邦させることです。
 オプションの2の基本は、集団的自衛権の行使を禁じる政府憲法解釈を変更した上で、日本の米国からの独立を果たし、日本をその外交防衛の基本を自ら考え実行する主体にすることです。
 このどちらかを、われわれは選択しなければならないのです。
 –終わりに代えて–
 最後に、田母神論文のもともとの課題テーマである「真の<日本>近現代史観」に関連し、私の戦前観の一端をご披露しておきましょう。
・日本は、大正時代に自由民主主義的国家へと変貌を遂げたところ、1930年代に世界恐慌と中国情勢の悪化により、戦時体制をとり、その体制を1945年の敗戦まで続けたが、この間、ロシア(ソ連)の脅威に対抗して中国の東北部に勢力圏を広げるとともに、一貫して自由民主主義的国家としての基本を維持した。
・ロシアは、共産主義イデオロギーを掲げ、勢力圏を東アジアに広げようとし、日本に敵対した。
・中国国民党は、腐敗した容共ファシスト政党であったが、ロシアの傀儡(当時)であった中国共産党と合作し、日本に敵対した。
・米国は、自由民主主義イデオロギーを掲げるキリスト教原理主義的有色人種差別国家として、領域的支配を伴わない軍事的プレゼンスなる方法によって勢力圏を広げる試みを東アジアで始め、中国国民党を支援し、ロシアに対し宥和政策をとり、日本に敵対した。