太田述正コラム#14174(2024.4.25)
<加地伸行『儒教とは何か』を読む(その14)>(2024.7.21公開)

 「・・・現在、中国大陸において、依然として罪刑法定主義が定着していない。
 その大きな理由は、法律の上に、共産党一党支配という〈政治〉が存在しているからである。
 また、成文法による近代的法治国家となっていないのは、共産党内の権力構造の中で生じている派閥という共同体が相当程度の規模で生きていることを意味する。
 そのため、一罰百戒的に、窃盗犯でも、ときには見せしめとして死刑にしたりしている。・・・
⇒「1997年の刑法改正において、旧刑法の類推容認規定が削除され、新たに罪刑法定原
則が盛り込まれた・・・た。しかし、・・・中<共>の罪刑法定原則は西欧的概念そのままの形で具現化され、機能しているわけではない。法律が存在する以上は事情を斟酌することなく厳正にその法を適用しなければならない(司法解釈においても法律の限定解釈は許されない)という「積極的罪刑法定原則」は中国独自の概念であるし、前法律的、政治的、社会的実体概念をなす社会的危害性概念と表裏一体の関係にある「情状」の重大性をもって犯罪成立の構成要件としようとする刑法理論も中<共>独自である。この「積極的罪刑法定原則」をとるところでは、立憲主義的人権保障の刑法的具体化をなす実質的違法性阻却理論の貫徹は阻まれ、また「情状」の重大性を犯罪成立の要件とするところでは明確性の理論も、その貫徹を阻まれる。」
https://www.bing.com/ck/a?!&&p=f7b646259fa6e325JmltdHM9MTcxMzkxNjgwMCZpZ3VpZD0zYjc0MjA5My02MjhlLTYxNmQtM2M0OS0zNGRkNjM2NDYwZGYmaW5zaWQ9NTM1OQ&ptn=3&ver=2&hsh=3&fclid=3b742093-628e-616d-3c49-34dd636460df&psq=%e4%b8%ad%e8%8f%af%e4%ba%ba%e6%b0%91%e5%85%b1%e5%92%8c%e5%9b%bd+%e7%bd%aa%e5%88%91%e6%b3%95%e5%ae%9a%e4%b8%bb%e7%be%a9&u=a1aHR0cHM6Ly93YXNlZGEucmVwby5uaWkuYWMuanAvcmVjb3JkLzkwNzUvZmlsZXMvSG9nYWt1XzgyXzAzXzAwMV9LT0dVQ0hJLnBkZg&ntb=1
という話を、筆者はいささか雑駁過ぎる要約をしていると言わざるをえません。
 なお、犯罪行為と最高刑の不均衡・・例えば、窃盗の最高刑が死刑とされているらしいこと・・それ自体は罪刑法定主義に反するわけではありませんし、それをもって、中共が「近代的法治国家」になっていないとするのも言い過ぎでしょう。
 (また、「共産党内の権力構造の中で生じている派閥という共同体が相当程度の規模で生きている」は、何らかの典拠が必須ですし、そもそも、政権内に派閥があると近代的法治国家たりえない理由がさっぱり分かりません。) 
 私の観点からすれば、中共は、現在、文明の乗り換えという革命の真っ最中なのであり、かかる革命に資する形での刑事事件対処が要請されるのは止むを得ない、と、思います。 (太田)

 〈聖人と関わり深い古典について解釈を加える学問〉を経学<(注30)>と称するようになった・・・。

(注30)「儒教の経典(経書)を研究・解釈する学問分野の名称。・・・
 経学が研究の対象とするのは、儒教において最も重視された「経書」と呼ばれる古典群である。易・書・詩・礼・楽・春秋の六種(六経)である。このうち、楽経は書物ではなく、楽譜であった。そのため後世には、書物として伝わった易・書・詩・礼・春秋の5種類(五経)が伝えられた。・・・
 漢武帝の時に、五経博士が立てられ、一つの経書ごとに博士が置かれた。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E5%AD%A6
 「従来、これを他の諸子百家を退けて儒家のみを採用した(いわゆる儒教の国教化)と考え<られていた>が、最近では博士官に単に五経博士を増員しただけだと考えられている。最初は5人だけであり、宣帝の時期に12人に増員された。五経博士のもとには博士弟子員が置かれている。後漢では十四博士が置かれた。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E7%B5%8C%E5%8D%9A%E5%A3%AB

 それは、前漢のはじめごろからすでに始まっていたのだが、しだいに形を整えてゆき、武帝のころに前面に出てくるようになった・・・。
 『詩』を『詩経』、『書』を「書経」、『易』を『易経』というふうに、「経」という字をつけ加えてゆくようになったのは、〈経学〉の登場が原因である。
 「経」–織物の場合に喩えれば、まっすぐなタテ糸のことである。
 すなわち、まっすぐな正しいものという意味を表わしている。」(111、129~130)

(続く)