太田述正コラム#14272(2024.6.13)
<板垣退助『立國の大本』を読む(その9)>(2024.9.8公開)

 「・・・我が帝国は欧米人が徒らに人種的感情に囚はれて東洋人を排斥するを尤<(とが)>め、而して自らまた白皙人種を排斥し以て其尤めに倣ふの愚を為さんとする者にあらず。然れども白皙人種にして既に亜細亜民族を圧服し、天は人の上に人を作らざると同時に、人種の上に人種を作らざる事の極めて明白なるにも拘らず、猶且つ自から人種の上游を以て居り、世界の貴族を以て他に臨む以上は、正当防衛の必要上、飽くまでも其悖理を鳴らし、人を責めざるを得ず。これ実に亜細亜人が天より賦与せられたる所の権利也。斯の如く欧米各国は人種的感情に囚はれて支那と利害を異にし、之に向つて権謀術数を弄するの已むを得ざるものあるに反し、我邦は人種的圧迫に対する正当防衛の必要上、衷心より支那と提携扶翊すべき境遇に在るにも拘らず、東洋に於ける日本帝国の位置を察せず、支那に対する日本帝国の真意を解せざる彼等欧米人は、往々我邦を誣ひて、日本帝国は侵略主義を以て其国是と為し、支那大陸を蚕食するの野心を懐抱せりと説き、以て我邦と支那との間を離間中傷するを見る。これ蓋し欧米人の支那に対する権謀術数の一にして、其心術の陋劣なる真に言語に絶せるものあり、我邦が決して侵略主義を以て其国是と為さゞることは、歴史の明かに証明する所にして、今日毫も之を疑ふの餘地あること無し。
 則ち試に之を説かん乎。

⇒板垣は、維新後の日本の対支那政策、というか、日本の対外政策全般、について、欧米人に対して、侵略的意図などない旨を説明しようとしているところ、彼のような日蓮主義者は、日本の真の意図・・日蓮主義的意図・・を明かすわけにはいかない以上、ウソをつかざるをえないわけですが、ウソのつきようがないのではないか、と、思ってしまいます。(太田)

 我邦が朝鮮を併合したる所以のものは、・・・朝鮮にして自立して其敵を防ぐ能はざる以上、半島は国防上之を島国たる我邦の範囲に置き、以て自衛の目的を達せざる可らず。これ実に已むを得ざる事也。・・・
 顧て明治二十八年我邦が戦勝の結果、遼東半島と共に台湾の割譲を清国に要求したる理由如何といふに、清国は大陸国なるが故に大陸の軍備を為さゞるを得ず。而かも清国の国状に鑑むる時は大陸の防備さへ不充分なるに、更に猶ほ海上権を維持せんとするは到底不可能の事也。清国にして既に海上の権力を維持する能はずとせば、遼東半島及び台湾は到底完全に之を保有するを得ざるは明かにして、若し欧米列強にして清国の無力なるに乗じて之を獲得せんか、是れ東洋の鎖鑰を失ひ、其平和を紊るものにして、其結果実に寒心に堪へざるものあり。是を以て我邦は平和の保障として清国に向つて之を要求したる也。乃ち是も亦た国防上平和保全の目的に出でたるに外ならず。・・・
 更に日露戦争に於て多大の犠牲を払ひ、支那並に朝鮮に対する露国の圧迫を除きたる結果、満洲を租借し、朝鮮を併合するに至りたる所以のものは、全く国防上の必要に出で、決して侵略主義を執れる結果にあらず。則ち朝鮮、満洲、台湾にして若し他の強国の有とならば啻に我邦の独立を危ふくするのみならず、為めに東洋の平和を攪乱せらるゝの虞あるが故に、我邦は実に已むを得ずして此に出でたる也。・・・」(64~71)

⇒これは、畢竟、山県有朋による利益線観念(注7)に基づく朝鮮半島の日本にとっての重要性の指摘を朝鮮半島以外にも敷衍して祖述したものに他なりません。

 (注7)「1888年(明治21年)1月、山県は主権線と利益線という観念を提起している。当時のアジア情勢においてイギリスの進出とシベリア鉄道を経由するロシア帝国の脅威による不安定化が生じるという判断を示している。この情勢に対して日本はロシアと清国との危機を管理するためには朝鮮半島に注目する必要があることを論じた。山県は独自の用語法を提起し、「主権線」は国家を規定する国境を意味し、また「利益線」はこの国境から離れた地域においても国家の利益と関係する境界線を意味した。山県はこの枠組みを地政学的な分析に適用することで、日本にとっての利益線は朝鮮半島に位置づけることで、軍備拡張の必要を論じている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%9C%8C%E6%9C%89%E6%9C%8B%E6%84%8F%E8%A6%8B%E6%9B%B8

 山県の指摘は、「<彼が、>明治21年12月から翌年10月まで、地方制度調査の目的でヨーロッパ諸国を外遊中にシュタインのもとを訪問して、教えを乞うた・・・際<に>・・・『軍事意見書』を求めたのに対してシュタインがこれに・・・「利益彊域」<観念を持ち出して>・・・応えた<内容と同じ、とされている。>」
https://www.maesaka-toshiyuki.com/person/31749.html
ところですが、利益線(利益彊域)なるものは、勢力圏(sphere of influence)とニヤリーイコールである、と、私は考えており、利益線内に関しても、勢力圏と同様、’ha<ving> a level of cultural, economic, military, or political exclusivity.’
https://en.wikipedia.org/wiki/Sphere_of_influence
なくしてその確保などできない以上、利益線の確保は、第三国から見れば、侵略的行為なのであるところ、台湾や朝鮮半島に関しては、日本は保護国化どころか領有にまで至っていたのですから、それが文字通り侵略とみなされてもやむを得ないでしょう
 そもそも、この利益線観念からすれば、領有すれば、新しく領有することとなった地域も勘案した新しい利益線の引き直し(勢力圏の新たな設定)が不可欠になるはずですしね。
 ですから、山県の1888年時点はともかく、板垣の1919年時点でのかかる弁明など、全く弁明になっていないと言うべきです。(太田)

(続く)