太田述正コラム#14352(2024.7.23)
<大川周明『大東亜秩序建設/新亜細亜小論』を読む(その37)>(2024.10.18公開)
⇒アウグスティヌスの国家論もまた、キリスト教に由来する彼独自のものであり、アリストテレス等には遡れませんが、アクィナスの混合政体理想政体論は、ギリシャ人のボリュビオス(BC204?~BC125年?)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%93%E3%82%AA%E3%82%B9
のそれ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BF%E4%BD%93%E5%BE%AA%E7%92%B0%E8%AB%96
の受け売りのように私には感じられます。
ダンテの国家論については、充分調べがつかなかったので、判断を保留しておきます。(太田)
そは東洋が、主力を精神的生活の充実登高に注ぎ、人々個々に真理を体得しさえすれば、求めずして理想の国家を現出すべしとする主潮と、鮮明なる対照をなしている。
かくてヨーロッパは、その外面的組織制度を重んずる精神に相応して、截然たる歴史的発展の段階を踏んで今日に至った。
ヨーロッパの歴史は、明白に外面的・組織的変化の歴史である。
アテネ民主主義の勃興と没落、ローマ共和国よりローマ帝国への推移、ローマ帝国崩壊以後の封建ヨーロッパの出現、基督教の勝利、新社会の準備となれる文芸復興、宗教改革、フランス革命、而して最後には社会主義国家建設のための急激なる運動、一として火の柱の如く煥乎(かんこ)たらざるはない。
然るに東洋においては、唯だ吾が日本を唯一の除外例として、その他の諸国の歴史の表面について、かくのごとく顕著なる変化の跡を辿るべくもない。
固(もと)より王室の隆替、民族の興亡は、幾度となく繰返された<が・・・。>・・・」(127~128)
⇒ここで大川が言っていることのうち、正しいのは、日本が「外面的・組織的」に・・「理念的」にもだが・・変化する歴史を持っている、という点だけです。
欧米に関しては、累次申し上げているように、三つの文明からなっているところ、アングロサクソン文明と米国文明は相互に少しだけですが異なった理由・・イギリスは平時は個人主義であるところ、平時において個人をいかに組織化するかという「課題」に直面するようなことはありないことにより、そして、米国は、アングロサクソン文明由来の個人主義がベースにあるところ、それに加えて世界で初めて成文憲法を制定して
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95
それに拘束されることで、欧州文明とのキメラだが、欧州文明ファクターによる変貌を免れることにより、基本的に変化はしないので、変化する歴史を持っているのは、例えば大きくはプロト欧州文明から欧州文明へと変貌を遂げた広義の欧州文明だけです。
もっとも、この広義の欧州文明も、「外面的・組織的」のみならず、「理念的」にも変わっていますが・・。
(プロト欧州文明の末期にカトリシズムからカトリシズムとプロテスタンティズムの2本立てに変わってますよね。)
また、東洋においても、支那にせよインド亜大陸にせよ、かつては「顕著なる変化」があったのに、前者は実質的には初めて支那を統一した漢の成立以降、後者は、初めてインド亜大陸を統一したマウリヤ朝以降、「王室の隆替、民族の興亡<が>、幾度となく繰返され」ることになったのですから、大川の主張は、間違いに近い不正確さです。(太田)
(続く)