太田述正コラム#3103(2009.2.18)
<皆さんとディスカッション(続x402)>
<示威>
 有料会員でもない人間がコメントするのは非常に心苦しいのですが、あるニュースをみてどうしてもと思いコメントさせていただきます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090217-00000616-san-pol
 「MSNBCはまた、記者会見の映像を流した後、女性キャスターが、「これが日本の財務相だ」と笑いながらちゃかしたうえで、「そんな国が、きょうクリントン国務長官が訪れている日本だ」とコメントした。」
 「英BBC放送は同日、東京株式式場の下落を伝える際に、記者会見の映像をだぶらせ、キャスター自身がろれつが回らないようなしぐさをした後、笑い転げた。」
 このニュースを見た時、僕は日本人として屈辱に感じました。
 同時に自民党が今まで解散を先送りし続けた結果、国民が自民・公明連立政権を選んでいると世界に思われ、このような事で日本全体が世界から馬鹿にされている現状に腹が立ちます。
 僕は政権を変える必要があると思っているので民主党支持ですが、そういうことを抜きにしても早く「民意を問う」ことが必要なのではないかなと日に日に感じています。
<KT>
 同じく無料会員の自分も思ったことを書きます。
 この記事
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090216/stt0902162313012-n1.htm
で、「随行した財務省の事務方4人にも状況をただしたが、酩酊するほどアルコールは飲んでいないと強調した。」と書いてあります。「酩酊するほど飲んでいない」ということは、飲んでたんですよね。官僚の方たちの話し方は、勉強になります。
 国の代表として国際舞台にいる、という意識があったのでしょうか。それとも、中川さんはプレッシャーに弱すぎる人なんでしょうか。辞める責任より
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20090217AT3S1702217022009.html
、国の代表としての責任を持ってもらいたかったです。
<マソン>
 ちょっとタイミングを外してしまって申し訳ありませんが、天皇陛下を敬愛するものの一人として、コメントさせていただきたいと思います。
 私は天皇陛下を「神」だと思ったことはありません。
 「神」でしたら「自然」に対するように畏怖はするかもしれませんが、尊敬はしないでしょう。
 天皇陛下が人間だからこそ尊敬しています。
 神様みたいだと思うことはあります。
 同じ人間として生まれて、あれほど清浄な存在になれるということに感動します。
 どんなに苦しく大変か想像すると敬意しかわきません。
 天皇陛下が努力されるのは、それを日本文化が強いるからだと思うと、日本文化に対する誇りを感じます。
 そうした日本の国体そのものであり結晶である天皇陛下が、戦後、自決されなかったのは、国民のためだとしか考えられません。
 大勢の国民が命を賭して守った天皇陛下・天皇制・日本文化を、自害して天皇陛下自身で身勝手に殺すことができるはずがありません。
 生き残る方がずっと辛かったけれど、国民のために生き残ってくださったと解釈するのが自然のように思います。
 天皇陛下が自害するべきだったと考えておられる皆様は、なぜ天皇陛下が生き残られたのか、その理由をどうお考えなのでしょうか?
 単に責任を取りたくなかったからとか、自分の命が惜しかったからなどと解釈して納得されているのでしょうか?
 それとももっと説得的な解釈があるのでしょうか?
<太田>
 典拠をつけて欲しかったけれど、久しぶりのご投稿、大歓迎です。
 どうされたのか心配していましたよ。
 Ms.Nelsonと同じような天皇観ですね。
 関西の女性には結構こういう方、多いのかなあ。
 (なお、天皇陛下が、天皇一般なのか、昭和天皇なのか、今上天皇なのか、分からない箇所がありますね。)
 ところで、日本の皇室と来れば、英国の王室ですよね。
 コラム#3102「英仏原潜衝突事件」(未公開)で使用した典拠に出てきた話なのですが、SSBNに搭載されている核弾道弾の発射手続きについて、首相ではなく女王が英軍の長であることが、意味を持ってくるというのです。
 英軍の統合参謀長が首相から核を発射せよと命ぜられたとして、この首相が気が触れていると思ったら、英国は民主主義だけれど究極の権威は女王にあることから、統合参謀長はこの命令には服さないだろうというのです。
 もちろん首相はこの統合参謀長を馘首することはできるけれど、新たな統合参謀長を任命できるのは女王だけであり、女王が任命を先延ばしにすれば、結果的に核は発射されないで終わる場合があるだろうと。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/7758314.stm
(2月17日アクセス)
 日本の現行の制度では、天皇は自衛隊の最高司令官ではないけれど、最高司令官たる首相の命令に防衛相が異議があってこれに服さない時に、首相はこの防衛相を馘首できるけれど、後任の防衛相の認証(国事行為)を天皇が先延ばしにすることができるかどうか、微妙なところですね。
<マソン>
≫たしかに、輪廻転生に価値など無いという考えは、あくまでも自分の好みに合った解釈の一つに過ぎず、仏教全般での定説とは言えないですね。≪(コラム#3085。太田)
 日本では弘法大師が仏教を根付かせましたが、弘法大師は即身成仏を目指しました。
 俗にいう「悟りをひらく」ことでしょう。
 密教の特質は「攘災招福」と「即身成仏」だと弘法大師はいっています。
 (参考文献『空海コレクション2』 宮坂宥勝監修、筑摩書房8ページ)
 輪廻転生に価値がないと感じるというのは、VincentVegaさんの個人的な好みではなくて、悟りをひらく方に重きをおく日本仏教がそうなのだと思います。
 即身成仏は英語でいうと「Attaining Enlightenment in This Very Existence」になるみたいですね。
 英語ではどんな風に解説されているのかよくわかりませんが、attainingというと、修行したら手に入る「資格」とか「学位」みたいな感じがしてしまいました(笑)。
<太田>
 マソンさん、教義を論じたいのか、実態を論じたいのか、はっきりさせましょう!
 また、いずれにしても、歴史を扱う時には慎重であるべきです。
 「日本では弘法大師が仏教を根付かせました」の典拠は?
 鑑真は? 最澄は? はたまた?
 ちなみに、実態論として、
 「・・・仏教は伝来当初から国家によって主宰され、寺を経営する僧は官僚であった・・・。家督を継げない貴族の次男・三男は、生活を安定させるため「官寺に入って官僧(官僚僧)となる道を選ばされた」。そこは〈もう一つの「世俗」世界・・・名利(名誉と利益)を<求める世界>・・・となってい<た。>
 宣教の原点において、仏の教えは頭で理解し、学ぶ対象でしかなく、戒律という身体を御する原則を把持しなくてはならないという緊張感は生まれにく<かったと考えられる>。・・・
 日本の僧侶・・・を象徴するのは、妻帯や飲酒といった破戒(戒律を破ること)・・・<少なくとも>男色関係<は>一般的であった・・・が平然と行われているところだ。それゆえタイやスリランカなど南アジアの仏教界は日本仏教を「仏教に非ず」と異端視している。・・・
 そうであれば、「葬式仏教」といわれるように、今日の仏教が儀礼を担う文化的存在になったのも、当然の帰結であったかもしれないと納得がいく。」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090127/183999/
(1月28日アクセス)
なんてのがありましたね。
<大>
≫「死刑がダメなら戦争もダメだ」の「戦争」には、警察行動・・正当防衛や緊急避難の要件をクリアした場合にのみ武器が使用できる・・は含まれていません。≪(コラム#3101。太田)
 集団的自衛権の行使に伴う武力行使は含まれるということですか?
 太田さんは最終的には集団的自衛権も9条のような条項によって禁止されたほうがいいとお考えなんですか?
<太田>
 違います。
 終身刑の導入と死刑の抑制的運用を図りつつ、集団的自衛権の行使も認めるべきだ、というのが私のスタンスです。
<かえるくん>
 興味の無い方には冗長で申し訳ないです。・・・
 村上春樹ネタが軽く流れたので、ファンのひとりとして少しばかりフォローさせて下さい。
 太田さんの感想↓は誤解です。
≫村上は、ハマスのような「社会における個人の自由」を蹂躙する者の側に立ったと言わざるをえません。≪(コラム#3099。太田)
 村上春樹は隠喩の手練れです。朝日の記事で示された要旨は的外れな気がします。孰れにしても英語のスピーチ。訳者の語学力や血中HARUKI濃度や政治的スタンスの差異によって邦訳には相当のバラツキが見られます。個人的にはオバマの就任演説に勝るとも劣らない普遍性を持っていると思うのですが。政治家と作家は立場が異なり単純な比較に成りませんけれど、作家の発言としては誠に堂々としたものに感じます。
 <ここで引用されていたスピーチ(英語・要旨)は省略した(太田)。>
http://blog.livedoor.jp/bijoux_iris/archives/51178843.html
■朝日■——————————–
http://www.asahi.com/culture/update/0216/TKY200902160022.html
「壁は私たちを守ってくれると思われるが、私たちを殺し、また他人を冷淡に効率よく殺す理由にもなる」と述べた。イスラエルが進めるパレスチナとの分離壁の建設を意識した発言とみられる。
■NHK■——————————–
http://www3.nhk.or.jp/news/t10014185071000.html
村上さんのエルサレム賞受賞をめぐっては、パレスチナ問題に取り組む民間団体などから受賞の辞退を求める声が上がっていましたが、「小説家は自分の目で見たもの、手で触れたもの以外は信頼できないので、わたしは自分自身の目で現実を見、話をしたいと思った」と述べました。そのうえで、村上さんは「1つだけ皆さんにお伝えしたいことがある。われわれは皆、国籍や宗教を越えた存在であり、壊れやすい卵だ。今、われわれは高く、強く、冷たい壁に直面し勝てそうもないように思える。しかし、人間のユニークさかけがえのなさ、ともに行動することによって得られる温かさを信じるべきだ」と述べ、個人の尊厳を尊重することの大切さを訴えました。
■共同通信・要旨■——————————–
http://www.chugoku-np.co.jp/NewsPack/CN2009021601000180_Detail.html
・イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。
・わたしが小説を書くとき常に心に留めているのは、高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵のことだ。どちらが正しいか歴史が決めるにしても、わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか。
・高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。
・さらに深い意味がある。わたしたち一人一人は卵であり、壊れやすい殻に入った独自の精神を持ち、壁に直面している。壁の名前は、制度である。制度はわたしたちを守るはずのものだが、時に自己増殖してわたしたちを殺し、わたしたちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる。
・壁はあまりに高く、強大に見えてわたしたちは希望を失いがちだ。しかし、わたしたち一人一人は、制度にはない、生きた精神を持っている。制度がわたしたちを利用し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくったのでなく、わたしたちが制度をつくったのだ。
■共同通信■——————————–
http://www.47news.jp/CN/200902/CN2009021601000122.html
 村上さんは、エルサレムで開かれた授賞式に出席することが「圧倒的な軍事力を使う(イスラエルの)政策を支持する印象を与えかねない」と熟慮した末、「欠席して何も言わないより話すことを選んだ」と明らかにし「メッセージを伝えることを許してほしい」と切り出した。
 村上さんは、小説を書く時「高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵」を常に心に留めており、「わたしは常に卵の側に立つ」と表明。壁とは「制度」の例えだと説明し「制度は自己増殖してわたしたちを殺すようになったり、わたしたちに他人を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる」と警告した。 これに対し、「卵」は壊れやすい殻に包まれたような個々人の精神を意味するとし、個性を大切にすることで「制度がわたしたちを利用するのを許してはならない」と語った。
■信濃毎日■——————————–
http://www.47news.jp/CN/200902/CN2009021601000180.html
自分のことをたたえる相手を、公の席で批判するのは勇気が要る。作家の村上春樹さんが、それをやった。イスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」を受け、授賞式でイスラエルのパレスチナ自治区ガザ攻撃を批判した。高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵-。村上さんは、小説を書くときに常に心に留めている例えを持ち出し、講演している。高い壁は戦車やロケット弾、卵は犠牲になる民間の人々だとし、イスラエルとパレスチナ武装組織 双方 の戦闘も非難した。
■熊本日々■——————————–
http://kumanichi.com/sinseimen/200902/20090217001.shtml
受賞を憂う声に応えるかのようにこう切り出した。「欠席して何も言わないより話すことを選んだ」。それに続く話は個人と組織の関係であった。難解とされる村上さんの作品に似て、講演でも独特の例えを用いた。高くて硬い壁と、それにぶつかって割れる卵の話。作品の場合と違って、講演では例えの意味が明かされた。高い壁とは戦車やロケット弾であり、卵は非武装の民間人である。自分はいつも卵の側に立つ、と。さらに制度という名の壁は時に自己増殖し、組織的に卵を壊す-。ガザだのハマスだのイスラエルだの、固有名詞は出てこないものの、今回の武力攻撃への激しい悲憤は伝わってきた。文学の力とも言える。世界に向けたメッセージは同じでも、ろれつ回らぬ中川昭一財務相の会見は悲惨だった。
※因みに私は村上春樹の小説はほぼ読んでいるので血中濃度は高いです。
【血中HARUKI濃度】
村上春樹への心酔度を表す指標。
0.2~0.4:爽快期
0.4~1.0:ほろ酔い
1.0~1.5:軽度酩酊
1.5~3.0:酩酊期
3.0~4.0:泥酔期
4.0~5.0:昏睡期
<太田>
 村上のスピーチの隠喩を「かえるくん」さんのように解する人は、私の知っている範囲では皆無です。
 確かに、「かえるくん」さん御引用のスピーチ(要旨)だけ読めば、「かえるくん」さんのように解することもまんざら不可能ではありません。
 せっかくのご指摘ですので、スピーチ(全文)にあたってみました。
http://www.haaretz.com/hasen/spages/1064909.html
 (老婆心ながら申し上げておきますが、原典にあたるのなら、本当の原典にあたらなきゃダメですよ。)
 最初に銘記すべきは、村上が
 ・・・here are a few days in the year when I do not engage in telling lies, and today happens to be one of them. ・・・
と、このスピーチでしゃべることは本心だと宣言していることです。
 さて、スピーチの
 ・・・”Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg.”
 Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg, I will stand with the egg.・・・
 Bombers and tanks and rockets and white phosphorus shells are that high, solid wall. The eggs are the unarmed civilians who are crushed and burned and shot by them. This is one meaning of the metaphor.
のくだりから、「かえるくん」説が採用できないことは明らかです。
 村上が、ガザ「戦争」に関し、イスラエル側(だけ)を非難していることは明白だからです。
 確かに続いて村上が、
 This is not all, though. It carries a deeper meaning.
と思わせぶりなことを言っていることは確かです。
 しかし、これに続く文章は次のとおりです。
 Think of it this way. Each of us is, more or less, an egg. Each of us is a unique, irreplaceable soul enclosed in a fragile shell. This is true of me, and it is true of each of you. And each of us, to a greater or lesser degree, is confronting a high, solid wall.  The wall has a name: It is The System. The System is supposed to protect us, but sometimes it takes on a life of its own, and then it begins to kill us and cause us to kill others – coldly, efficiently, systematically.
 I have only one reason to write novels, and that is to bring the dignity of the individual soul to the surface and shine a light upon it. ・・・
 これを、一般論として「壁」論を展開したと見るのか、日本のメディアが一部報じたように、ヨルダン川西岸を取り囲むようにイスラエルが設置した壁をも示唆したものと受け止めるか、そこは好みの問題でしょう。
 一つだけはっきりしているのは、村上が、ガザ「戦争」に関して彼が行ったイスラエル非難を撤回したわけではないことです。
 それはともかく、スピーチ全文を読んでみて、極めて残念に思ったのは、このスピーチが、村上の人間一般に関する無知とナイーブさ・・戦後の平均的日本人の人間一般に関する無知とナイーブさと言うべきか・・を完璧なまでに露呈させてしまったことです。
 よろしいですか。
 ・・・I do not approve of any war, and I do not support any nation. Neither, of course, do I wish to see my books subjected to a boycott. ・・・
 (自分の本が売れなくなるのは困るって箇所には目をつぶるとして、)いかなる戦争にも反対で、いかなる国(民族?)も支持せずって言ってるわけですが、村上っておとぎ話作者でしたっけ?
 更に、
 ・・・To make judgments about right and wrong is one of the novelist’s most important duties, of course. ・・・
というくだりに至っては、小説家の最大の任務は、何が正しくて何が間違っているか判断を下すことだと思うというのですから、村上は自分は道徳教本作者だって宣言したってことです。
 このおとぎ話兼道徳教本作者たる村上の下す結論はこうです。
 ・・・We are all human beings, individuals transcending nationality and race and religion, fragile eggs faced with a solid wall called The System. To all appearances, we have no hope of winning. The wall is too high, too strong – and too cold. If we have any hope of victory at all, it will have to come from our believing in the utter uniqueness and irreplaceability of our own and others’ souls and from the warmth we gain by joining souls together.
 Take a moment to think about this. Each of us possesses a tangible, living soul. The System has no such thing. We must not allow The System to exploit us. We must not allow The System to take on a life of its own. The System did not make us: We made The System. ・・・
 後段のTake a moment 以下は正しい、というより当たり前すぎるくらい当たり前の話ですが、問題になるのは、人間が手段としてつくった体制(system)が人間を搾取し始めた場合にどうしたらよいかでしょうね。
 遺憾ながら、前段の、人間が心を一つにすれば体制変革ができます、というのは、おとぎ話作家たる村上の面目躍如ってところですね。
 ある体制によって裨益している特権的人間(例えばハマス指導部)は、あらゆる手段を尽くしてその体制の変革に反対するでしょうし、客観的に見ればある体制がその体制下の大部分の人間(例えば、ガザの住民の大半)を搾取しているとしても、その自覚が当の人々に全くない場合に彼らをどうやったら説得できるというのでしょうか。
 フツーそんな体制は、言論・集会の自由を認めない場合が多い(例えば、ガザではハマス指導部に反対する人間は殺害される可能性が高い)ことを考えればなおさらです。
 村上は、
・・・Novelists are a special breed. They cannot genuinely trust anything they have not seen with their own eyes or touched with their own hands. ・・・
と胸を張っていますが、せめて彼は、イスラエルとパレスティナの現実を見ずしてこのスピーチを行うという過ちを犯した、と思ってあげたいところです。
<ちんみ>
 悪の論理―地政学とは何か
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4043267010/3w-asin-books-22
の中で、とにかく、イスラエルの兵士や下士官の傍若無人さと傲慢な自己正当化癖は、おとなしく規律正しい日本の自衛官を唖然とさせたらしい。 
 あまりのことに呆れ果てた日本の将校が米国の将校に「ユダヤ人の兵隊があんなに粗暴で柄が悪いとはおもわなかった」と話したところ、米軍将校はいまさら何をいうかという顔をして「当たり前じゃないか。ユダヤ人は昔からそうなのだ。今ごろ気がついたのか」と答えた…とあり、この辺に日本人の国際認識の甘さがあるんですね。
 おいら的にユダヤ人とは、「ヴェニスの商人」のシャイロックをイメージしています。(好き嫌いは別で~シャイロック=悪、アントーニオ=善としてではなく)この場合は嵌められたヒトですが。 
 とにかく日本人はオイラもモチロン含め平和呆けが多い。
イスラエル人の「軍隊的思考」と「被害者意識
http://news.ohmynews.co.jp/news/20070410/431
<太田>
 「傍若無人さと傲慢な自己正当化癖」は、日本やイギリス等を除く、世界の人々の「通弊」です。
 それを、まるでユダヤ人だけのことのように言われると絶句しちゃうんだなあ。
 ところで、御引用の。
http://news.ohmynews.co.jp/news/20070410/431
を書いたテルアビブ在住の日本人女性に、ヒズボラ批判をヒズボラ支配地区で言えるのか、ハマス批判をガザで言えるのか、エジプト批判をエジプトで言えるのか、を思い出させた上で、そういう地域に廻りを取り囲まれてイスラエルはいるんだ、ってことを教えてあげたいですねえ。
 こういう人達が村上の書いた小説の一番の愛読者ってことなんだろうね。
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太田述正コラム#3104(2009.2.18)
<バレンタインデー抄(続)(その1)>
→非公開