太田述正コラム#3064(2009.1.29)
<パレスティナ問題の今後(その2)>(2009.3.17公開)
暫定的3カ国オプションとでも言うべきものを唱えるのが、トーマス・フリードマンです。
「・・・第一に、イスラエルは原則として西岸と東エルサレムのアラブ人地区から、ガザでやったように完全に撤退する。入植者達のために西岸で保有し続けたい領域は、同面積のイスラエル本体の領域と交換するものとする。
第二に、パレスティナ人達、すなわちハマスとファタが国民的統一政府の形成に合意する。この政府は、次いで一定数のエジプトの部隊と警察がパレスティナ人達を助けてガザの境界を監視する。同じことをヨルダンの部隊と警察が西岸で行う。・・・
パレスティナ・・・<は>5年後に完全に独立する。・・・
第四に、サウディアラビアは、パレスティナ当局の予算上の必要額を支払うことに加えて、パレスティナ当局の信託国たるエジプトとのヨルダンのすべての経費を支払うとともに、サービス料としてそれぞれの国に年10億米ドルを支払う。・・・」
http://www.nytimes.com/2009/01/28/opinion/28friedman.html?_r=1&ref=opinion&pagewanted=print
(1月29日アクセス)
(4)The One-State Option
最後のオプションは、1カ国オプションです。
1980年にヘブライ大学の2人の教授が、たとえイスラエルへのユダヤ人の移住が大きく増えたとしても、アラブ人の出生率が高いため、数十年のうちにパレスティナとイスラエルを合わせた全体で、ユダヤ人はアラブ人よりも少なくなってしまうだろうと予想し、皆にショックを与えました。
2007年2月に実施された世論調査では、パレスティナ人の回答者の70%が、ユダヤ人とパレスティナ人が一つの国を形成するという1カ国オプションを支持するに至っています。
パレスティナ人達の中でこのオプションに反対しているのは、これではイスラム国家を目指せなくなるとするイスラム主義者達と、これは汎アラブ主義の理念に反するとするアラブ・ナショナリスト達です。
一方、1カ国オプションでは、早晩ユダヤ人は少数派に転落するとして、イスラエルでこのオプションを支持する者は、ちょっと古いのですが、2000年の世論調査で、わずか18%しかいません。
イスラエルの左派の政治家の多くは、パレスティナ人達と明確に分離していなければ、なし崩し的に2民族国家が出現してイスラエルのユダヤ的性格が終焉を迎えるか、少数派のユダヤ人が無権利状態の多数派のアラブ人を力尽くで支配するところの、南アフリカ型のバンツースタンが出現してイスラエルの民主主義が終焉を迎えるかどちらかだと警告を発しています。
イスラエルの首相のオルメルトは、2007年、2カ国オプションについて合意が成立しなければ、イスラエルは<パレスティナ人等が>平等な投票権を求める南アフリカ的軋轢に直面し、終焉を迎えることになるだろうと主張しました。
他方、2004年、当時のパレスティナ当局の首相のアハメッド・クレイ(Ahmed Qurei)は、イスラエルが2カ国オプションに合意しなければ、我々は1カ国オプションを追求することになると語りました。
2007年11月には、パレスティナ人とイスラエル人の著名人達が民主主義に立脚した1カ国オプションの追求についての共同宣言を発したところです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Binational_solution
(1月28日アクセス)
3 足下を見つめる必要があるイスラエル
しかし、現状維持を図るにしても、今後のオプションを考えるにしても、それと平行してイスラエルは自らの足下を見つめる必要がありそうです。
「徴兵問題が一番悩ましい問題かもしれない。・・・昨年、<イスラエルの>アラブ人のイスラエル軍への志願は史上最低の水準・・わずか数百人・・となった。イスラエル議会であるクネセト(Knesset)は、アラブ人に対しても、ユダヤ人の非徴兵者に課される非軍事的徴用義務を課すことを検討している。・・・
<また、>すべてのイスラエル市民に対する単一の教育制度が不可欠だ。
現在は、三つの市民集団が、三つの異なったカリキュラムを提供する三種類の学校に通っている。
最も多数であるところの世俗的なユダヤ人の子弟は、他のいかなる欧米諸国とも同様の公立の学校に入学する。また、信心深いユダヤ人の子弟は、公的資金で経営される宗教学校で学ぶ。全般的に恵まれていないところのアラブ人の子弟は、アラブの歴史を通じて形成されたところの、アラビア語で教育される学校に通う。・・・
民主主義とは、普通選挙、独立した司法、表現することを尊ぶ文化を要件とする。・・・
イスラエルの民主主義の最大の欠陥は憲法がないことだ。
その代わりイスラエルには、準憲法的な基本的法律群の集合体がある。・・・」
http://www.csmonitor.com/2009/0122/p09s01-coop.html
(1月22日アクセス)
4 感想
パレスティナ人達との関係は現状維持でもかまわないけれど、イスラエル自身の「国体」問題に取り組むことは焦眉の急だと思います。
徴兵/徴用問題よりもさしあたり重要なのは、教育の統合、少なくともアラブ人教育の世俗的ユダヤ人教育との統合(カリキュラムの統合を含む)でしょう。
また、ここがむつかしいのだけれど、同時に、信心深いユダヤ人の学校への公的資金の投入を大幅に削減する一方で、信心深いアラブ人向けの独自教育の禁止を図るべきでしょうね。
いずれにせよ、アラブ人を真のイスラエル市民にしたいのであれば、憲法策定は避けて通れないでしょう。
それにしても、これまでイスラエルに憲法がなかったというのは面白いですね。
イギリスや、ユダヤ人のイスラエルのように文明論的な意味で単一民族であれば、憲法なんて不要だということです。
道理で、この日本で憲法が規範性を失うわけです。
こういったことを含め、機会があれば、イスラエル人の意見も直接聞いてみたいものです。
(完)
パレスティナ問題の今後(その2)
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