太田述正コラム#14580(2024.11.13)
<G・クラーク『ユニークな日本人』を読む(その33)>(2025.2.8公開)
「・・・日本人はもともとはなまけ者だったんです。・・・
とくに日本人の学者や日本の役所を見たら、ほんとに欧米だったらまったく許せないくらいなまけています・・・。・・・
まわりの人と人間関係をつくる、守る、そのために働く。・・・
⇒私自身の実経験に基づき、文献典拠抜きでクラークのこの主張を是とすることにしようと思いますが、私見では、日本人は、欧米人等とは違って、組織内での言動と組織外での言動とを異なるものにする必要がないからなのです。
例えば、イギリスでは、人は組織内では弥生人で上意下達者、(家庭内を含む)組織外では個人主義者、ですし、(イギリス以外の)欧州では、人は組織内では弥生人の上意下達者、(家庭内を含む)組織外では普通人、ですが、日本では、人は組織内外に関わりなく、人間主義者で通すわけです。
常に人間(じんかん)に気配りをすることはもちろん、メリハリをつけた言動をすることにも心がける、もちろん働きづめなんてことはしない、というわけです。(太田)
日本人は他のグループに対して排他的ですが、ほかの人のアイデアに対してまったく排他性をもちません。
外国人の場合は逆です。
外の人に対してわりあい寛容ですが、外国人のアイデアに対して排他的です。・・・
フランス人が・・・英語を使い過ぎると、罰金なんです。
⇒そりゃあ一種の国際的な都市伝説でしょう。
「フランスのアカデミー・フランセーズ<(注34)が>、フランス語の言語的純度を維持することを使命としている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%AA%9E%E7%B4%94%E7%B2%8B%E4%B8%BB%E7%BE%A9
ことや、「自分たちは英語の国<であるイギリス>を支配していたことがあり、<その後長く>仏語は英語の上位として使われてい<た>」
https://www.englishtrainee.com/france/
といった事実に関する知識がむしろフランス人の目を曇らせているのであって、単に、「フランス人も、関西人と同じです。フランス人は、自分たちのモード(波長)を特に大事にする人びとです。話すときの「ノリ調子」が、違うと「ダメ」らしいのです。「違う周波数の言葉、英語を話すと」何か調子が、違って来るので英語を話したがらない。」
https://bijafrance.com/francais-et-anglais/
程度のことではないでしょうか。(太田)
(注34)「フランス学士院を構成する5つのアカデミーの一角を占め、その中でも最古のアカデミーである。・・・
創立はフランス文学史上、古典主義の時代とされる17世紀で、1626年頃から文学者たちが王室秘書のヴァランタン・コンラール邸で会合を持つようになったのが起源である(コンラールはアカデミー・フランセーズの父とも言われる)。これが宰相リシュリューに認められ、ルイ13世治下の1635年2月10日、正式に設立された。
当初の役割はフランス語を規則的で誰にでも理解可能な言語に純化し、統一することであり、その目的を達成するために辞書と文法書の編纂を重要な任務としていた。このアカデミー・フランセーズによる辞書(アカデミー辞書)は1694年に初版が出版された後、8回(1718年、1740年、1762年、1798年、1835年、1878年、1932年-1935年、1992年)の改版を重ね、現在に至っている。また、フランス語辞書の編纂以外にも勧告を発することなどを通じてその任務を遂行している。・・・
また、こうしたフランス語に関する役割以外にも新たな第2の役割が追加された。それはメセナ(学問芸術振興)であり、年間およそ60もの文学賞の授与から、美術界、学術界、文芸界、慈善事業団体、寡婦や障害者世帯に対する金銭的援助、そして奨学金の提供に至るまで様々な形で行われている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%87%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%82%BA
日本語と英語には大きな大きな違いがあるのに、日本の新聞は、英語の言葉を思う存分使っていますね。 」(89~90、97)
⇒いくらなんでも、クラークさん、それはないでしょう、と言いたくなります。
日本語と漢語には大きな違いがあるのに、日本人は、昔から、漢語の言葉を思う存分使ってきたという伝統が日本にあってその漢語が英語に置き換わっただけだというのに・・。(太田)
(続く)