太田述正コラム#14612(2024.11.30)
<浜口恵俊『間人主義の社会 日本』を読む(その11)>(2025.2.25公開)

 「契約原理の機能は、あくまでも相互に自由で平等の当事者同士が自己の欲求を互酬的に充足させると同時に、個人がその関係に全人格的に巻き込まれることを制御することにある。
 契約の原理にもとづく人間関係は、当事者の自由と平等を理念として、しかも相手をお互いに自己の私的欲求を充足させる手段とするという点で、機能的、実用的、かつ計算的であると同時に、一時的でもある」・・・
 このような「契約の原理」が支配的な社会では、各人の間の相互作用は、契約に基づくギブ・アンド・テイクとして、同時的等価交換のかたちをとる。
 したがって、組織での社会的行動にしても、組織の側からの報酬と、個人成員の側での責務とが、つねに等号関係によって結ばれることが要請される。
 しかも、その報酬と責務は、ほぼ同時に、また感情を交えることなく、交換されるのである。
 それゆえ、組織成員が、組織やその代表者に対して、献身的な忠誠心を抱くことは、まずないと言ってよかろう。」(25)

⇒契約の原理=個人主義文化における社会関係=欧米における社会関係、というのが、浜口の主張ですが、「組織成員が、組織やその代表者に対して、献身的な忠誠心を抱くことは、まずない」、の「まず」が曲者です。
 というのも、欧米世界においても、’if loyalty to man conflicts with loyalty to God, the latter takes precedence.’であるところ、それに加え、’allegiance<(忠誠)> to the sovereign or established government of one’s country and also personal devotion and reverence to the sovereign and royal family’が求められる
https://en.wikipedia.org/wiki/Loyalty ←引用部分
のであって、上記引用後者から国家/元首への忠誠心を体現している存在である軍隊においては平時においても構成員に(違法な命令ではない限り)無条件の忠誠心が求められますし、上記引用前者から教会や教会の変形物たるイデオロギー結社に対しても無条件の忠誠心が求められるところ、これら一切合切を勘案すれば、特定欧米社会の組織内で当該組織に対して献身的な忠誠心を抱いている者の割合は相当見込まれるからです。
 (このことは、欧米で盛んな「社会心理学<(注18)>の分野で、忠誠心<について>、1980年に組織コミットメント<(organizational commitment)>という操作性の高い概念が<導>入されて以来、盛んに研究されている<、・・>組織コミットメントとは、「ある特定の組織に対する個人の同一化および 関与の強さ」が代表的な定義とされているが、研究者や目的によって定義は変化するため一概には言えない<けれど、>分かりやすく書くと「組織に対して、どれだけ貢献したいのか」という傾向のことである<・・>。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%A0%E8%AA%A0
ということが、ある意味、裏付けていると言えそうです。

 (注18)The “WEIRD problem” highlights the disproportionate representation of participants from Western, Educated, Industrialized, Rich, and Democratic (WEIRD) societies in psychological research. ‘
https://en.wikipedia.org/wiki/Social_psychology

 蛇足ながら、本件においてはともかくとして、社会心理学における「注18」に出て来るバイアス、に我々は気を付けなければいけません。)

 もちろん、こういう者も、組織外においては契約原理に基づく人間関係を取り結ぶわけですが・・。
 なお、浜口らが、私見ではフェルディナント・テンニース(Ferdinand Tönnies)のゲマインシャフト/ゲゼルシャフト(注19)論に拠っていると言って良さそうなのに、彼に全く言及しないのはいかがなものでしょうか。(太田)

 (注19)「ゲマインシャフト(Gemeinschaft)とは、家族集団、仲間集団、地域集団などの地縁や血縁に基づいて自然に成立している集団のことを指します。ゲマインシャフトは、基礎集団とも呼ばれ、その名前の通り、近代以前から存在していたと言うことができます。
 ゲゼルシャフト(Gesellschaft) とは、教育機能に特化した学校組織や生産機能に特化した企業組織など、特定の目標の達成のために人為的に創られた集団を指します。・・・
 近代化によって、ゲマインシャフトではなく、ゲゼルシャフトの重要性が際立ってきています。しかし、テンニース<は>、ゲマインシャフトの力は、消滅しつつあるとはいえ、なおゲゼルシャフト時代にも保たれており、依然として社会生活の実体をなしていると、主張しています。」
https://keny.jp/gemeinschaft-gesellschaft/
 Ferdinand Tönnies(1855~1936年)は、「ドイツの社会学者。共同体における「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」の社会進化論を提唱したことで知られる。・・・
 労働組合や協同組合運動に積極的に参加、またフィンランドやアイルランドの独立運動を支援した。・・・ナチズムと反ユダヤ主義を公然と非難したため、キール大学名誉教授の地位を奪われることになった。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%B9
 
(続く)