太田述正コラム#14686(2025.1.6)
<木村敏『人と人との間』を読む(その10)>(2025.4.3公開)
「・・・和辻は日本における人と人との間を「距てなき結合」と規定して、これを西洋人の場合の「距てにおける共同」と対比しているが、この際に、日本的対人関係には(・・・対自然関係と同様の)無限大の距離を置いた「素気なさ」、あるいはやはり「触らぬ神に祟りなし」的な「知って知らぬ顔」という面もあることを、しかもこれが日本的対人関係を極めて独得の、外人には不可解なものにしている大きな契機であるあることを、見逃しているのではないかと思うのである。
⇒ここは、「日本のユニークさと普遍性–世界史の観点から(メモ2)」(コラム#14639)で、私が指摘したところの、日本人の非集団主義性に照らし、木村の慧眼に拍手を送りたいですね。(太田)
板坂元<(注14)>氏は『日本人の論理構造』<(注15)>・・・の中で、日本人は不吉なこと、危険を招来するおそれのあることを口にするときに、よく「我が身じゃないが」というようなまじないをする癖があるという。
(注14)いたさかげん(1922~2004年)。東大文(国文)卒、同大院修士、成城大、ケンブリッジ大、ハー<ヴァ>ード大で教鞭をとった後、創価女子短大教授、同大副学長。「近世文学専門だが、50代からは<米国>事情、日本文化論のほか、知的生活指南、セックス談義、文章入門など雑多な一般書を数多く著した。・・・
<成城大時代に、>『広辞苑』初版(1955年)の執筆に当時の妻・竹内美智子と共に参加した。・・・
<ハーヴァード時代には、>ライシャワーが戦前著した日本語教本を・・・、事実上一人で改訂作業を行った<。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BF%E5%9D%82%E5%85%83
(注15)講談社〈講談社現代新書〉、1971年。(上掲)
「本書にて紹介されている例を三つほど取り上げて<みましょう。>・・・
まず一つ目の言葉は、「いっそ」です。
「あれにしようか、これにしようか、それともいっそのこと、こっちにしようか」というように、この言葉は、モノの選択にあたり、それまでの予算など条件の枠を飛び越えた、それまでの比較検討の成果とは無関係な選択がなされるときに使用されます。
このような飛躍的なものごとの決定の仕方は、欧米人から見ると非常に不思議に見えるようです。・・・
続いて二つ目の言葉は、「せめて」です。
「現実にはお金も仕事もないが、せめて夢の中でだけは贅沢をしたい」というように、この言葉は、現実の厳しさとしては、どうにもこうにもならない状態の中でも、当事者としてみれば感傷的価値とでもいうべきものをせめて守り抜くことで心の平安を求める姿勢の表れだと言えます。
これについては、「わび・さび」という日本文化の良い面として世界的に評価されている美的感覚に近いものがありますが、これらについても実は、日本人の生活が代々実につつましく、いやもっと直接的に言えば貧乏だったことによって仕方がなく作り出されたものだと著者は考えているようです。・・・
三つ目の言葉は、「~られる」です。
「臓器内部にいくつかの腫瘍が認められる」というような、いわゆる「自発」という意味を表現する言葉です。・・・
そもそも、欧米の言語には、「自発」という表現は存在せず、日本語を学ぶ欧米人が大いに困る文法テーマのようです。
これなどは、明らかに責任回避の意図が感じられるものです。
明らかに、その判断をしたのは、話者その人に他ならないにもかかわらず、あたかも、社会全体の流れを考えると、その判断を下すことが自然であって、私でなくてもそのような判断が下されたはずですよねという予防線を張っているがごとくです。」
https://languagevillage.co.jp/english_and_japanese/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E8%AB%96%E7%90%86%E6%A7%8B%E9%80%A0/
「……の言葉じゃないが」とか「かけまくもかしこき」とか、さらには「言っちゃあ悪いけど」などの言い回しも、この種のタブーに対するまじないだと言うのである。
この呪文による責任回避、責任転嫁の態度には、「触らぬ神に祟りなし」と同一の自己防衛的心理機制が働いている。
これを和辻のいう「距てのないしめやかな結合」と意味的に連関させるのが無理な相談であることは、言うまでもない。」(116~117)
⇒名前だけは良く知っていた板坂ですが、なかなか鋭い直観力の持ち主だったようですね。
もっとも、彼もまた、欧米を一括りにしてしまって日本と対比しているところ、彼の様々な指摘が、果たして、広義のアングロサクソン以外の欧米についても当てはまるのかどうかには一抹の不安を覚えますが・・。(太田)
(続く)