太田述正コラム#2911(2008.11.13)
<精神医学の最先端2題>(2009.5.18公開)
1 始めに
精神医学(psychiatry) の最先端2題をお送りします。
2 斬新な仮説の登場
・・・カナダのサイモン・フレーザー(Simon Fraser)大学の生物学者のバーナード・クレスピ(Bernard Crespi)とロンドン。スクール・オブ・エコノミックス(LSE)のクリストファー・バドコック(Christopher Badcock)という、2人の遺伝学の門外漢が<、精神医学に係る遺伝学的アプローチを提唱している。>・・・
<すなわち、>父親の精子の中の遺伝子と母親の卵の中の遺伝子の間の発生期における闘争が脳の発達を二方向に分ける、というのです。父親の方が非常に優勢だと自閉症的傾向となり、対象、パターン、機械的システムに関心を持つけれど社会的発展は抑制される。
母親の方が非常に優勢だと、成長しつつある脳は、研究者達が精神病的(psychotic)と呼ぶ方向に向かって行き、自分自身及び他人の気分に対して極度に敏感になる。そうして、彼らの理論によれば、子供が後に精神分裂病や躁鬱病や鬱病にかかる危険度が高まるのだ。・・・
彼らの理論はハーバード大学のデーヴィッド・ヘイグ(David Haig)を大いに参考にしている。1990年代にヘイグ博士は、妊娠とはある意味で資源をめぐる母親と胎児の闘争であると主張した。一方においては、自然淘汰的観点からは、母親は妊娠の栄養的コストを抑制してより沢山の子孫を持つことを好む。他方においては、父親からすれば、子孫が懐胎期間に受け取る栄養が最大化されることを好むのが当然であり、ここに鋭い紛争が生ずる。・・・
バドコック博士は、自閉症と関連づけられるところの、他人の目を見ることができないといった問題が、見つめられてもいないのに見つめられていると思いたがる精神分裂病の人に見られる問題と好対照であることに気付いた。また、自閉症の子供は他人の考えていることや意図に全く無頓着であるように見えるのに対し、精神分裂症の人は妄想の中で、あらゆる所に意図と意味を見いだすことにも気付いた。・・・
同博士は、「精神分裂症患者の誇大妄想ぶりを思え。中には自分がイエスだとかナポレオンだとか全能だとか思う人がいる。・・・これを自閉症の余り発達しない感覚と対比してみよ。自閉症の子供は、自分のことを時々三人称で語ることがあるくらいだ」とも言っている。・・・
(以上、
http://www.nytimes.com/2008/11/11/health/research/11brain.html?pagewanted=print(11月11日アクセス)による。)
→男と女は、本来的に闘争関係にある、ということなのかもしれませんね。(太田)
3 精神病質者(psychopath)
一般男性には1%しかいないと考えている心理学者も中にはいるところの精神病室者が、北米の囚人には15~25%はいる。(女性の精神病質者はこれよりはるかに希だと考えられている。)・・・
彼らの主な欠陥は、心理学者が言うところの「極度の感情的超越(emotional detachment)」、すなわち、共感と悔悟の完全なる欠如だが、それは精神分裂病や躁鬱病の症状よりも顕在化しないし、症状を説明することも困難だ。・・・
精神病質者は、感情を言語的にしか理解していない。彼らは言葉は知っているけれど音楽は知らない、とでも形容すべきか。・・・
性犯罪者の相当部分は精神病質者だ。・・・
「第三の男」でオーソン・ウェルズが演じたハリー・ライム(Harry Lime)が一つの例だし、・・・<シェークスピアのオセロに登場する>イアゴ(Iago)が古典的精神病質者だ。・・・
かなりの証拠・・その中には双子の大規模な研究が含まれる・・が遺伝的要素を指し示している。しかし、精神病質者は愛のある育成に配意した家庭より面倒見の悪い家庭出身者が多い。・・・
精神病質の治療は極めて困難だ。・・・
精神分裂病の研究には、精神分裂病者は<精神病質者より>はるかに犯罪率が低いというのに、<精神病質の研究>に比べて、100倍ものカネが投じられている。・・・それは、精神分裂病者は犠牲者と見られているのに対し、精神病質者は肉食獣と見られているからだ。前者に対しては我々は共感を覚え、後者は鍵をかけて閉じ込めてしまう。・・・
精神病質者はカインの古きから始まり、あらゆる文化の中に存在すると考えられている。ただし、欧米の個人主義的諸社会においてより多く見られる。・・・
ユーピク(Yupik)エスキモーは何度もウソをつき、だまし、盗み、女性に悪さをする男をクンランゲタと呼ぶ・・・。エスキモーに、クンランゲタがいたら普通どうすると聞くと、・・・「誰かがそいつを誰も見ていない時に氷の上から突き落とす」と答えたという。・・・
<精神病質者にとっては、>美、醜、善、悪、愛、恐怖、そしてユーモアは、非常に表面的な感覚だけの存在であり、現実的な意味も、彼を動かす力もない。
精神病質者は「面白く」話をする・・・し、「利発で魅力的」だが、「両手でいともたやすく大災厄をもたらす」。<そして、>欺瞞的で、暴虐的性格であり、・・・「正常な感情、優れた知力、そして社会的責任の完全な物まねの背後にひどくかたわの無責任な人格を隠している」。この物まねが、精神病質者を正常な社会において機能させ、栄えさせさえする。実際、・・・米国の個人主義的な、勝者が全部かっさらうという側面が、精神病質を育んでいる。
精神病専門家達は、いくつかの理由で精神病質についてはほとんど手がけて来なかった。一つには、それは治療するのが不可能だと思われていたからだ。それに、精神病質者に語りかけ治療をしてもうまくいかないし、いくつかの研究が、語りかけ療法は、精神病質者に操作技術を練習することを可能ならしめることで、かえって状況を悪化させることを示唆したからだ。・・・
<このほど>PCL・・・<という>チェックリスト<ができ、そ>のおかげで科学者達は<、精神病質者かどうか、どれくらい重度の精神病質者かを診断するのが容易になった。>・・・
精神病質的行動であるところの、例えば、自己中心性や現実的な長期目標の欠如は、成人男性全体中、1%よりはるかに多くの人に見られるところだ。・・・
(以上、
http://www.newyorker.com/reporting/2008/11/10/081110fa_fact_seabrook?currentPage=all
(11月6日アクセス)による。)
→ウーム、私はひょっとして精神病質的人間かなあって思った人結構いるのでは?(太田)
4 終わりに
精神病を少し囓り始めると、人間についての理解がどんどん深まって行く気はしますが、一方で人間というものの不気味さが募ってきますね。
精神医学の最先端2題
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