太田述正コラム#3226(2009.4.20)
<世界経済危機と中共>(2009.6.1公開)
1 始めに
 現在の世界経済危機の中で、見逃せない変化が中共で起こりつつあります。
 たまたま本日(2009年4月20日)、私が最も信頼している、英ガーディアン、米ワシントンポスト、米ニューヨークタイムス3紙の電子版で、このテーマに係るコラムないし記事を目にしました。
 切り口が3紙三様で面白いということもあり、それぞれのコラムないし記事のさわりをご紹介しましょう。
2 記事のさわり
 (1)ガーディアンのコラム
 まず、ガーディアンに掲載されたマーティン・ジャック(Martin Jacques)(コラム#997)のコラムからです。
 彼は、以前から、中共が世界の新たな覇権国となる、と予言して来た人物です。
 「・・・全地球的な金融危機の襲来は、米国の経済力の減衰を明白化させるとともに、その全地球的な金融覇権を維持するために、米国がどれほど中共に依存しているかを示すこととなろう。・・・
 トウ小平以来、中共のアプローチは、韜光●<(=「羊」の下に「介」)>晦(taoguang yanghui)に立脚していた。それは、能力を隠し時間を稼ぐ、というものだった。
 しかし、このところ<の中共当局による>一連の声明とイニシアティブは、中共の政策が今や新しいフェーズに入ったことを示唆している。
 温家宝首相は、18日に海南島で開かれたボアオ・アジア・フォーラム(Boao Forum)で、中共が全地球的経済危機の影響を成功裏にやり過ごしている、と強い自信のほどを表明した。
 また彼は、ダボス会議出席のための欧州訪問の際、無鉄砲な欧米の経済政策、とりわけ米国が、今回の危機を招いたとはっきり言明した。
 更に彼は、IMFが大きな変革を行わない限り、中共はIMFに資金は提供しないと宣言した。・・・
 ・・・<中共の>中央銀行総裁の周小川(Zhou Xiaochuan)は、IMFの特別引き出し権の活用に立脚した新世界通貨の創設を提唱した。ただし、米国はこの考えを即座に拒否した。・・・
 3月に出版された、5人のナショナリスティックな著者達による「不幸な支那(Unhappy China)」は、中共は超大国になる以外に選択肢はないと主張し、即時にベストセラーの第一位に躍り出た。
 <また、>極端に低い利子率なのに、中共が引き続き米国の財務省証券を買い続けるべきかどうか、激しい議論がおおっぴらに行われてきている。・・・」
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2009/apr/20/global-power-shift-china
(4月20日アクセス。以下同じ)
 (2)ワシントンポストの記事
 「・・・<中共では、>全地球的金融危機のただ中で、古き時代へのノスタルジーがいや増している。
 最も影響力ある批判者達は、一括りにして新左翼として知られている。
 新左翼は、前の世代における反体制派や政治亡命者とは趣が異なる。
 彼らは共産党体制の転覆を求めているわけではない。
 その代わり、彼らによる勧告と批判は、国家権力が、自由市場、民営化、及びグローバリゼーションによって引きおこされた様々な不正義を正すことができる、という信条に立脚している。
 彼らの見解はまた、激しいナショナリズムと欧米批判によって特徴づけられる。
 新左翼は、1990年代から、雑誌とインターネットに自分達の考えについて論文を発表してきたが、全地球的金融危機は、この集団の代表的人物達にかつてないほど脚光を浴びさせた。・・・
 中共では、批判は国によってしばしばすぐに粉砕されるのだが、共産党官僚達は、新左翼を寛大に扱ってきた。・・・
 (また、<中共には、>「官界小説(officialdom novels)」と呼ばれるフィクションの恐ろしく人気のある分野がある。官界小説は、中共内の政府の高いレベルにおける、汚い内幕のからくりをテーマにしている。・・・)
 新左翼の人気は、著名な学者であるところの、中国社会科学院の58歳の左大培(?)(Zuo <Da Pei(?)>)、どちらも精華大学教授の、47歳の崔致遠(?)(Cui Zhiyuan)(コラム#2605)と50歳の汪●(Wang Hui)が支えている。
 彼らは、とりわけ青年達、農民達、そして失業中の工場労働者達の間で人気がある。
 汪は、人文科学の教授であり、新左翼のリーダーと目されているが、彼は、中共は「誤って指導された(misguided)社会主義」と「縁故(crony)資本主義」という二つの極端なものの間に挟まって身動きが取れない状況である、と指摘してきている。・・・
 左は、国営企業の民営化で甘い汁を吸った泥棒貴族達に対して批判的だ。
 彼は、連中は、政府が経営している銀行に対して債務を返済する必要がなかったことと、労働者達に適切な補償をしなかったことにより、国庫から略奪したに等しい、と主張してきた。・・・
 <新左翼の本がウリの、北京の>ユートピア書店の店長である32歳のFan Jinggangは、北京大学のマルキシズムの大学院生だった男だが、毛沢東に関する本の売れ行きが、経済危機が始まってから10倍に増えたと言う。
 Fanは、トウ小平によって切り開かれた資本主義的経済諸改革の30年の間、「我々はたった一つの目標を掲げてきた。今日の米国は中共の明日であり、それに向けて我々は働くべきだという目標を」と語る。
 しかし、その米国が今や危機に陥っていることから、Fanは言う。「中共の人々は、この現象について思いをめぐらし始めている。金融危機は、単に純粋に経済的ないし金融的なものではなく、開発路線そのものに由来するのではないか、すなわち、我々がこんな道を歩んできたこと自体が問題なのかもしれない」と。」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/04/18/AR2009041801939_pf.html
 (3)ニューヨークタイムスの記事
 「・・・5850億米ドルを景気刺激策として慌ただしく投入することで、ふらつく工業生産を梃子入れしようとしたことに伴い、中共は、少なくとも一時的には、これまで同国の長きにわたる大好況の間、限定的なものであったとはいえ、実施してきた幾ばくかの環境上の規制を、後戻りさせている。・・・
 <これに加え、>中共の環境保護運動は、共産党におけるその最も声高な支持者であったところの、環境部(=省)副部長(=次官)の潘岳(Pan Yue<。1960年~>)が、理由が明らかにされないまま所在不明となったことによって、よろめいている。
 ここ何年にもわたって、潘は、環境汚染者達の名前をあげたり、より厳格な環境的監督を行うための官製キャンペーンの先頭に立ってきた。こんなことは中共では極めて珍しいことだ。
 彼は、メディアの間で「環境保護の嵐」を起こさせた<男だった。しかし、その男が雲隠れ状況になってしまったのだ>。・・・
 <もっとも、皮肉なことに、>中共の産業に陰りが出たために、生産が絶好調であった時に設定された環境目標を達成できそうな状況になっている。・・・
 景気刺激のための財源を確保するため、<中共の>中央政府は、環境プロジェクトのために用意されていた一連のカネの何割かをぶった切った。
 例えば、水質浄化予算は、約510億米ドルからほとんど310億米ドルにまで削られてしまった。・・・」
http://www.nytimes.com/2009/04/19/world/asia/19china.html?ref=world&pagewanted=print
3 終わりに
 中共当局は、世界経済不況によって、米国の地位に陰りが出る一方で、中共の経済力が存在感を一挙に増したことを契機として、ついに覇権主義外交のはしりのようなことをやり始めました。
 そして中共当局は、共産党一党独裁を当然視しているところの、新左翼を泳がせて、連中の活動を、経済成長の減速によって一層高まっているところの、大衆の不満のガス抜きのために活用する一方で、経済成長の減速が10%成長を切った程度にとどまっているにもかかわらず、環境投資を景気刺激に用いるどころか、環境投資を削減して、ひたすら経済の量的拡大の継続を図っている、というわけです。
 しかも、既に何度か私のコラムでとりあげてきているように、中共当局は、積極的に日本籠絡戦略を展開してきています。
 日本危うし。