太田述正コラム#3403(2009.7.18)
<米国における最新の対外政策論(その1)>(2009.8.18公開)
1 始めに
ネオコンに牛耳られた感があったブッシュ政権下での対イラク・アフガニスタン戦争と経済不況、そしてその後のオバマの大統領就任を経た現在、米国において、何冊か、米国の対外政策論を展開した本が上梓されています。
これらを適宜取り上げていきたいと思いますが、今回は、まず、レスリー・H・ゲルブ(Leslie H Gelb)の’Power Rules: How Common Sense Can Rescue American Foreign Policy’をご紹介しましょう。
2 ゲルブの本の内容
「・・・ゲルブは、<ピューリッツァー賞を受賞した、>元ニューヨークタイムスの<編集者であり記者であり>コラムニストであり、外交評議会(Council on Foreign Relations)の元会長だ。・・・
<また彼は、>ジョンソン政権下の国防省とカーター政権下の国務省で高官を勤めた。・・・
<ブッシュ大統領のように、非介入的外交政策を掲げて大統領に当選したものの、同時多発テロを受けて、介入主義的外交政策に転じる羽目に陥ったケースがある一方で、>他の大統領の中には、自分の個人的意図や期待に反する偽りの公約を掲げて当選した者がいる。
ドワイト・アイゼンハワーは、歴代大統領の中で最も誠実で最も洗練された戦略的思想家である一人だが、共和党の攻撃的一派に膝を屈し1952年の大統領選において、ソ連共産主義に対し、欧州において巻き返しを行うと誓約した。
その少し前までこの大陸における欧米軍の司令官であった者として、みんなのアイクは、こんなことは当時、幻想にほかならないことを知っていたにもかかわらず・・。
また、1960年にジョン・ケネディは、ソ連との「ミサイル・ギャップ」を是正するために国防支出を増加すると誓約した。
こんなギャップなど存在しないかったにもかかわらず・・。(彼は十分そのことを知っている理由があった。)・・・
ゲルブは、力とは、「いつもそうあったところのもの、すなわち、本質的には資源及び位置(position)を用いて、圧力及び強制により、人々に彼等が欲しないことをやらせる能力」をいう、とか、<ニューヨークタイムスの現在のコラムニストである>トーマス・フリードマンが言うところの「世界は平らになった」などというのは間違いであって、米国が一国だけ頂点にいて、第二段に主要諸国たる中共、日本、インド、ロシア、英国、フランス、ドイツ、そしてブラジルがいて、更に何段も下がある、という具合に、世界の力の形は断然ピラミッド状であって、すべての国の中で米国だけが世界を覆う真の全球的力である、ということに固執する。・・・
彼は、「ソフト・パワー」を唱えるハーバード大学のジョセフ・ナイに対して、とりわけ軽侮の念を隠そうとしない。
ゲルブは、「説得、良い諸価値、そしてリーダーシップは、それらだけでは外国の指導者達にあなたの言い値をやらせことはできない。…私にとっては、ソフトパワーは前戯であってほんまもんではないのだ」と議論をふっかける。
しかしこれは、例えば、数百万人もの東欧人達の決意を固めさせ、ソ連の覇権に対する1989年の反乱を起こさせたところの、「良い」欧米の諸価値たる人権、民主主義、及び市場経済への米国の支援の重要性を過小評価しているのではないか。・・・
<それはともかくとして、彼の、>よりマクロ的な戦略的思考をすべきであるとの訴え<は傾聴に値する。>・・・
・・・大統領にせよ、国務長官にせよ、戦略がたわごと(baloney)などでは決してないことを肝に銘じるべきだろう。・・・」
http://www.nytimes.com/2009/04/12/books/review/Beschloss-t.html?pagewanted=print
「・・・米国の指導者達は、米国の力の何たるかを誤解している。
それは本当は、「心理的かつ政治的圧力」のことであって、単に軍事力のことではない。・・・
政治家達は、外交政策における三つの悪魔・・イデオロギー、内政、そして権力の倨傲・・を排除しなければならない。・・・
力を前方展開するやり方だが、重要な第二段の諸国と連合を形成すべきだ。
というのも、今日においては、米国は依然世界を指導することはできるものの、世界を米国だけで切り盛りすることはできないからだ。・・・
<つまり、米国は、>相互不可欠性(Mutual Indispensability)<に思いを致しつつ、>力の連合(power coalitions)<を組まなければならない。>・・・
フォード政権の時に彼が当時の国防長官のジェームス・シュレシンジャー(James Schlesinger)交わした会話は、冷戦当時のソ連の軍事力に関する虚実(smoke and mirror)がいかなるものであったかを再確認させるものだ。
ゲルブによれば、「実際にはソ連は軍事的優位など持っていないと思うが、彼等は持っていると思い込んでいるわけだ」とシュレシンジャーが認めたというのだ。
「そこで私はこう切り返した」とゲルブは勝ち誇ったように回顧する。「そのようにソ連に思い込ませたのは我々だよな」と。
ゲルブは、このような誤った認識がソ連に増長させた(gave free power)のであって、同じ過ちを米国政府はサダム・フセインのイラクについて犯し、またまたかかる過ちをイランについて今犯しつつある、と指摘する。・・・」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/05/07/AR2009050703211_pf.html
「<この本は、>外交政策におけるリアリストたるニッコロ・マキャベリ(Niccolo Machiavelli。1469~1527年)に敬意を表している。・・・
彼が尊敬する米国の政治家は、例えば、ハリー・トルーマン、ディーン・アチソン、ジェームス・ベーカー、ヘンリー・キッシンジャー、そしてブレント・スコウクロフトといった「リアリスト」達だ。
ゲルブは、他の人々と、外交政策の目標として民主主義の推進を設定することに対するリアリスト的疑念を共有している。・・・
わかりにくいこと夥しいが、ゲルブのあらゆる抽象的理論に対する疑念は、すこぶる包括的であるため、彼は、自分自身が所属するところの、リアリスト派もまた批判の対象としている。
彼は、パパ・ブッシュ大統領が「リアリスト的外交政策の名の下で深刻な過ちを何度か犯した」ことを示唆する。
例えば、「ジェノサイドを止めさせることは、ブッシュのリアリスト・イデオロギーと相容れないため、」バルカン諸国に介入することを拒んだ、と。
ゲルブは、外交政策は、力と「常識」についての正しい理解(appreciation)の上に立脚していなければならないと主張する。・・・
<しかし、常識を持ち出したところで、だからと言って現実的指針が導き出される、というものでもない。>
イランが核兵器を持つことを認めることはキチガイ沙汰なのか、それともイランの核施設を爆撃することこそキチガイ沙汰なのか、常識は教えてくれはしない。
また、常識は、<スーダンの>ダルフールにおける状況を到底放置できないと示唆してくれるのか、それとも、何もあなたができることはないと示唆してくれるのか?・・・」
http://www.ft.com/cms/s/2/3223a57e-7261-11de-ba94-00144feabdc0.html
(7月18日アクセス)
3 終わりに
ゲルブのように、ジャーナリストが、政府高官になったり、シンクタンクの重鎮になったりして、鍛えられるからこそ、そして、何と言っても、米国が現在の世界の覇権国であって彼等の知見が重宝されるからこそ、米国のジャーナリズムの上澄みの質が高いのです。
米国における最新の対外政策論(その1)
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