太田述正コラム#3252(2009.5.3)
<陰謀論批判>(2009.9.21公開)
1 始めに
 イギリスの著述家兼キャスター兼ジャーナリストであるデーヴィッド・アーロノヴィッチ(David Aaronovitch。1954年~)が ‘Voodoo Histories: The Role of the Conspiracy Theory in Shaping Modern History’ という本を上梓しました。
 陰謀論を批判した本です。
 その内容のあらましをご紹介しましょう。
2 陰謀論批判
 「・・・陰謀論(conspiracy theory)についての、これまでのものより良い定義は、偶然のあるいは意図的でない事柄の原因を意図的な当局の行為に帰せしめること、であろう・・・。・・・
 <その例として、>シオンの議定書(Protocols of the Elders of Zion)、真珠湾攻撃とローズベルトの第二次世界大戦参戦への意欲との関係、ケネディの暗殺ないしケネディとモンロー<の関係>、ダイアナ妃の死、等々があげられる。
 <更に、>1984年の反核活動家の<英国人>ヒルダ・マレル(Hilda Murrell)の死、2003年の<対イラク戦の正当化につながったイラクの大量破壊兵器能力情報に疑念を呈した英国人>デーヴィッド・ケリー(David Kelly)の死、9.11同時多発テロ、イエスの血統に関する神話とダヴィンチコード(Da Vinci Code)も<陰謀論の例として>あげられる。
 2001年の世界貿易センターの崩壊がらみのでっちあげの話が一番面白い。
 <陰謀論者の>多くは、テロリスト達は、米国政府によって仕立て挙げられた諜報的手先たる「闇ネットワーク」ないし「秘密チーム」に属する騙されやすい人々であると考えている。
 ・・・この陰謀論の興味深いところは、連中が抱く、アラブ人が自分達自身の力でこれを成し遂げたという考え方に対する「絶対的な侮蔑」だ・・・。
 ・・・陰謀論の一つの特徴は、連中がそれ以前の陰謀論を足場として用いて自分達の「理論」を宣伝することだ。
 だから、真珠湾攻撃がローズベルトによって、米国を戦争に参戦させるべく意図的に工作された企みであったように、9.11同時多発テロは、ブッシュ/チェイニー一派によって、イラク戦を行うために行われた挑発であった、ということにあいなるわけだ。・・・」
http://www.guardian.co.uk/books/2009/may/02/voodoo-histories-david-aaronovitch
(5月3日アクセス。以下同じ)
 
 「・・・英国の偉大な歴史家のルイス・ネーミア(Lewis Namier)は、「歴史研究の最高の到達点は、歴史に関する感覚、すなわち、どんなことが起こり得ないかについての直感的理解である」と述べている・・・。陰謀史観の理論家達に欠けているのは、まさにかかる感覚なのだ。・・・
 連中の典型的なタイプは、自分達を真実のための学者達(Scholars for Truth)と呼んで、9.11同時多発テロ以来、世界貿易センターの破壊はイスラム教とは何の関係もないことであって、米国政府の企みであったと主張し続けてきた連中だ。
 この76人の自称学者達の中には、ただの一人も中東専門家は含まれていないが、その代わり、米国が反物質兵器で木星爆破を企んでいると信じているエンジニアが一人、歯科技工に関する権威が一人いる。・・・
 アーロノヴィッチは、陰謀論を20世紀の初頭のものから追いかけ始める。
 1903年に、ロシアが偽造した途方もなく反ユダヤ的なシオンの議定書が出た、という話からだ。
 これは、ユダヤ人達が世界征服を企んでいることを証明しようという意図から偽造されたものだ。・・・
 ハマスは、その公式憲章(official Covenant)の中で、この議定書に何度も言及するとともに、フランス革命と第一次世界大戦が起こったのはシオニストのせいだと非難している(コラム#3229)。
 後者は、「イスラム教カリフを消滅させるために」戦われたというのだ。
 これは、陰謀論の発想においてしばしば見られる虚栄心の一例だ。
 これによって、ハマスの聖戦論者達は、自分達を中心に据えることができ、「第一次世界大戦は、要するに自分達のことに関するものだったのだ」と言えるわけだ。
 アーロノヴィッチは、やはり偽造であるところの、共産主義者達は英国を乗っ取ろうとしていることを示そうとした1924年のジノヴィエフ(Zinoviev)の手紙<等も紹介している。>・・・・
 <アーロノヴィッチに言わせれば、>最も単純な説明が通常最も良い説明なのだ。
 ダイアナ妃が死んだのは、彼女の運転手が酔っぱらっていて速く運転しすぎ、しかも彼女がシートベルトをつけていなかったからだ。つまるところは、陰鬱かつ無意味な不運の連鎖が生じたというわけだ。・・・
 ・・・我々がやっていることの多くは冷たく非人間的であって、まともに点が線によってつながることはほとんどなく、しかも点と点の間は遠く離れている。だから、若干の人々は自分で線をでっちあげようとするのだ。
 陰謀論は心理的に必要なものなのかもしれない・・・。
 特定のタイプの麻薬中毒のように、この種の考え方は、より深い精神的不安・・もはや意味のあることは何もないという絶望的な感覚・・を自己治癒しようとしている、ということなのかもしれないのだ。 
 彼は、侮蔑ではなく憐憫の下、陰謀論を「敗者のための歴史」と形容する。
 (パレスティナ人のように、)「近代化から取り残された」人々に<陰謀論は>最も強くアピールし、これを用いることによって、彼らは「安心する」というのだ。・・・」
http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/books/non-fiction/article6197929.ece?print=yes&randnum=1241328879266
 「アーロノヴィッチは、1930年代のインチキ裁判を政治的に正当化するため、スターリンがトロツキストによる妨害工作を裏付ける諸文書をでっちあげた話<も>詳細に記している。・・・
 彼は、最も少ない新しい仮定群に依拠する説明を好む。
 例えば、2001年の世界貿易センターを壊したのは、(1993年に車載爆弾で同じ場所を攻撃した・・・)聖戦主義者達であると考えた方がはるかにもっともらしいというわけだ。・・・
 もちろん、アーノロヴィッチ自身も記していることだが、<この世の中には>正真正銘の陰謀が存在することを忘れてはなるまい。
 例えば、<英国政府は、>全国鉱山労働者組合(National Union of Mineworkers)に<工作員を>送り込んでいたし、<米レーガン政権下では、イラン・イラク戦争中にイランに対し武器を輸出し、その収益をニカラグアで反政府戦争(=コントラ戦争)を行う反共ゲリラ「コントラ」に与えていた>イラン・コントラ(Iran-Contra)醜聞があった。
 だから、国家権力に対して疑いの念を持つのは当然だ。
 しかし、これらの事件は、むしろその反対が正しいことを指し示している。
 証拠が示すところによれば、<自由民主主義国においては、>国家の無能さと勇気ある内部告発者達とがあいまって本当の陰謀は大方暴露されてしまうからだ。・・・
 彼は、陰謀論は明確な政治的性格を帯びてはいないことを教えてくれる。
 左翼からも右翼からも陰謀論は出てきているし、宗教的なものも世俗的なものもあるし、ボトムアップのものもトップダウンのものもあると。・・・
 現在、ガザにおける<世俗的な>ハマス主導の政府とイランの<宗教的な>神制政治が、どちらも偽造されたシオンの議定書を再臨させている。
 陰謀論は、・・・敗者によって書かれる。疲れ果てた異議申し立て者達にとっては、全能で情け容赦のない敵の幻影を作り出すことは、トレードオフや妥協の伴うところの民主主義的政治というやっかいな営みからの、至福の解放をもたらしてくれるからだ。・・・
 その中に偉大な著述家であるゴア・ヴィダル(Gore Vidal)も含まれているところの、ローズベルト大統領が、米国を第二次世界大戦に参戦させるため、真珠湾攻撃を知っていてやらせたとか、それどころか計画した、と信じている人々は、非介入主義論達の主張していたことが間違っていたという事実を直視することを回避するためにそう信じたがっている、ということなのだ。・・・
http://www.newstatesman.com/print/200904300027
3 終わりに
 私は、自由民主主義国家においても、例えば、真珠湾攻撃をローズベルトが知っていてあえてその情報を握りつぶした可能性はある、すなわち、消極的陰謀が行われた場合には、それが暴露しないことがありうる、と考えているので、この点に関しては、アーロノヴィッチとは見解を異にしますが、それ以外では、彼の言うことに首肯できます。