太田述正コラム#3317(2009.6.5)
<言語の起源>(2009.10.14公開)
1 始めに
 このところ、連日のように芸術起源論をとりあげてきましたが、文学や音楽の起源と無縁ではないと思われる、言語の起源を論じた最近の2冊の本を今回はとりあげたいと思います。
2 言語の起源
 (1)序
 「多くの動物は単純なメッセージによるコミュニケーションができるが、抽象的概念に係る考えを交換する能力を伴うところの言語によるコミュニケーション・システムを発達させたのは人間だけだ。・・・
 <悩ましいのは、>人間の言語によるコミュニケーション能力<の進化>は化石の記録の研究によって追跡することができず、言語の進化は造形物の発見と他の動物との近似性を通じて間接的に考察することしかできないということだ。・・・」
http://www.dailytexanonline.com/author-offers-fresh-perspective-on-evolution-of-language-1.1629276
(6月5日アクセス)
 (2)狩猟起源説
 ハワイ大学マノア(Manoa)校の言語学の名誉教授のデレク・ビッカートン(Derek Bickerton)は、’Adam’s Tongue: How humans made language, how language made humans’ で狩猟起源説を唱えています。
 「ビッカートンは、人間の言語が動物のコミュニケーションから直接進化したというアプローチを単細胞的な考え方であると切り捨てる。・・・
 ビッカートンは、人間の言語は約200万年前に狩猟戦略への進化的適応として発達した、と主唱する。・・・
 <すなわち、彼>は、屍肉を漁ることが人間の言語に巨大な分岐をもたらしたと言うのだ。
 例えば、マンモスの肉を回収することの論理的困難さは大変なものがある。
 たくさんの人間が作業をしなければならない。皮を切り裂き、肉を確保し、更に大事なことだが、捕食者達を追い払わなければならないのだ。
 どうやったらたくさんの人間をまさにその場所に集めることができるだろうか。
 複雑な理論を一言に要約すれば、言語だというわけだ。・・・」
http://www.dailytexanonline.com/author-offers-fresh-perspective-on-evolution-of-language-1.1629276
http://www.newscientist.com/article/mg20126986.400-review-adams-tongue-by-derek-bickerton-and-finding-our-tongues-by-dean-falk.html
(どちらも6月5日アクセス)
 (3)母子関係起源説
 フロリダ州立大学タラハシー(Tallahassee)校の人類学教授のディーン・フォーク(Dean Falk。女性)は、’FINDING OUR TONGUES: Mothers, Infants, and the Origins of Language’で母子関係起源説を唱えています。
 「・・・ディーン・フォークは、人間の幼児が泣くという事実をずっと深く熟慮してきた。
 この手がかりから、彼女はPTBD(Putting the Baby Down=赤ん坊を下に降ろす)なる言語起源説を構築した。
 誰もヒト科(hominid)が約<500万~>700万年前に直立歩行を始め、それからの500万年にわたってこの新しい技を徐々に洗練させていったのはなぜかを明確には知らない。
 しかし、その原因が何であったにせよ、その結果は運命的なものだった。
 人間の身体構造は変貌を遂げた。
 骨盤は狭くなり、それによって女性の産道も狭くなった。
 しかし、我々の祖先達は、歩行することを学ぶのと時を同じくして、考えることをも学んでいた。
 我々は脳で考えることから、脳の容量が成長した。
 しかし、より小さくなった産道の下でより脳が大きくなったことは問題だった。
 そこで進化的な解決が行われたのだ。
 すなわち、人間の赤ん坊達はより十全に発達しない状態で生まれるようになった。従って、他の霊長類(primate)に比べてより頼りない状態で生まれるようになったわけだ。
 これが新たな問題を生んだ。
 すなわち、他の霊長類の赤ん坊達とは異なり、人間の乳児達は食物を漁っている母親達にしがみつくことができないため、彼らを下に降ろす必要が生じたのだが、これは母親達にとっては悪夢だった。
 結果、このような解決方法がとられた。
 解決方法は、母親言葉(motherese)または赤ん坊口(baby talk)であり、これが言語になって行ったのだ。・・・」
http://www.boston.com/ae/books/articles/2009/05/24/how_storytelling_and_cooking_helped_humans_evolve/
(6月4日アクセス)
 「・・・おんぶヒモのような用具が出現するまでは、頼りない乳児達は、食物と水を漁る当時の母親達を苦境に陥れた。
 その任務を遂行するため、我々の祖先たる母親達は、時に彼女達の赤ん坊達を下に降ろさなければならなかった。
 しかし、肉体的接触が中断することは、現在同様、乳児達にとっては苦痛だったに違いない。
 だから、母親達が彼女達の乳児達を安心させたり静かにさせたりするために独特の声を発するようになった可能性は極めて高い。
 これらの声がもっと複雑な、子守歌や、しばしば母親言葉と呼ばれるところの、赤ん坊口の起源なのだ。
 これは今日、・・・すべての人間文化で見られることだが、チンパンジーの間では完全に欠如している。
 母親言葉は、乳児達が彼らの母語のリズムと文法を、単純な単語、徹底的な繰り返し、誇張された母音、高い調子とゆっくりとした速度、で学ぶことを助ける。
 母親達による、安心させるための声から最初の話しかけ(speech)までの道のりは長かったに違いないが、これらの、歴史以前における母親達と乳児達の間の相互作用が話し言葉の出現への道を切り開いた可能性は極めて高いのだ。・・・」
http://www.nytimes.com/2006/05/14/opinion/14falk.htm?pagewanted=print
(6月5日アクセス)
 「・・・ある実験は、母親達はペットに話しかける時と赤ん坊に(赤ん坊口で)話しかける時とは、無意識的に区別していることさえ示した。・・・」
http://www.newscientist.com/article/mg20126986.400-review-adams-tongue-by-derek-bickerton-and-finding-our-tongues-by-dean-falk.html上掲

3 終わりに
 さあ、あなたはどちらの説がよりもっともらしいと思いますか。
 それとも、どちらもイマイチでしょうか。
 それにしても、人間科学も、人間たる諸属性の起源の解明については、まだまだこれからだという感を深くしますね。