太田述正コラム#3531(2009.9.18)
<米国の欧州ミサイル防衛システムの政策転換>(2009.10.21公開)
1 始めに
オバマ政権が、ブッシュ政権が推進してきた欧州のミサイル防衛システムに関
し、政策転換を表明しました。
これは日本の安全保障にも密接に関わる重要な話です。
そこで、さっそく米英の主要紙等の記事の内容を整理してみました。
a:http://www.slate.com/id/2228704/pagenum/all/#p2
b:http://www.washingtonpost.com/wp-
dyn/content/article/2009/09/17/AR2009091700639_pf.html
c:http://www.nytimes.com/2009/09/18/world/europe/18shield.html?_r=1&
hp=&pagewanted=print
d:http://www.nytimes.com/2009/09/18/world/europe/18europe.html?
pagewanted=printe:http://www.guardian.co.uk/world/2009/sep/17/us-
missile -systems-track-record
f:http://www.guardian.co.uk/commentisfree/cifamerica/2009/sep/17/missle
– defence-shield-barack-obama
g:http://www.guardian.co.uk/world/2009/sep/17/barack-obama-missile-
shield-decision
h:http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2009/sep/18/editorial-nato-
missile-defence-russia
2 これまでの計画
「・・・ブッシュがチェコ共和国とポーランドに設置を欲した対ミサイル兵器
はアラスカ州のフォート・グリーリー(Fort Greely)基地<とカリフォルニア
州>に設置されつつあった、より大きなミサイル防衛プログラムの一部と同じも
のだった。・・・」(a)
「<それは、>チェコ共和国に設置される高性能レーダー・システムと、ポー
ランドに設置される10基の地上配備迎撃ミサイル<から成っていた。>・・・」
(b)
「これらの<ミサイル>は、GBI(Ground-Based Interceptors=地上配備迎撃
ミサイル)として知られており、それは、ミニットマン(Minuteman)大陸間弾
道弾(ICBM)とほぼ同じ大きさであり、ミニットマン同様、爆風に強い地下サイ
ロ・・・に格納される予定だった。
アラスカにおけるGBI群は600エーカーの敷地に、巨大なXバンドレーダー・シ
ステムと200人の兵員とともに分散配置されている。
その周囲の道路には、歩哨が各所に配置されている。・・・」(a)
3 反対論
<欧州では、>ポーランドは、これまで確固たる米国の同盟国として、部隊を
イラクとアフガニスタンに派遣し、前大統領であるジョージ・W・ブッシュの対
テロ戦争を擁護し、ブッシュ政権の<対テロ戦争における敵性容疑者のグアンタ
ナモ基地等への>拘留と<第三国における>移送尋問(rendition)を支持して
きた。・・・」(d)
「・・・ブッシュの<核の>盾提案は、設置受け入れ予定国たる<ポーランド
とチェコ共和国の>政府から強い支持を受けてきたが、ポーランドとチェコの市
民達の間には強い反対意見があった。
今年の早期に行われた世論調査によれば、チェコの人々の約70%がこのミサイ
ル防衛計画に反対しており、チェコ議会は<米国との>協定の批准をこれまで
行っていない。
しかも、本件が一つの理由で、この春、このミサイル盾を推進したミレク・ト
ポラネク(Mirek Topolanek)首相は辞任に追い込まれた。・・・」(b)
「・・・ブッシュ政権のこのアプローチは、<この2カ国以外の>欧州の多く
の諸国を離反させた。米国がチェコ及びポーランドと二国間協定を結んだことに
対し、NATOをないがしろにするものだ、という反対理由で・・。・・・」(d)
「・・・フランスとドイツを含む、「古い欧州」諸国は、声高に<ミサイル防
衛システムの>配備に反対した。・・・」(f)
<他方、米国では、米共和党は、ブッシュ政権当時から、一貫してこの計画を
支持してきた。他方、民主党では疑念を抱く議員が少なくなかった。>
「・・・これは・・・他ならぬズビグニュー・ブレジンスキー(Zbigniew
Brzezinski)の言だが、「このミサイル防衛盾・・・は機能しないし、対処しよ
うとしている脅威は存在しないし、米国の保護を求めてもいない諸国を守るため
のものだ」<という反対論が米国内でも唱えられてきた。>・・・」(h)
「<すなわち、>このシステムは、軍備管理の専門家達によれば、イランが、
仮に開発しようとしているとしても、少なくとも2015年までは保有しないと予想
されていたところの、長距離弾道ミサイルを打ち落とすためのものだ。
また、分析者達によれば、<このシステムは、>欧州の端に位置するトルコを
攻撃できるところの、中距離ミサイルに対処することを意図したものでもない。
しかも、ポーランドに配備することとされた二段ミサイルは、いまだに試射を
されていないところの、盾の一部を構成するものだった。・・・」(b)
「・・・10名のノーベル賞受賞者を含む20名の著名な科学者達が、この7月に
オバマ大統領に対し、オバマ政権がミサイル防衛システムの欧州版について再考
するよう促す書簡を送った。・・・」(e)
<また、ロシアは、チェコに設置されるレーダーが、ロシアの核ミサイル発射
も探知できること、そして、ポーランドに設置される迎撃ミサイルに核弾頭を装
着すれば、これがロシア向けに発射された場合、短時間で目標に到達するため、
迎撃等を行う時間的余裕がないことから、この計画に強硬に反対してきた。>
4 情勢の変化
イランは、北朝鮮と同様、中距離(intermediate- and medium-range)及び短
距離(short-range)の弾道ミサイルに係る能力の実戦化を開始しており、その
数は、10基の地上配備迎撃ミサイル発射機<から発射される>40個<のミサイ
ル>で対処できる数よりもかなり多い。・・・数百のオーダーだ。・・・」(b)
「・・・この5月に、イランはセジル2(Sejil-2)を発射した<(コラム
#3287)>。
これは、二段の固体燃料ミサイルの最初の成功裏の試射だった。
その射程は推定で1,200マイル前後であり、イスラエルや欧州の多くの部分を
攻撃できる。・・・
<現在の計画はダメだということについては、>オバマのチームは、スタン
フォード大学の物理学者であるディーン・ウィルクニング(Dean Wilkening)の
業績に拠った。・・・」(c)
5 政策変更のタイミング
「・・・<この>ミサイル盾<計画>を放棄する決定がウォールストリート・
ジャーナルにリークされたため、発表のタイミングが、たまたま・・・ソ連の
ポーランド侵攻70周年記念日という<最悪の>日にちになってしまっ
た。・・・」(h)
6 新しい計画
「ゲーツ<米国防長官>は、「私の全キャリアを通じ、欧州の安全保障は、米
国の国益にとって枢要であり続けている。諸状況、諸国境、諸脅威こそ変わった
が、米国の<欧州の安全保障への>コミットメントは続いている。」と述べ
た。・・・」(b)
「・・・巨大な固定GBI施設を東欧に建設する代わりに、より小さくて移動可
能なSM3ミサイルを購入して、まずは、米海軍のイージス巡洋艦群に搭載す
る。・・・」(a)
「・・・<ただし、>ポーランドへの、<ロシア領の>カリーニングラードに
配備されているロシアのイスカンデル(Iskander)ミサイルによる攻撃から迎撃
ミサイルを守るはずであった、パトリオット・ミサイル中隊(battery)の供与
は予定通り行われる。・・・」(h)
「・・・次いで2015年頃の第二フェーズにおいて、改善型の地上配備SM3が
<北欧州または南欧州の>同盟諸国に配備されるところ、これらミサイルを領土
内に受け入れることについて、<米国と>ポーランド及びチェコ共和国との間で
議論が開始されている・・・。
改善型のSM3は、SM3ブロック(Block)1Bとして知られ、空中センサーと組み
合わせることで、対処領域は3倍に拡大される・・・。
2018年からは第三フェーズであり、SM3ブロック2として知られる、より大きく
より能力が高いSM3のバージョンが配備され、防衛盾が、中距離及び短距離弾道
ミサイルに対し、欧州の全陸上領域をカバーすることが可能となる・・・。
そして、恐らくは2020年には、このシステムは更に強力になって、イランから
欧州に向けて発射された弾道ミサイルだけでなく、米国に向けて発射される大陸
間弾道ミサイル(ICBM)を迎撃することが可能となろう。・・・
・・・地上配備迎撃ミサイルは1個7000万ドルであるのに対し、SM3は1個
1000万から1500万ドルだ。
3隻のイージス艦は、1艦が約100個のSM3を搭載できる。・・・
このプログラムは、移動可能なXバンドレーダーのコーカサス地方への配備を
伴うだろう。
これは、日本とイスラエルで現在使用されているレーダーと同じタイプ
だ・・・。・・・」(b)
「<これは、チェコ共和国に建設したいと考えていたレーダーに比べると小さ
くて性能も限定的なものだ。>」(c)
「・・・2012年と2013年には更に一群の空中センサーがこのシステムに加えら
れ、システムの信頼性と生残性が向上する。・・・」(b)
7 その意味するところ
「・・・大陸間弾道ミサイルを打ち落とすために設計されたGBIと違って、SM3
は短距離及び中距離弾道ミサイルを打ち落とすことができる。
オバマとゲーツは、今朝、このようなGBIは不適当だ、何となれば、最近の諜
報は、イランのICBMに関する進歩は遅々たるものがあるのに対し、より短距離の
ミサイルの開発は迅速な進歩を遂げていることを示しているからだと語った。
換言すれば、ゲーツは、オバマの<この新しい>計画は、ゲーツ自身が3年前
にブッシュ大統領の下で擁護したところの計画に比べて、より柔軟で非脆弱で現
実の脅威により適していることから、欧州のためにより良いミサイル防衛能力を
提供する、と主張した。・・・
<思い返してみれば、>一つには、GBI施設をポーランドとチェコ共和国に配
備するというブッシュの計画は、欧州防衛を意図したものではなかった。
2003年から2004年にかけて欧州のミサイル防衛計画が当初議論された時には、
これらの兵器を使って、イランによって発射されたミサイルを米国に到達する途
上、欧州上空を横切る際に打ち落とすことに主眼があった。
その迎撃ミサイルは、欧州の一部の守りに資することは可能だったが、それは
主たる意図ではなかったわけだ。・・・
・・・短距離ミサイルを打ち落とすのはICBMを打ち落とすのより容易だ。
というのは、前者はよりゆっくり飛ぶし、その軌跡はより追尾が容易だし、そ
の弾頭はより小さいからだ。
弾頭がより小さいということは、ミサイル防衛システムのレーダーの目をくら
ませるためのおとり(decoy)その他の装置を搭載する余地がより少ないという
ことだ。
もっともこれらのことは実は本質的な問題ではない。
オバマは、ブッシュ政権の下で推進されたミサイル防衛プログラムに対する疑
念を公言してきた。
彼は、過去の累次の演説において、試射において効果的であることが証明され
たならばミサイル防衛プログラムを支持するだろうと述べてきた。
彼は、大きい方の、GBI施設に係るプログラムが試射において余り良い結果を
出してこなかったことを熟知していたのだ。
(SM3は、短距離ミサイルに対してはより良い結果を出してきた。もっともこ
れらの試射の正確な模様についての情報はほとんど公開されてきていな
い。)・・・」(a)
8 今後の展望
「・・・この新しいシステムの良いところは、それが移動可能で適応可能であ
り、欧州のみならず、中東、アジアへと、世界中のどこにでも配備できる点
だ・・・。
こういうわけで、これは、他の国々が開発に財政的に貢献するより大きな機会
を提供するし、米国以外のテクノロジーを取り入れることも可能だ・・・。」(b)
「・・・<この>ミサイル防衛システム<配備の>延期と他の選択肢の追求
は、より大きな・・1500弾頭を超える・・米露戦略兵器削減の可能性を開くとと
もに、恐らくは、イランにより強くあたる米国にロシアが同調したい気持ちをよ
り起こさせることだろう。・・・
もし勢いを持続できれば、オバマは包括的核実験禁止条約を米上院に批准させ
るための十分な支持を見いだす可能性を手にするし、批准となれば中共もほとん
ど確実に右へ倣えするだろうし、条約が発効し、核実験は禁止され、核拡散に対
する強力な法的障害が提供されることになるだろう。・・・」(g)
9 コメント
パトリオット(PAC3)は、ポーランドの例を見ても、軍事施設を局地的に防衛
するためのものであって、一般住民を守るためのものではありません。
ですから、日本が一般住民防衛を念頭に置いたところの、北朝鮮や中共の核弾
道ミサイルに対する防衛を考えるのであれば、(艦載型、そして将来は陸上配備
型の)SM3の、しかもできるだけ最新バージョンを整備すべきだ、ということに
なりますね。
それにしても、本件でも、オバマ政権は、冷静かつ妥当な政策転換を成し遂げ
ました。
核軍縮が促進されることを祈ってやみません。
米国の欧州ミサイル防衛システムの政策転換
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