太田述正コラム#3589(2009.10.17)
<ウェードの本をめぐって(その2)>(2009.11.17公開)
人間の歴史の長期にわたって、過剰な財産を所有することは、恐らく人々がより多くの子供達を育てることに資した。・・・
祖先たる人間の出現から、バビロン(Babylon<。BC2000年頃~>)<シュメール(Sumer。BC5300年頃~)の間違いか(太田)>、エジプト(Egypt<。BC3150年頃~>、インド<亜大陸>のハラッパ(Harappa<。BC2600年頃~>)文化、そして支那の商(Shang<=殷=Yin。BC1600年頃~>)期といった、最初の偉大なる都市諸文明の出現までに45000年かかった。
もし、行動様式(behavior)から言っての<≒種としての>現代人が50000年前に出現していたとすれば、この現代性が実行に移されるまでにかくも長い期間が必要だったのはどうしてなのだろうか?
レンフルー(<Andrew Colin >Renfrew<, Baron Renfrew of Kaimsthorn。1937年~。英国の考古学者>)は、このギャップを「智慧に係る逆説(sapient paradox)」と呼んだ。
一つの可能性は、何らかの進化的適応が人間の社会的行動様式において起こったということだ。
もしそうなら、人々が定住するのにかくも多くの世代を重ねたのはどうしてかが説明できるかもしれない。
この適応は、新しい諸行動様式、恐らくは、大きな集団の中で一緒に生活し、常続的な闘いなしで共存し、首長達及び階級組織による賦課を受容することが容易となるところの、恐らくは一連の遺伝的変化によって成立したのだ。
攻撃性の減少という第一の変化は、定着社会の新しい環境を作り上げた。
それが今度は、財産制度によって報われるところの、恐らくは異なった一連の知的諸能力等、更なる適応を促した。・・・
更新世の氷河期の10000年前の終わりに、第二の人間革命が生じた。
移動性があって血縁に基盤を置く、食物をあさる一団を、利他主義と宗教の紐帯によってより大きな諸集団へと結集することが可能な定住社会へと再編成(reengineering)する、という革命が・・。
近東の諸社会は、この枢要な一歩を最初に踏み出したのであって、人間の独創性が新しい場(setting)で発揮されることを可能にした。
<まず、>役割の分業が初めて生じた。
それは生産性を増大させた。
<そして、>生産性<の増大>は余剰を創りだしたところ、一つの商品の余剰は隣接するもう一つの集団との交易に用いることができる。
定住、分業、財産、余剰、交易・・これらは経済活動の腱であり、人間をして、他のすべての種と異なり、自然の恵みによって暮らしをたてるのではない道を切り開かせたのだ。・・・
肥沃な三日月地帯に生えていた一粒系コムギ、二粒系コムギ、そして大麦は、すべて熟すと穂から穀粒を放出する性質を持っている。
他方、栽培植物化した種類のものは、穀粒が<穂に>くっついたままなので、一緒に収穫することができる。・・・
犬の後、家畜化された最初の動物は羊と山羊であり、これは10000年から9500年前のことだった。
牛は<今はもう絶滅した>オーロックス(aurochs)からほぼ同じ時期に家畜化され、豚はイノシシから家畜化された。・・・
馬はずっと後に近東の外で、恐らくはユーラシアのステップで家畜化されたように見える。・・・」
(2)人間の人間たるゆえん
「・・・チンパンジーは雄が支配的にして攻撃的であるあるのに対し、ボノボは雌が支配的にして高度に懐柔的だ。・・・
<ボノボや>チンパンジーの集団は、原初的な人間社会のように、血縁関係の紐帯によって結びつけられている。
その進化的基盤は、よく理解されているところだ。
しかし、血縁紐帯諸社会は、一定の規模を超えて大きくはならない。
人間は、その言語という特別の賜によって、無関係の諸個人を大きな集団へと縫い合わせる方法を開発してきた。
紐帯させる力の一つが宗教であり、それは言語の出現とほとんど時を同じくして出現した。・・・
<これに対し、人間とチンパンジー以外の>霊長類の世界におけるほとんど普遍的な解決方法は、母方居住婚(matrilocality)だ。
そこでは、雌がそのままとどまり、雄は思春期を迎えると散り散りになる。
夫方居住婚(patrilocality)<(コラム#3515)>(注5)はこの原則に対する例外であり、人間とチンパンジー以外では、恐らくはわずかに4つの他の霊長類においてのみ見られる。
(注5)http://www.thefreedictionary.com/patrilocality
縄文人は、母方居住婚であった(!)ことを思い出そう。(太田)
<すなわち、夫方居住婚は、人間社会の大部分とチンパンジー等の社会に共通するところの、霊長類の中での第一の異例なる様相なのだ。>
これも人間にも見られるところの、チンパンジー<等>の社会における、<霊長類の中での>第二の異例なる様相は、隣人達に対して殺害を伴う襲撃を行う性向だ。・・・
<まず、>血縁を基盤とする<霊長類の>諸社会において、<その社会の構成員の間での>利他的な行動を好む遺伝子が出現したと考えられる。・・・
<しかし、母方居住婚の社会においては、その社会以外の社会にも血縁関係にある者が多数存在するため、自分の属する社会以外の社会に対する攻撃性は生じない。>
・・・<ところが、>夫方居住婚制度の下では、<同じ社会に属する>者は互いに血縁関係にあることが多い。・・・
<すなわち、研究結果が示すところによれば、>ボス・チンパンジー(alpha male)<が率いる集団中、この雄>の子供であった者は全妊娠の36%に及び、妊娠が回避されるところの、彼に近い血縁の雌<の妊娠>を除いて考えると、それは実に45%に達した。・・・
<他方、このボスの子供は、彼の率いる集団以外にはほとんどいないわけだ。
このことが、チンパンジー等と人間における、自分が属す集団(社会)内での利他性の増幅と、自分が属さない集団(社会)への攻撃性の増幅とをもたらした、と考えられるのだ。>
<ところで、>この点はまだ証明されていないが、チンパンジーがボノボから進化したのではなく、ボノボがチンパンジーから進化したように見える。
いずれにせよ、<チンパンジーとボノボの>どちらも、チンパンジーと人間の共通の祖先から進化したのであって、この共通の祖先は、多分、チンパンジーのような者とボノボのような者の両方の行動的型板(template)を持っていたのだろう。
このことから、人間が攻撃性と妥協性という、互いに矛盾する衝動を持つに至った理由が想像できるというものだ。
全体としてチンパンジーよりも暴虐的でボノボよりも共感的であることから、人間は、かけ離れて二極性の類人猿であると言えよう。・・・
(続く)
ウェードの本をめぐって(その2)
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