太田述正コラム#3591(2009.10.18)
<ウェードの本をめぐって(その3)>(2009.11.18公開)
(3)戦争
・・・チンパンジーと人間の社会は、もう一つの顕著な様相を共有している。
それは、自分と同類を殺すことへの強い傾向性だ。
自分と同じ種に属する仲間を殺すことを厭わない心持ちは、疑うべくもなく、高い知力と相関している。・・・
戦争は、人間とチンパンジーを他のすべての種と区分する紐帯だ。
「雄紐帯コミュニティーにおいて、雌が隣接する諸集団に移動して番うことによって慣例的に近親交配のリスクを減少させる、夫方居住婚生活をする動物は極めて少ない」とリチャード・ランガム(Richard Wrangham<。1948年~。英国人霊長類学者でハーバード大学の生物人類学の教授>)<(コラム#3299、3315、3566、3590)>は記す。
また、デール・ピーターソン(Dale Peterson<。米国の類人猿学者>)は、<この夫方居住婚生活>に加えて、隣接する諸コミュニティーに致死的な襲撃を加え、脆弱な敵を探して攻撃して殺すことを含むところの、男性紐帯が引き起こす激しい地域的攻撃を行うという制度を持つことが知られているのは、たった二つの動物種しかないことを発見した。
<すなわち、>4000種のほ乳類及びその他の1000万種あるいはそれを超える動物種の中で、かかる一連のふるまい(behavior)を行うのは、チンパンジーと人間だけだ。・・・
・・・この50000年の間に、人間の戦争性向は、恐らくかなり減じたと考えられる。
平和的な前国家社会は極めて希だった。彼等の間での戦争は極めて頻度が高く、このような集団に属す大部分の成人男性は、その生涯において繰り返し戦闘を目撃した。・・・
<前国家社会>のうちの65%は常続的に戦争をしており、<ある>推定では、87%が年1度以上闘っていた。・・・
<このようなことは、全く違った角度からも裏付けられる。
牛の脳を食べると発症する狂牛病と同じように、人間の脳を食べるとプリオンが摂取され、狂牛病的なものを発症するはずであると考えられる。
この発症を防ぐ、ある特徴(signature)が日本人以外のすべての人間には備わっている。唯一、それとは異なる防御特徴を持っているのが日本人だ。
これだけ防御特徴をみんなが持っているということは、自然淘汰によってそうなったと考えられる。>
他の諸テストの結果、この特徴は非常に古いもので、恐らくは人間群がアフリカから全世界へと拡散する以前から持っていたであろうことが示唆されている。
かかるシナリオの下、日本人は、多分、<一旦、防御>特徴を遺伝的浮動(genetic drift)というプロセスを通じ失った後、高い必要性から、新しい<別個の>特徴を発展させたのだろう。・・・(注6)
(注6)ここは、まことに興味深い。縄文時代に、極めて戦争が希であったために、縄文人から一旦この旧来の防御特徴が失われていたところ、例えば、弥生人の到来によって、弥生人との間の、また縄文人相互の戦争が頻発するようになり、新規の防御特徴がつくられた、と考えられないだろうか。しかし、弥生人は当然、旧来の防御特徴を持っていたはずであるところ、弥生人から、そして縄文人と混血した弥生人からも、旧来の防御特徴が失われたらしいことを、一体どう説明すべきか。(太田)
人肉食の頻度の高さは、とりもなおさず、最初期の人間群の間における戦争の蔓延を裏付けるものなのだ。・・・
個人の攻撃性は、自分の遺伝子を増殖させる良い戦略には滅多にならない。
しかし、社会的に承認された攻撃であるところの戦争は、良い戦略たりうる。・・・
・・・近代の諸社会は、戦争の頻度を大幅に減少させることに成功してきた。・・・ 戦争は、歴史の劇的かつ特色ある様相であり、人間諸社会の一層瞠目すべきもう一つの様相を完全に覆い隠す。
この様相とは、戦争の正反対であるところの、人間特有の、他者達、とりわけ血縁関係のない諸個人、と協力する能力のことだ。・・・
(4)利他性
「・・・人間は、社会性を拡大家族や種族よりもはるかに遠くまで拡大したし、大きく複雑で緊密な諸社会において、血縁関係にない大勢の個々人が協力するための様々な方法を発展させた。・・・
類人猿の類の社会性と比べての、最も根本的かつ大きな変化は、人間の核家族だ。
核家族は、全男性に食糧あさりと防衛で他者達と協力する誘因とともに増殖する機会を与えた。
第二の要素は、他の霊長類と共有しているところの本能から発展したものであり、公正さと相互性の感覚だ。
これらの感覚は、人間の諸社会において、他の諸集団との交換と交易のための性向へと拡大された。
第三の要素は言語だ。
そして第四の<要素は、>言語の落とし穴への防御であるところの、宗教だ。
これらすべてのふるまいは、競争よりも協力の方がより得であるという、社会的動物としての基本的微積分学の上に構築されている。・・・
・・・社会は、その構成員達がお互いに助け合わなければ意味がないのだが、個人が他人達を助けるいかなる努力も、自分自身の子孫と再生産の成功への投資を減少させる<ことを考えてみて欲しい>。
もし利他主義者達がより少ない子供達しか持てないのだとなれば、利他的ふるまいは自然淘汰によって除去されてしまうだろう。・・・
一体社会的ふるまいはどのように生起したのだろうか。・・・
<血族の中においては、>同じ父母、祖父母、曾祖父母から受け継いだ共有した遺伝子群が同じなので、この遺伝子群を次の世代に伝えるのを助けることは、自分自身の遺伝子群を伝えるのと同じくらい良いことなのだ。・・・
<しかし、>血縁によって組織された諸集団は、一定の規模に達すると空中分解を始める。・・・
・・・その魔法の数字は50人から100人だ。・・・
人間であろうとなかろうと、より大きな諸社会<の成立>を説明するかもしれないと生物学者達が考える一つの原理は、社会の非血縁の構成員に対して、彼等が将来好意を返してくれるのではないかという理由に基づいて行われるところの相互利他主義だ。・・・(注7)(注8)
(注7)自分への直接的な見返りがあってもなくても、チンパンジーの多くが、他者からの要求に応じてその手助けをすることが、京大の実験で明らかになったと大々的に国内で報道された
http://sankei.jp.msn.com/science/science/091014/scn0910141027000-n1.htm
(10月14日アクセス)が、せいぜい、自然観察で既に知られていたことが実験でも裏付けられたということに過ぎないのだとすれば、騒ぎすぎでは?(太田)
(注8)チンパンジーは、もちろん人間と同じではない。例えば、チンパンジーは調理をしない(コラム#3315)し、言葉を話すこともできない(典拠省略)。また、チンパンジーも人間同様殺し合いはやるけれど、人間と違って自殺はしない
http://judson.blogs.nytimes.com/2009/10/13/a-long-melancholy-roar/?pagemode=print
(10月16日アクセス)、という点も覚えておいてよい。(太田)
(続く)
ウェードの本をめぐって(その3)
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