太田述正コラム#3593(2009.10.19)
<ウェードの本をめぐって(その4)>(2009.11.19公開)
 (5)宗教
 このようなふるまいは、ただ乗りをする者を探知して処罰するメカニズムが並行して生まれて初めて可能となる。
 さもなくば、ただ乗りをする者がより成功し、条件付利他主義者達を壊滅させてしまうことだろう。・・・
 長距離交易は、約50000年前に始まる後期旧石器時代に出現した人間社会における特徴的なふるまいの一つだ。・・・
 ・・・交易は、信頼、全く見知らぬ人をあたかも家族の一員であるかのようにあつかう意思決定、に依拠している。・・・
 このふるまいが、原初的戦争が最も激しく行われ、人々が見知らぬ人々を深い猜疑心で眺める理由が山ほどあった時に生じたのは注目すべきことだ。・・・
 オキシトチン<(コラム#2673、3033、3035、3098、3100)>とヴァソプレシン<(コラム#3035)>が・・・中心的役割を果たすべく登場しつつあった。・・・
 ・・・オキシトチンは人々にどのような作用を及ぼすのだろうか?
 ・・・それは、信頼の程度を大いに増大させる。・・・
 <しかし、信頼、すなわちオキシトチンの分泌をもたらした、ただ乗りに対する防衛システムは一体何であったのだろうか。>
 <実は、>宗教<こそ、>・・・ただ乗りに対する防衛システムだったのだ。
 ・・・<この>宗教なるもの>は、言語と同時に生じた可能性が高い。
 というのは、言語はだますために用いられることが可能だからだ。
 宗教はだましに対する安全装置だ。
 宗教は、信頼することができない者をコミュニティーが排除するメカニズムとして始まった。
 後に、それはコミュニティーとしての活動を助長する手段へと成長した。
 それは、首長や中心的当局のない、狩猟採集諸社会において必要なものだった。
 宗教は、更に、定住諸社会の統治者達によって、彼等の権威を固め、彼等の特権的地位を正当化する手段として選ばれたのだ。
 近代諸国家は、今では、宗教がかつて果たしていた様々な役割を他の方法で達成するようになったが、中には宗教の意義が減じた社会が出てきたのはそのためだ。・・・
 宗教儀式は、通常踊りと音楽を伴うが、それは同時に非常に言語的でもあり、・・聖なる様々な真実が<言語を用いて>述べられたのだ。・・・
 ・・・言語が現在の状態に達したのは、アフリカからの<人間の世界各地への>拡散の少し前だ。・・・
 言語の進化と聖なる観念は密接に関係している。・・・
 ・・・<宗教>は、何よりも、人々が、直接的な私利(self-interest)を集団の利益に従属させるように説得されるプロセスなのだ。
 社会的統合(cohesion)を提供するという原初的な役割が、今では他の数多の文化的、政治的諸制度によって提供されるに至っているというのに、<今日においても、>宗教がなお存続しているのはどうしてだろうか。
 宗教は、もはや社会的には必要なくなったかもしれないが、にもかかわらず、多くの人々の強い必要性を充足しているからだ。
 これは、<人間における、宗教的なものを求める>遺伝的傾向(predisposition)の存在を反映しているのかもしれない。・・・
 (6)番(つがい)
 宗教、言語、及び相互性は、人間の諸社会をつなぎ合わせる接着剤の比較的最近の諸要素だ。
 その全てが約50000前に出現したように見える。
 しかし、社会的凝集性のために、これらよりずっと昔の適応・・人間諸社会をして類人猿のそれらと決定的に異なった道をたどらしめることとなった適応・・が、番の紐帯の形成だ。
 人間の本性の多くは、男女の紐帯と、男性の、女性が彼だけの子供を産む見返りにその家族を守ろうとする意欲を支えるために必要なふるまいから成り立っている。・・・
 旧石器時代の記録によれば、約170万年前、男性と女性の大きさの差が縮小し始めた。
 この大きさにおける変化は、ほぼ間違いなく、ペアの紐帯制度への移行に伴う男性間の<女性をめぐる>競争の減少の兆候なのだ。・・・
 恐らくはこの時、人間の諸社会は、開かれた空間での性交に対する禁忌を作り上げたのだろう。・・・
 <そして、>男性達は、性的嫉妬といった特性を身につけた・・・(注9)
 (注9)「<坂口菊恵:>・・・ヒトに嫉妬や恋愛感情が存在することも、人間が乱婚を主要な配偶システムとする生物ではないことの証拠の一つと言えます。そもそも特定の相手と長期的な性的結びつきを作る傾向がまったくないのであれば、「浮気」という概念さえ存在しないはずです。・・・不倫は男女いずれが行っても離婚原因となる社会もあるのですが、妻の不倫が夫の不倫よりも重大視されるケースが圧倒的に多いのです。・・・男性にとって、確実に自分の子である子孫を作ることが、結婚の目的としていかに重要であるかということが示唆されます。・・・」 (太田)
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090929/184423/
(10月7日アクセス) 
 <他方、>女性にとっては、彼女の夫が愛人を持つことの脅威は、性的戯れそのものの脅威というよりも、夫が、彼が支える対象を自分の家族から情婦に移すかもしれないという可能性の脅威なのだ。・・・
 だから、纏足や女子割礼(genital mutilation)から<インド等における>女性の遮蔽(purdah)、ベール、チャドル、更には女性の活動を制限する法や慣習の陣揃えという方法でもって、男性達が、自分達の子供達を育てることとになっている女性達への排他的アクセスを確保することに大わらわになってきたことは、驚くことではない。
 これらの手段がどんなに忌まわしくても、その動機は、母親の赤ん坊ではあっても父親の赤ん坊かどうかは蓋然性に過ぎない、という男性の再生産戦略が抱える本来的脆弱性に根ざしているのだ。・・・(注10)
 (注10)このもっともらしい説が仮に正しいとすると、以下のような俗論↓は、微妙に間違っていることになる。
 「<島地勝彦:>・・・性に関して言えば、女性の快楽の方がずっと奥が深いから、いったん悦びを知ってしまったら後には戻れない。・・・そうなると男は大変だよ。妻はより大きな悦びを求め、夫はそんな妻に欲情できないまま努力を続けなければならない。・・・本物のセックスというのは家庭の外にあるものだ・・・その点、昔の男は利口だった。・・・カソリック教会が大きな影響力を持っていた中世ヨーロッパでは、夫婦間の性行為に細かい禁則を設けて、快楽が生じないようにした。イスラムの女子割礼も同じだ。クリトリスを取ってしまうことで、女性を性の快楽から遠ざけた。・・・」(太田)
http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20091007/187166/ 
 このような障害(hazard)は、幼児が過度にその両親に似ないように見せかける遺伝子が好まれる、強い淘汰的圧力を生み出したことだろう。
 実際、赤ん坊達は、一般的な(generic)見かけのはっきりしない様相を帯びた丸ぽちゃの顔つきをしているのが通例であり、このことによって、赤ん坊等は自分達の本当の父親が誰であるかがばれるリスクを大きく緩和しているのだ。・・・
 ダーウィンは、多くの種の雄が、巨大な角や枝角(antler)や羽によって非常に装飾化されていることに長い間首を傾げ続けた。
 これらのひどく凝った装飾は、生存には何も貢献しないように見え、ダーウィンの最適者が生存するという考え方への明白な挑戦を提起していた<ことが思い起こされる>。・・・
(続く)