太田述正コラム#3687(2009.12.5)
<米帝国主義について・・随想>
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1 始めに
ジャクソン・リアーズの本(Rebirth of a Nation)の紹介を何回も行ってき た(コラム#3333、3335、3668、3670、3672、3674)ところですが、今まで引用 しなかった箇所に以下のようなものがあります。
「20世紀初期に・・・帝国たる建築物が・・・実際に構築された・・・。
帝国的建築物は新古典派的流儀の再定義を伴った。
すなわちそれは、共和国から帝国へという、全般的な移行を反映した微妙な文 化的変化だった。
ジェファーソンの時以来、ギリシャ(及び時々はローマ)の真似をした諸公共 建物が米国の古典的共和制の徳への主張を体現化してきていた。
ワシントンという純潔な(chaste)大理石の都市は、それ自体がこの古典的諸 理想との自己同一視感覚の記念碑だった。
しかし、南北戦争中及びその戦後において、富が集積されるにつれ、新古典派 的建築物の趨勢は、強制的簡潔さから帝国的華麗さ(grandeur)へと変化し始めた。
諸建築物は、銀行や他の企業のオフィスが様式を通じて正統性(legitimacy) を追求したため、より大きく、より装飾的になった。
それは、・・・集中した富から道徳的汚れを隠喩的に浄化することと、同時 に、米国の帝国的諸野望の正統性を主張することとを可能にしたのだ。」(PP278)
この記述を踏まえて、私が考えたことをお話したいと思います。
2 建築物に見る米帝国
(1)私の仮説
まず、疑問があるのは、リアーズが言う、「共和国から帝国へという・・・移 行」が果たして本当に米国の建築物においてあったのか、ということです。
ここで、皆さん、古典ギリシャと古代ローマの代表的な建築物を思い出して欲 しいのです。
何と言っても、前者についてはアテネのアクロポリス(Acropolis)、後者に ついては、ローマ(市)のパンテオン(Pantheon)でしょう。
しかし、現在まで残っているアクロポリスがつくられたのはペリクレス (Pericles)を指導者とする、アテネの黄金時代(紀元前460~430年)であり、
http://en.wikipedia.org/wiki/Acropolis_of_Athens
これは、アテネの海上帝国時代です。
また、現在まで残っているパンテオンがつくられたのは、トラヤヌス (Trajan)帝の時代であり、
http://en.wikipedia.org/wiki/Pantheon,_Rome
帝政ローマの全盛期です。
ですから、リアーズの言うように、建国以来、米国では好んで「ギリシャ(及 び時々はローマ)の真似をした諸公共建物」がつくられてきたというのなら、そ れは、米国が本来的に帝国志向であったことを意味するのではないかと思うのです。
残念ながら、「ジェファーソンの時以来、ギリシャ(及び時々はローマ)の真 似をした諸公共建物が米国の古典的共和制の徳への主張を体現化してきてい た。」ことを示す建造物の端的な例が私には思い浮かばなかったのですが、その ものズバリではないけれど、ワシントン記念塔(Washington Monument)なるオ ベリスク(Obelisk)はいかがでしょうか。
「・・・着工されたのは1848年であったが、南北戦争の介在や資金不足が重な り、建立に至ったのは・・・1884年<だった。>・・・1889年にフランスのパリ にエッフェル塔が完成するまで(建設当時約312メートル)、169メートルという 世界で最も高い建築物となった。・・・」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E8%A8%98%E5%BF%B5%E5%A1%94
という代物ですが、オベリスクというのは、古代エジプトで対で神殿の前に設置 されたものであり、これに古代ローマ人が強い影響を受け、たくさん建てたた め、ローマ(市)に残っているものだけで、全エジプトに残っているものよりも 多いということです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Obelisk
さて、どうしてオベリスクが帝国と結びつくかです。
まず、どうしてオベリスクを建立した古代エジプトが帝国であったかと言うと、 オベリスクの建立が始まったのは、第12王朝(XIIth Dynasty)のセヌスレト1 世(Senusret I)の時であり、
http://en.wikipedia.org/wiki/Obelisk#Egyptian
彼は、紀元前1971年から1926にかけてエジプトを統治したファラオでした
http://en.wikipedia.org/wiki/Twelfth_dynasty_of_Egypt
が、古代エジプトは、言葉が通じはするけれど、文化的に画然と異なる上部エジ プト(Upper Egypt)と下部エジプト(Lower Egypt)からなっていたところ、紀 元前3100年に最初の両地域を統一した王朝ができ、
http://i-cias.com/e.o/egypt_low_up.htm
それが再び両地域に分裂した後、中王朝時代の最初の第11王朝の時の紀元前2118 年までに再統一がなされ、これを引き継いだのが第12王朝であり、この頃、エジ プトはレバント地方等、エジプト外にも領域を広げ、
http://en.wikipedia.org/wiki/Eleventh_dynasty_of_Egypt
http://en.wikipedia.org/wiki/Twelfth_dynasty_of_Egypt
多言語、他民族を統治する帝国となっていたからです。
また、古代ローマにおけるオベリスクと帝国との結びつきですが、古代ローマ がオベリスクに入れあげたのは、帝政時代以降であり、ローマ市にエジプトから 移設されたのも、建立されたのも、
http://en.wikipedia.org/wiki/Obelisks_in_Rome
また、ローマ市以外に建立されたものも、すべて帝政期以降だからです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Obelisk 上掲
で、私の仮説はこうです。
米国は、建国時から帝国志向であり、19世紀末までは、ローマ帝国を模範とし て北米大陸で拡大を続け、19世紀末以降は、一大同盟を率いたアテネの海上帝国 を模範として、中米、南米、及び東アジアを中心に影響力の拡大を続けた、と。
(2)米国の帝国的建造物群
ア リアーズがあげているもの
<White City>
1893年のシカゴ万博めがけてつくられたものです。
http://en.wikipedia.org/wiki/World%27s_Columbian_Exposition
<Union Trust Building(St. Louis, Missouri)>
http://images.google.co.jp/imglanding?imgurl=http://www.builtstlouis.net/opos/images/705-complete.jpg&imgrefurl=http://www.builtstlouis.net/opos/705olive.html&usg=__KgWtWu5a8ffpMz_GVkqqgoFwkSI%3D&h=550&w=467&sz=77&hl=ja&sig2=5mWuCNoWfBNB45Cx267m4A&um=1&tbnid=ssszzwjxDKyEWM:&tbnh=133&tbnw=113&prev=/images%3Fq%3DUnion%2BTrust%2BBuilding%26hl%3Dja%26rlz%3D1T4SUNA_jaJP315JP315%26sa%3DX%26um%3D1&ei=W1ABS8_HHYH67APH67TdCg&q=Union+Trust+Building&rlz=1T4SUNA_jaJP315JP315&sa=X&um=1&start=5
<New York Stock Exchange (NYSE)>
1903年完成です。
http://en.wikipedia.org/wiki/New_York_Stock_Exchange
イ 私が選んだもの
<Lincoln Memorial>
1922年完成です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Lincoln_Memorial
<Empire State Building>
1931年完成。1973年まで世界一高いビルでした。
名前は、ニューヨーク州の渾名から来ているといいます。
http://en.wikipedia.org/wiki/Empire_State_Building
しかし、そもそも、どうして同州にこのような渾名がつけられたかについてで すが、定かではないものの、ジョージ・ワシントンが1784年12月に、同州が「現 在帝国の座のある所」であると言ったからだという説があり、
http://www.statesymbolsusa.org/New_York/nickname_empirestate.html
案外これ本当のような気がします。
<Jefferson Memorial>
1943年完成です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Jefferson_Memorial
3 終わりに
米国の公共建築物の代表例をご覧いただいただけでも、米国は一貫して帝国主 義的であったことを実感していただけたのではないかと思います。
米国人は、建国以来、(というか、イギリス人が植民してきた当初から、)人 種主義的帝国主義者であり、建国から19世紀末までは、人種主義の対象は、主と してインディアンと黒人で、北米大陸の領域的征服を目指し、19世紀末以降は、 人種主義の対象は、(アフリカ系、中南米のインディオ系、アジア系の)有色人 種全体へと拡大するとともに、各地に軍事基地を設ける形の世界支配を目指し、 (20世紀後半からは、次第に人種主義を克服しつつ)現在に至っている、という のが私の考えです。
この米国の人種主義的帝国主義による、「「非合理的でイデオロギー的な」愚 行は、それぞれ、ロシアの共産主義者達とナチスによって20世紀になされた愚行 と規模及び犯罪性において匹敵するものがある」(コラム#3658)と私は指摘し ているわけですが、人種主義的帝国主義は、共産主義、ナチズムとは違って、グ レイらの言う政治的宗教ではありません。
では一体何なのでしょうか。
それは、宗教そのものであり、イザヤ・ベンダサンの日本教ならぬ、米国教と でも言うべきものであって、旧約聖書に重きを置いたキリスト教である、と言っ てよいのではないでしょうか。
ただし、旧約聖書と言っても、選民たるユダヤ人を選民たる米国人(米国のア ングロサクソン→米国の白人)と読み替え、イスラエルを米国と読み替えた旧約 聖書です。
この文脈の下で、モーゼが尊ばれる(コラム#3652、3654)ということになる わけです。
4 ついでに
ブルース・フェイラーの本 ‘AMERICA’S PROPHET Moses and the American Story’に出てきた、米国をモーゼで読み解く話(コラム#3652、3654)、覚えて おられると思います。
モーゼを尊ぶことによって、米国は、帝国を形成する一方で帝国を批判し、奴 隷制を維持する一方で奴隷制を批判してきたわけですが、最後に、モーゼを尊び つつ奴隷制を批判する含意のある有名な黒人霊歌をご紹介して、本日の随想を終 えたいと思います。
Go Down, Moses
Paul Robeson による歌唱↓
http://www.youtube.com/watch?v=u0CRAavN4EI
Louis Armstrongによる歌唱↓
http://www.youtube.com/watch?v=SP5EfwBWgg0&NR=1&feature=fvwp
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音楽ついでに、一人題名のない音楽会、やっちゃいましょう。
ユダヤ人特集の欧州版はまだまだ続きます。
今週末は、オッフェンバッハ(=オッフェンバック(フランス語)=Jacques Offenbach。1819~80年。ドイツ生まれでフランスに帰化)です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Jacques_Offenbach
オペレッタ『地獄のオルフェ(天国と地獄)(Orphe��� aux Enfers=Orpheus in the Underworld)』から「序曲(Overture)」 (1858年)
http://www.youtube.com/watch?v=y4hs7vW8SV0
上↑は、同オペレッタの第3部の「ギャロップ(カンカン)(GALOP INFERNAL (Can Can))」↓を後半に含んで演奏されていますが、これは、ウィーン初演 (ドイツ語版)のためにカール・ビンダーが編曲したものです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%8D%84%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A7
では、本来のギャロップ(カンカン)の演奏を各種ご鑑賞下さい。↓
オケによる演奏です。
http://www.youtube.com/watch?v=4Diu2N8TGKA&feature=related
この曲を踊りの写真付で堪能あれ
http://www.youtube.com/watch?v=MJ_QT4ymABU&feature=related
めずらしい、マンドリン・オケでどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=BzTiK10whdU&feature=related
ポップなバイオリン演奏もいかが。Vanessa Maeです。
http://www.youtube.com/watch?v=sUc5Mqtz634&feature=related
最後は踊りながらの演奏ですよ! Garden ZHL musicians です。
http://www.youtube.com/watch?v=Y2XNHUf9Djk&feature=related
しめは、遺作のオペラ(未完) 『ホフマン物語(Les contes d’Hoffmann)』 から「舟歌(Barcarolle)」(1880年)です。
歌唱 Anne Sophie von Otter と Stephanie d’Oustrac
http://www.youtube.com/watch?v=fepL7ez06ew&feature=related
音楽って本当に楽しいですね!
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太田述正コラム#3688(2009.12.5)
<2009.12.5オフ会について>
→非公開
米帝国主義について・・随想
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