太田述正コラム#3738(2009.12.30)
<映画評論0(その1)>(2010.1.30公開)
1 始めに
2回の乗り換えが奇跡的なほどうまく行って、何とドアツードアで、ほぼ1時間ジャストで13時15分に豊洲のいつものシネコンに到着。
予定していた映画が始まる2時間も前だったけれど、まず『2012』と『アバター』の当日券を回数券の差額分を支払って確保した後、インドカレーの昼飯を食べ、それから2冊のパンフレットを読んでいたら、読み終わらないうちに時間になりました。
最初に見たのは『2012』
http://www.sonypictures.jp/movies/2012/
http://en.wikipedia.org/wiki/2012_(film)
です。
そのパンフレットに出てきた越智道雄明治大学名誉教授の解説を事前に読んだ時、しめたと思うと同時に、やられたと思いました。
しめたというのは、こりゃ批評のしがいのある映画のようだなと思ったからであり、やられたというのは、越智先生が、私が『ナイトミュージアム2』(コラム#3473、3475)でやったような、登場人物の分析を通じて米国そのものを浮き彫りにする形の批評をやっていたからです。
2 『2012』についての越智評論とその批判
(1)越智評論
それでは、まず『2012』について、越智評論を批判する形で私の映画評を展開してみましょう。
・・・
一 この地球最後の日を担い、「ノアの方舟」に乗る権利を放棄して、自国民や世界の民衆と運命を共にして死んでいく合衆国大統領をなぜ黒人が務めているのか?
二 この大異変の発見者がなぜインド人科学者なのか?
三 それを合衆国政府中枢に伝えるのがなぜアフリカ系黒人地質学者なのか?
四 大統領首席補佐官がなぜドイツ・ユダヤ系白人のか?
五 最もこの絵以外の「人間的要素」を担う離婚核家族がなぜWASP(英系白人)なのか?
六 黒人地質学者の父親とミュージシャン仲間の白人老人の息子はなぜ日本人女性と結婚し、父はなぜ最初それを許さなかったのか?
七 チョーミン計画の本拠地がなぜチベットなのか?
まず、二には、シリコン・ヴァリーを空っぽにして自国インドで活躍する科学者たちが反映されている。
六は、漠然と日米安保を反映し、四はキッシンジャーやオバマ政権の首席補佐官ラーム・エマニュエルを筆頭に、合衆国の現実政治の知恵袋の大半がユダヤ系だからだ。
一は、この映画が「「ヒラリー・クリントンかオバマか?」で気をもませた08年の民主党予備選最中に制作された<ところ、>・・・従来の映画では黒人大統領はおなじみだが、白人女性は副大統領オンリーだ<ということもあるが、>・・・オバマ<が>アメリカ史の償いとして現実に登場<する>最初の黒人大統領<になる、と監督/脚本/製作総指揮のローランド・エメリッヒが予想したものであり、>黙示録的な立場を担う。・・・
<また、>09年にインド人科学者が発見して災厄の火種が世界中の政府によって各国民に秘匿され、超大型方舟の建設費捻出に金持ちに十億ユーロで搭乗券が密かに売り出される事態は、情報開示を前提として初めて成り立つ民主主義の破壊だ。しかし、「種の存続」が大前提になれば、情報は開示されず、民主主義は棚上げされる、黒人の合衆国大統領だけが、棄てられた人々の側に残ることは、ぎりぎりの線で合衆国が民主主義の芽を断たず、しかもその重大な役目を黒人大統領が担ったことになるのである。・・・
三も、重大な任務はインド人や黒人に演じさせたほうが、多民族社会では観客動員がし易いためである。
七は、超大型津波を回避できるだけの高度が必要だからだが、同時に仮想敵国・中国に「待機政府」施設が造られる微妙さゆえ。
従って五こそ、「家族の価値」をWASPに代表させ、地位も能力も低い彼らに最も人間的な要素を担わせ、離婚家庭が蘇るには途方もない災厄が前提になる点で、この映画最大の「逆転」的視点となる。・・・」
(日本語パンフレットより)
(2)越智評論の批判的考察
[四について]
比較的些末なことから行くと、大統領補佐官の名前はカール・アンハイザー(Carl Anheuser)ですが、これがユダヤ人の名前だとは思えません。
誰でも知ってるアンハイザーは、バドワイザーをつくっているアンハイザー・ブッシュという会社でしょうが、その創設者のエバハード・アンハイザー(Eberhard Anheuser)は純粋なドイツ人(米国に帰化)です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Eberhard_Anheuser
また、この役を演ずるオリヴァー・プラット(Oliver Platt)についても、顔つきもバックグランドも、ユダヤ人をにおわせるものは皆無です。(パンフレット)
ですから、越智先生の四の指摘は、完全な的外れであり、カール・アンハイザーが、この映画に登場する最大の悪人であることからすれば、ドイツ人であるエメリッヒが、ナチスドイツに悪いイメージを持っている米国等の観客を念頭に置いて設けた役であると理解すべきでしょう。
更に穿った見方になりますが、アンハイザーは、(黒人大統領がタテマエ部分の象徴だとすれば、)米国政府のホンネ部分の象徴であり、米国はアングロサクソン的タテマエと欧州的ホンネのキメラである、という私の米国観類似の米国観をエメリッヒも密かに抱いていて、この彼の米国観が期せずして顕れてしまった、と言いたいところです。
[五について]
また、「白人老人の息子はなぜ日本人女性と結婚し、父はなぜ最初それを許さなかったのか」については、「漠然と日米安保」すなわち米国の属国日本(?)「を反映し」ている、ということではなく、この映画の配給会社のソニー・ピクチャーズエンターテインメント・・コロンビア・ピクチャーズ等を買収してでき、MGMも事実上傘下に収めている
http://en.wikipedia.org/wiki/Sony_Pictures_Entertainment
・・の米国での微妙な立場をもじっているというのが私の見方です。
まさか、そんなことまでこの会社が要求したとは思えないのですが、映画中に登場するパソコンはVaioでしたし、このほかにもSonyのロゴがついた機器が登場していました。
エメリッヒの気配りは大したものだ、と思った次第です。
[七について]
「超大型津波を回避できるだけの高度が必要だからだが、同時に仮想敵国・中国に「待機政府」施設が造られる微妙さゆえ」の前半はともかく、後半は何を言っているのか判然としません。
実は、アンハイザーと並んで、この映画に登場するもう一つの悪役は、チョーミン地区に招かれざる客を入れない任務を付与された中共軍兵士達であり、彼等と、運命を慫慂として受け入れる僧侶や自分の家族ひいては米国人家族を助けるチベット人達たる善役が対置される、という図式になっており、その含意は明らかです。
すなわち、チベットは中共の一部ではなく、それに対置される存在であり、善たる前者が悪たる後者によって支配され、抑圧されていることを仄めかすことで、米国を中心とする観客を満足させているわけです。
[二と三について]
ここは、越智先生と同じ考えです。
(続く)
映画評論0(その1)
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