太田述正コラム#3740(2009.12.31)
<映画評論0(その2)>(2010.1.31公開)
 [五について]
 これについては私の見解は異なりますが、後で取り上げることにします。 
 (3)所見
 越智先生の評論のより大きな問題点は、この映画のテーマを論じていないことです。
 先生の評論の中では言及されるにとどまっていますが、テーマについては、『2012』が旧約聖書に出てくる大洪水と方舟の話の焼き直しである、ということが手がかりになります。
 この映画が大洪水と方舟の物語であることは、エメリッヒとこの映画を共同で制作し、脚本書きをしたハラルド・クローサー(Harald Kloser)がはっきり述べているところです。(パンフレット)
 ここで、ちょっと脱線して、方舟伝説そのものをちょっと考察してみましょう。
 まず、方舟伝説の前提たる大洪水については、ごく最近、科学的にその存在が確からしいとされるに至ったところの、地中海形成伝説があります。
 それは、紀元後1世紀にローマ人の大プリニウス(Pliny the Elder。23~79年)が『博物誌(Natural History)』で記している伝説であり、ジブラルタル海峡を切り開きながら地中海盆地に大西洋の海水が流れ込んで地中海が形成された、というものです。
 最近の研究で、今から533万年前に、この伝説のとおり、ジブラルタル海峡を切り開きながら海水が流れ込み、数ヶ月から約2年という短期間で、現在の90%の総水量まで達した原地中海が形成された可能性が高いところ、これはその間、毎日10mずつ海面が高くなるという大天変地異的な洪水であった、という結論になったというのです。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/8404363.stm
http://en.wikipedia.org/wiki/Zanclean_flood
 533万年前というと、既に現生人類の祖先がチンパンジーやゴリラの仲間の祖先と分かれていた可能性が強く、
http://en.wikipedia.org/wiki/Australopithecus
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%AD%E3%83%94%E3%83%86%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9
彼等が上記大洪水を目撃できるアフリカの北端に達していたかどうかは定かではないものの、仮に彼等が目撃していたとすれば、それは強烈な記憶となって、何らかの形で代々その記憶が子孫に受け継がれていった可能性があるのではないかと私は思うのです。
 大洪水伝説がアメリカ大陸の原住民を含む世界中にあること
http://en.wikipedia.org/wiki/Deluge_myth
・・その中には大津波由来の伝説もあるかもしれませんが・・は、この種伝説が、人類の共通の祖先が経験した特定の想像を絶するような大洪水に由来する、とすれば説明がつきます。
 残念ながら、この太田説は、直上のウィキペディアには出てきませんが・・。
 さて、大洪水と方舟とがセットになった伝説も世界各地にあるというのですが、何と言っても、一番有名なのは、旧約聖書の創世記(Book of Genesis)に登場するノアの方舟(Noah’s Ark) の物語ですよね。
 もっとも、そう特定してしまうと、創世記では、神が二度と世界の大部分の生き物を殺してしまうような大洪水は起こさない、とノア達に約束したということになっている
http://en.wikipedia.org/wiki/Noah’s_Ark
以上、再びこんな大洪水が起こっちゃまずいわけですが、それはともかくとして、大洪水とノアの方舟の物語は、『2012』の包装に過ぎない、あるいはまた、本当のテーマを水で薄めたものに過ぎない、と受け止めるべきであるというのが私の見解です。
 それでは、『2012』の中身、本当のテーマは何なのか?
 それは、米国流のキリスト教原理主義の素晴らしさと普遍性を、現在の自信喪失気味の米国の庶民に改めて訴える、というものでしょう。
 当然、米国の庶民がこの映画を見れば自信が多少なりとも回復する、だからこの映画によって観客動員が期待できる、というわけです。
 どういうことか、ご説明しましょう。
(続く)