太田述正コラム#3764(2010.1.12)
<映画評論0(続)>(2010.2.12公開)
1 始めに
 ガーディアンが、映画『アバター』批判をエスカレートさせています。
 それらは、『アバター』批判を超えた、根源的な米国批判と言ってもよい域に達しています。
 どのような批判か、ご紹介した上で、私のコメントを付すことにしましょう。
2 常連コラムニストによる批判
 「・・・<『アバター』>は、欧州人のアメリカ原住民との関わりについての物語だ。
 それはひどくばかげている。何となれば、ハッピーエンドにしてしまっているからだ。・・・
 欧州はアメリカ人のジェノサイドによって恐るべき富を集積した。
 アメリカ大陸諸国は彼等<の犠牲>の上に建国されたのだ。・・・
 1492年には、約1億人の人々がアメリカ大陸に住んでいた。
 <しかし、>19世紀末には彼等の大部分が根絶やしにされていた。
 その多くが疾病によるものだったが、大量絶滅が意図的に行われたことも事実だ。・・・
 スペイン人は、アメリカ原住民を生かしておくよりは、死ぬまでこき使って代わりを補充する方が安上がりであることを発見した。
 鉱山やプランテーションにおける彼等の寿命は3~4ヶ月だった。
 彼等が到着してから1世紀の間に、南と中央のアメリカの<原>人口の約95%は死んでいた。
 18世紀にカリフォルニアで、スペイン人は、この根絶やしをシステム的に行った。
 フランシスコ会の宣教師でジュニペロ・セラ(Junipero Serra<。1713~84年。カタロニア人のフランシスコ会修道士
http://en.wikipedia.org/wiki/Jun%C3%ADpero_Serra (太田)
>)と呼ばれた男は、「伝道団(mission)」をいくつも設立した。実のところ、それは奴隷労働を使う強制収容所だった。
 原住民は武力の下でかき集められ、農場で、19世紀にアフリカ系米国人奴隷達が与えられたカロリーの5分の1で働かされた。
 彼等は過労、飢餓、疾病で恐るべき割合で死んだが、継続的に補充され、その結果原住民人口はぬぐい去られてしまった。
 カリフォルニアのアイヒマン(Eichmann)たるジュニペロ・セラは、ヴァチカンによって1988年に列福された。今、その彼は聖人とされるためにはもう一つだけ奇跡が認められればよいという状況だ。
 スペイン人は、おおむね金への欲望によって突き動かされていたのに対し、北米大陸に植民した英国人は土地を欲した。
 ニューイングランドで、彼等はアメリカ原住民の村々を取り囲み、その寝込みを襲って殺害した。
 ジェノサイドが西漸するとともに、最高レベルでそれは推進される(endorsed)ことになった。
 ジョージ・ワシントンは、イロコイ(Iroquois)族の家々と土地の全面的破壊を命じた。
 トマス・ジェファーソンは、米国のインディアンとの戦いは、すべての族が「絶滅させられるかミシシッピー河のかなたに追い払われるかするまで」続けられなければならない、と宣言した。
 1864年のサンド・クリーク(Sand Creek)の虐殺(注)の間、コロラドにいた部隊は平和の旗の下に集まった非武装の人々を殺戮した。子供と赤ん坊を殺し、すべての屍体を傷つけ、犠牲者の性器を刻みたばこ入れとして使ったり帽子にとりつけたりした。
 (注)1864年11月29日、コロラド南東部で700人の民兵が宿営していたシャイアン族(Cheyenne)とアラパホ族(Alapaho)を襲い、105人の女子供を含む133人を殺害した。
http://en.wikipedia.org/wiki/Sand_Creek_massacre
 セオドア・ローズベルトは、この出来事を「<北米大陸の>辺境で起こったうちの、最も正しく慈悲深い行為(deed)の一つ」と呼んだ。・・・
 これらについて責任があるところの、スペイン、英国、米国等は、かかる比較を決して許さないだろうが、南北アメリカで追求されたいくつかの最終的解決(final solutions)は、<ナチスがやったものよりも>はるかに成功を収めた。
 <ところがナチスとは正反対に、>これらにお墨付きを与えたり推進したりした者は国家的ないし宗教的英雄となって現在に至っている。
 <そして、>これらについて記憶を喚起しようとする者は無視されたり非難されたりするのだ。・・・」
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/cifamerica/2010/jan/11/mawkish-maybe-avatar-profound-important
(1月12日アクセス。以下同じ)
3 ガーディアンへの一読者からの投稿
 「・・・<『アバター』の>高貴なる野蛮人(noble savage)が原住民化した植民者の助けを借りて勝利を収めるという物語は、イギリス系米国人(Anglo-American)の神話に深く根ざしているが、これは史実に対する侮辱だ。・・・
 <下掲の記事>↓は、土着の人々が、土地を奪って金儲けしようとするところの、テクノロジーにおいて先進的な社会に遭遇した場合に何が起きるかを明確に明らかにしている。
 一種のジェノサイドが起きるのだ。
 そしてそれは、戦争が終わった後も止むことはない。・・・」
http://www.guardian.co.uk/world/2010/jan/12/avatar-mythology-native-american-genocide
 「・・・<インディアンのスー族(Sioux)の>保護区での状況は厳しい。
 失業率は80%を超える。
 絶望的なまでの家不足・・平均して一つの家に15人が住んでおり、それにあぶれた人々は車やトレーラーハウスに住んでいる。
 3分の1を超える家が水道か電気が来ていない。
 乳児死亡率は米国の平均の3倍だ。
 アルコールへの依存と余りに貧しい食餌のため、40歳を超える人々の半分は糖尿病だ。
 オグララ(Oglala)・スー族の一人当たり収入は7,000ドル(4,400ポンド)前後であり、米国の平均の6分の1でブルガリア並だ。・・・
 <このスー族の保護区である>パイン・リッジ(Pine Ridge)の<人々の>平均余命は50歳でしかない。・・・
 しかし、多くの米国人の間での現在の認識ではカジノで金持ちになりつつある種族だとかアメリカ原住民は、米国政府が住宅補助金、無償医療、定期的な福祉小切手を提供しなければならないとする諸条約によって良い生活をしている、といったものでもある。
 100万人近くの人々が米国の310のアメリカインディアン保護区に住んでいる。・・・
 19世紀後半のスー族の米国政府との諸条約は、他の種族との諸条約同様、拡大する米国が鉄道、鉱業、農業のためにより多くの土地を求めるとしばしば破られ、アメリカ原住民は財政的支援の約束と引き替えに更に土地を割譲させられるべく乱打された。・・・
 <こうして今では、>彼等は一日中自宅にいて、テレビを見、酒を飲みヤクをやって過ごしているのだ。・・・」
http://www.guardian.co.uk/global/2010/jan/11/native-americans-reservations-poverty-obama
4 終わりに
 私が米国の第一の原罪と言う時、これまで黒人奴隷の方に焦点をあてがちで、アメリカ原住民に言及しないことが多かったのですが、今回のコラムで若干なりともその穴埋めができた、と思いたいところです。
 米国のアングロサクソンを中心とする白人達がアメリカ原住民に対してやったことは、スペイン人、つまりは欧州人たる白人達がやったことに比べれば少しはマシかもしれないけれど、大同小異であるところの、神を恐れぬ所業であり、相当飛躍した歴史上の「もしも」ではあれ、もしも日本人が北米大陸に植民していたならば、恐らくはインディアンとの共生を図るとともに、インディアンの意識改革を促し、狩猟採集以外の生計手段を彼等に自ずから身に付けさせていた可能性が高いと考えます。
 同様のことは、フィリピンについては、もっと確信を持って言えそうです。
 米国人ではなく、日本がフィリピンを植民地にしておれば、フィリピンは、ずっと前に台湾や韓国並みに繁栄した自由民主主義国になっていたことでしょう。(コラム#201参照)
 米国は、自国領に組み込まない限り、発展途上地域の近代化に成功したことがありません。(インディアン保護区は、米国とは条約関係にある自治領ととらえるべきでしょう。)
 欧州諸国も全然ダメでした。
 それに部分的に成功したのがイギリスであり、奇跡的にも、ほぼ完全に成功したのが日本であったわけです。
 さて、元に戻って、『アバター』がいかにひどい映画か、いくら何でももうお分かりいただけのではないでしょうか。
 この映画は、バーチャルな世界において、アメリカ原住民やフィリピン人もどきのナヴィ人に米白人に対する勝利を、しかも寝返った白人のリーダーシップの下で勝利をもたらすことで、観衆たる米白人が心底深く抱いているところの罪悪感を軽減、解消させよう、そしてそれによって多くの観衆を呼んで大儲けをしよう、というまことにもって醜悪なる制作意図でつくられているのです。