太田述正コラム#3810(2010.2.4)
<北朝鮮論をめぐって(その3)>(2010.3.5公開)
本日、所用があるため、「ディスカッション」の配信は大幅に遅れます。(太田)
——————————————————————————-
そうそう、マイヤーズは、戦前の日本が軍事優先であったことと、北朝鮮の先軍体制とも結びつけていますが、少なくとも1937年からは日本は本格的な戦争を行っていたのであり、軍事優先であったのは当然です。
それに対し、朝鮮戦争が終わってからは、いくら休戦状態に過ぎないと言っても、南北間で平和が維持されてきたのですから、そういう中で軍事優先の体制を維持してきた「異常な」北朝鮮と戦前の「正常な」日本とを結びつけることはナンセンスの極みです。(太田)
(4)このイデオロギーの含意
「・・・米国の善意のジェスチャーは、ヤンキーが北朝鮮とその強き指導者に差し出した貢ぎ物として北朝鮮のプロパガンダでは脚色される。・・・
・・・米国人達がその善意と寛大さを示そうとしてとった行動は、ことごとく北朝鮮のメディアによって米国人達の怯懦と弱さの光景として解釈された。・・・」
「・・・北朝鮮のメディアは、2000年に夥しい贈答用現金を持って北朝鮮を訪問した韓国の金大中大統領に対して若干の親切な言葉を用いはしたけれど、北朝鮮のいくつかの小説は、彼を病理的な二心を抱く人物(double-dealer)として嘲笑した。・・・」(C)
「<北朝鮮の>新しい神話によれば、韓国は比較的うまくやっているけれど、人々は極めて不幸であるとされている。
純粋で精神的な生き物たる真の朝鮮人には、韓国の地は外国の支配的プレゼンスによって汚染されてきたように映るはずだ。
だから当然、彼等<韓国人>の夢は、賢明なる指導者の存在のおかげで典型的な朝鮮精神を維持しているところの北の兄弟達と再統一されることであるはずだ、というわけだ。
韓国人は毎日白米を食べているかもしれないが、北朝鮮のある小説から引用すれば、「米国兵士達の軍靴で青黒い痣ができるほど蹴られて傷だらけにされ、あるいは米国の下水がしみ通って朽ち果てつつあるところの、米国の売春婦に落ちぶれた」地に彼等<韓国人>は住んでいるのだから、<そんな人々を>うらやましく思ってはならないというのだ。・・・」(C)
「米国からであろうとその他の国からであろうと、人道援助は、劣った国からの賠償ないしは過去の不行跡の賠償であると説明されてしまう。
2008年のニューヨークフィルの北朝鮮訪問<(コラム#3659)>は、北朝鮮の体制への敬意のジェスチャーであると描写された。・・・」(F)
「・・・金<正日は、>本質的には、そして決定的なことに、女性的な軍事指導者として描<かれている。>・・・
そうマイヤーズ氏は記し、金氏についての「我々は彼の乳房から離れて生きることはできない」といった公的スローガンを引用する。
家父長的当局たる人物の欠如は、「人々から反乱の対象となるものを奪うことで体制が安定を維持することを助けてきたのかもしれない」と彼は言う。・・・」(G)
→このくだりは、事実そうなのだろうと思わせるものがあります。(太田)
(5)マイヤーズ批判
「・・・人種的傲慢さとナショナリズムのヒステリーは、極めて憎むべき諸体制にとっての強力な凝集剤であり、欧州や米国の人々は思い当たる節があるはずだ(Europeans and Americans have good reason to remember)。」(A)
→微妙な言い回しながら、このように書いた書評子に敬意を表したいと思います。
私の言葉で言い直せば、この書評子は、これらが旧宗主国日本由来というよりは、欧州及び(アングロサクソンと欧州のキメラである)米国由来ではないか、と指摘しているのです。
私としても全く同感であり、これを更に露骨に言わせてもらえば、北朝鮮の金王朝は、欧州独特の民主主義独裁及び人種主義的帝国主義のカリカチュア的極限形態なのです。
ついでに言えば、欧州の民主主義独裁の原型であるナショナリズムは、もともとは先進国イギリスに対する劣等感を観念の上で克服しつつ「民族(nation)」を特定の権力の下に結集させるためのイデオロギーだったのであり、北朝鮮のナショナリズムは、フランスやとりわけドイツのそれの直系なのです。(太田)
「・・・次第に公的プロパガンダをうさんくさく思うようになってきているまつろわぬ<北朝鮮>民衆<に思いを致す時、>「人々が金正日を支持していると言うのは甚だしい誇張だ。」・・・「そうではなく、単に彼等は金に反対するという発想がないのだ。」
北朝鮮の人々は、生き延びることに忙しすぎる上、米国との間で生起することになっている大変な紛争という緊張に心を奪われてもおり、それ以外のことをほとんど考える余裕がないのだ。・・・
金体制の本質は<北朝鮮の>人々を人質にとっている点にある。」・・・そして・・・遺憾ながら、「米国は、この人質の運命よりも人質をとっている奴の持っている大量破壊兵器の方にはるかに関心を抱いているのだ。」・・・」(G)
→このくだりは、直接マイヤーズ(の本)に向けられたコメントではありませんが、これらについても、私は全く同感です。(太田)
3 終わりに
マイヤーズのこの本も結構米国では高い評価を受けています。
米国人って、昔も今も、自分達以外の世界が碌に理解できていないくせにすぐ分かったつもりになるという、まことに困った人々ですね。
(完)
北朝鮮論をめぐって(その3)
- 公開日: