太田述正コラム#3990(2010.5.5)
<人間主義を訴える英国女性(その1)>(2010.6.6公開)
1 始めに
 イギリス人のスー・ガーハート(Sue Gerhardt)が ‘The Selfish Society: How We All Forgot to Love One Another and Made Money Instead’ を上梓しました。
 この本をファイナンシャルタイムスとガーディアンが書評で取り上げたということは、太田コラムでも取り上げるに値する、と踏んでまず間違いはないでしょう。
 第一、そのタイトルからして人間主義志向であることは明らかですしね。
 
A:http://www.ft.com/cms/s/2/83e84ce8-4b73-11df-9db6-00144feab49a.html
(4月20日アクセス)(書評)
B:http://bookhugger.co.uk/2010/04/sue-gerhardt-on-how-we-all-forgot-to-love-one-another-and-made-money-instead/
(5月4日アクセス)(著者による解説)
C:http://www.guardian.co.uk/books/2010/apr/18/selfish-society-sue-gerhardt
(同上)(書評。以下同じ)
D:http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/books/reviews/the-selfish-society-by-sue-gerhardt-1938297.html
(同上)
 なお、ガーハートは、開業している、女性精神療法士(psychotherapist)です。(A)
2 ガーハートの主張
 (1)総括
 「・・・ガーハートは、個人主義の興隆が啓蒙主義の道徳的判断のパラダイムに挑戦していることを検証する・・・
 彼女は、資本主義的信条たる自給自足から「道徳性に関する発展的見解」に立脚した「気配りの倫理(ethics of care)」へ、という文化的転換を擁護する。・・・」(A)
→前段は、いかにもアマチュアらしい概念の混乱が見られますが、後段は大変結構ではないでしょうか。
 なお、概念の混乱とは、イギリスは最初から個人主義だったはずですし、啓蒙主義をイギリス人はどちらかと言うとうさんくさいものと見てきたはずだからです。(太田)
 (2)ガーハートかく語りき
 「・・・私は、現代心理学と神経科学は、単に我々の私的な諸問題や我々の消費習慣だけでなく、我々の公的生活にも光を投げかけることができる、と示唆するものだ。・・・
 私にとっては、現在、我々が取り組まなければならない真の諸問題とは、いかに我々が、これまでの物質主義と短期的思考への病的執着から解き放たれるか、そして、維持可能で相互に協力的な未来を創造するか、に係るものだ。・・・
 産業資本主義<社会において、>・・・私が見出したものは、現代生活におけるより巨大な物質的利得と大きな個人的自由の見返りとしての、より集団的な生活様式と社会的集団への帰属感の喪失だ。・・・
 資本主義経済は、生産極大化のための非人間的で効率的なシステムであるとされているが、それは我々の<人間>関係も形作る。
 それは、利潤をあげるために我々に長時間働くよう求めたし、他人の感情的ニーズに応えるといった、非効率的で非利得的なものに我々の時間を割く選択を行うことを、より困難にした。
 無意識的に、我々は感情的かつ財政的に自給自足であることが良いことだ、というメッセージに晒され洗脳される。
 だから、集団的に、我々は毎日の<人間>関係よりも物質的安全<保障>を優先する。
 この手打ちは、資本主義の早期の段階ではそれだけの値打ちがあるもののように見えた。
 しかし、このトレードオフは、もはやうまく機能しない。
 なぜなら、それは、過去40年間の社会的・政治的変化によって深刻な挑戦を受けてきたからだ。
 この40年間は、社会的バランスを崩壊させた、濃密かつ中毒性の消費主義の数十年だった。
 それに加えて、女性というものは、<人間>関係を優先し家庭生活内の諸価値に気配りし続ける存在であるとする暗黙の合意が、女性が、1970年代から以降、次第に平等な条件下で仕事という男性的世界に進出することによって、感情的に幸福であった状態からバランスがどんどん崩壊し、そのような状態は失われてしまった。
 最も懸念されるのは、これらの変化が、子供達、とりわけ赤ん坊達に巨大な影響を与えたことだ。
 皆にとってのいつも仕事をして稼がなければならないとの至上命題が、多くの両親達を、自分達の赤ん坊と非常に小さい子供を非人間的な制度的ケアの利用へと追い立てた。
 しかし、・・・神経科学と発達心理学が極めてはっきりさせたことだが、最適な感情的発達は、初期のケアと感情に人間的関心を払うことに立脚しているのだ。
 赤ん坊やよちよち歩きの子供がこの魔法の処方を十分受けないと、彼等は、ストレスに対処できず、かつ、しばしば他者に非協力的で他者と関係を取り結ぶことが下手な子供になってしまう。
 十分発達しなかった「社会的脳」は、欲望充足(gratification)が延期された場合に対処すること、他者に真の関心を抱くこと、そして自己抑制すること、が困難となるのだ。
 自分達の緊密な関係相手から共感(empathy)を寄せられる経験をしなかった者達は、自己中心的なふるまいを超克することが困難となる。・・・
 ・・・初期の生活に根ざした自身についての強く安全な感覚が欠如していると、いかなる社会経済的背景を持った人々であれ、消費主義に目がくらみ易くなり、「何者か」になったつもりになりたいために、カネ、名声、あるいは権力を探し求めたり、落ち込みから逃げるためにヤク、食べ物、あるいはアルコール中毒になったりする。・・・
 私の処方箋は、(両親に育児専念手当(parenting wage)を2年間支給するといった)財政的支援や新しく子供を持った両親へのより大きな精神的支援という、初期の育児への手厚い投資だ。
 この本で私が示唆している最大のものは、新しい諸価値が求められている、ということだ。・・・」(B)
(続く)