太田述正コラム#3878(2010.3.10)
<『イリアス』をどう読むか(その2)>(2010.6.24公開)
キャロライン・アレクサンダーの立論は巧みだ。
『イリアス』は、しばしば主張されるような、戦争の賛美などではない。
そうではなくて、それは、アカイア人(ミケーネ(Mycenae)のギリシャ人)と(ヒッタイト(Hittites)系の印欧族である可能性が高いところの、)トロイ人との間の戦闘の悲しい記述なのだ。
考古学上の証拠に拠ると、古のトロイに対する包囲戦は紀元前1250年前後に起こった。
<『イリアス』という、>ホメロスによる素晴らしい創造物は、様々な口承をもとに、紀元前750年から700年の間に執筆された。
ホメロスは戦争経験についての時代を超越した諸問題を提起したことを、アレクサンダーは示唆する。
戦士は、軍隊の司令官に挑戦することが正当化されることがありうるのか、自分自身が何の関わりもないと信じることのために死ぬ用意がなければならないのか、仮に彼が「自分の命を自分の国に捧げる」としたら、それは他の、自分の家族やコミュニティーに対する諸義務を放擲したことになるのだろうか、そもそも破滅的な戦争が起きることが赦されるのはどうしてなのか、どうやったらそんな戦争を終わらせることができるのだろうか。・・・
アキレウスは、全アカイア人の集会において、無能なミケーネ王アガメムノーンの指導力に公然と挑戦した。
彼を説得するために使節が派遣されたにもかかわらず、アキレウスは、自分の戦闘部隊たるミルミドネス(Myrmidons<=Myrmidones
http://en.wikipedia.org/wiki/Myrmidons (太田)
>)を引き連れて、撤収し、テッサリア(Thessaly
http://en.wikipedia.org/wiki/Thessaly (太田)
)に戻ろうとした。・・・」(D)
(3)この説への批判
アレクサンダーは、彼女の「戦争なんて意味があるのか」という点を説明すべく骨折って前進する。
しかし、完全に説得力があるようには思えない。・・・」(E)
「彼女は、『イリアス』を踏まえ、戦争はひどいものであって、できる限り回避されるべきであると推断する。
しかし、これはホメロスの立論ではない。
『イリアス』から平和主義を導き出すのは不死を導き出すのと同じくらい無理がある。
戦争と死は人間にとってつきものだ(define the human condition)。
どちらも悪いことだが、どちらから逃れることもできない。」(F)
「・・・アキレウスを理想的な指揮官で、社会秩序の大まじめな理論的批判者で、極めて眉唾ものだが調停者(peacemaker)である、と言うために、アレクサンダーは、彼の人間的諸欠陥と彼の不穏なる黒天使的諸側面を軽視する。・・・」(A)
「・・・紀元前5世紀に、歴史家のヘロドトス(Herodotus<。BC484?~425?年>)は、「トロイ人達の徹底的な破滅と彼等の絶滅は、ひどい諸犯罪が、神々のご加護のおかげで、いかに常にひどい復讐をもたらすかを人類に指し示すことに役立った。」と結論づけた。
しかし、別の所では、彼は全く反対の見解を述べている。
すなわち、ヘレネーの略奪など犯罪の名に値しないのであって、それへのギリシャの対応は異様なほど権衡を失していると。
これが意味するところは、実は極めて悩ましいことなのだ。
つまり、トロイの破壊は、神聖なる秩序の働きを指し示すどころか、冷たく、<人間のことなど>気にしていない宇宙を反映しているという・・。
「どうして我々は神々に向かって叫ばなきゃならないの。私はずっと彼等に声をあげてきたけれど、彼等は聴いてくれなかったのに」というのが、悲劇『トロイの女達』の中で悲劇作家のユーリピデス(Euripides<。480?~426年>)が斃れしトロイの女王の口から言わせた疑問だった。・・・
まさに『イリアス』は、彼女が主張するように、「戦争による破壊の口寄せ(evocation)」なのだが、同時に、それは、屠殺がもたらす喜びの感覚の継起的共犯者でもあるのだ。・・・」(C)
3 終わりに
何と言うことはない、古今東西、女性には「ハト」派が多いけれども、キャロライン・アレクサンダーもまたそうであった、ということなのでしょうね。
戦後日本人は、女性のみならず、(女性化したということとあいまって、)男性まで、多くが「ハト」派になってしまったわけです。
しかしながら、世界の人々の多く、そして世界の男性の男性の大部分、は「タカ」派であるということを忘れないで欲しいものです。
以下、おまけです。
ラテン文学の最高傑作とされるローマ人ウェルギリウス(Publius Vergilius Maro=Virgil。BC70~19年
http://en.wikipedia.org/wiki/Virgil
)作の叙事詩『アエネーイス(Aeneis)』は、『イリアス』及びその続編たる『オデュッセイア』の続編的要素と換骨奪胎的要素からなる作品です。
『イリアス』に登場するトロイア勢の英雄アエネーイスが、トロイア陥落後、放浪の末、カルタゴの女王ディドー(Dido)(コラム#2789、3269)との悲恋を経て、新天地イタリアにたどり着くという筋で、最後にアウグストゥスの治めるローマの栄光が予言として歌い上げられます。
ちなみに、アウグストゥスの属したユリウス氏族はアエネアースの子孫を称していました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%82%B9
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A8%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%82%B9
(完)
『イリアス』をどう読むか(その2)
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