太田述正コラム#3896(2010.3.19)
<科学と自由民主主義(その2)>(2010.7.10公開)
「・・・ガリレオは、1608年から1609年にかけて、観察を行い、望遠鏡を通じて彼が見たことについての最初の本を出版したが、アリストテレスとユードクサス(Eudoxus)によって発明され、最も悲しむべき宗教的当局たるローマカトリック教会によって聖なる場所に奉られたところの、権威ある宇宙観を否定した。・・・
・・・<ほぼ時を同じくして、>ドイツで、1609年と1610年に<この種の>科学的発見を報じるために新聞が次から次へと創刊された。・・・
啓蒙主義は、通常1688年のイギリスにおける名誉革命に始まるとされる。
私は、時計をその一年前のアイザック・ニュートンの『プリンキピア』の出版からから時を刻ませることをお奨めしたい。・・・
私の<この>本の中で、私は、ロックのニュートンとの友情、及び、いかにニュートンが人々が考える以上に政治的な人物であったか、について語っている。・・・」(E)
「・・・歴史教科書での通常の説明では、ルネッサンスが科学革命を引き起こし、啓蒙主義への道を準備したということになっているが、それでは主要な因果関係を見逃してしまう。
民主主義的ガバナンスと個人的諸権利は、何らかの無定型な「人間(にんげん)主義的思考と科学的思考の醸造」から出現したのではない、と彼は主張する。
それらは、枢要な「革新的成分」であって「今日においても政治的自由を助長し続けている」ところの、科学それ自体によって「点火された」というのだ。・・・
ジョン・ロックは、単に、社会契約と自然諸権の最も雄弁なる哲学的擁護者であったのではない。
彼は、17世紀のオックスフォード大学において出現しつつあった科学的文化の活発な一員であったのであり、彼の親しい人物にはアイザック・ニュートンがいた。
ニュートンもまた、<ロック同様、>急進的なホイッグ(Whig)であって、国王のやり過ぎに抵抗する議会を支援したのだ。・・・
フェリスが認識しているように、自由なる近代的原理の一見抵抗しがたい普及は、その多くを近代産業民主主義が、一般的繁栄、健康、及び娯楽(diversion)に係る諸財を生み出す能力に負っている。
科学的見地の実際的な側面たる発明と革新・・ワットとその蒸気機関、モースとその電信、エジソンとその電灯、等々・・は、止むことなく生まれ続け、かかる時間と労力を節約する諸改善の人間にとっての便益は、自由市場を通じ、つっかえつっかえながらも、劇的に増大して行った。
アダム・スミスの特異なる洞察は、富の創造と物質的安楽物の製造は、「個人が自由に投資し革新することが許されれば無限に増加する」のではないかということを認識したことだ、とフェリスは記す。・・・
<他方、>彼には、ルソー、マルクス、そしてハイデッガーを嘲り、彼等にX印をつける傾向が見られる。・・・」(B)
(3)お国自慢
「・・・フェリスは、科学及び科学的思考傾向、とりわけ、他の知の手段に比しての経験主義的証拠の優位、は、反専制的、自己矯正的側面が、米国の建国の父達、及び米国以外の民主主義の初期の擁護者達、に大いに影響を与えたということを説得力ある形で展開する。
このことは、ジェファーソンとフランクリンについては広く知られている。
しかし、フェリスは、(その考え方が文字通り「科学に晒されたことによって生起した」と思われる)トマス・ペインや、(その「経験を通じる学習と生涯にわたる科学的好奇心という頑健な経験主義的習慣」を身につけた)ジョージ・ワシントンといった驚くべき事例にも焦点をあてる。・・・
フェリスが我々にとってお馴染みの分野を扱う時でも、彼の物の見方は愉快であり、米独立革命の理性への訴えと、フランス革命の暴虐、ヒステリーと恐怖・・フェリスはそれを、大方、ルソーの反科学的、妄想的、「事実に即さない思想(fact-free thought)」に帰せしめる・・、と<いう二つのもの>の間の巨大なる概念的分水嶺についての彼の生き生きとした説明だけでもこの本を読む意義はある。・・・」(A)
「・・・彼は、例えば、ジョージ・ワシントンとトマス・ペインがある夜、ニュージャージーの小川を舟で下っていた時、沼気(swamp gas)のもとが何であるかについての二人のそれぞれの説のどちらが正しいかを決めるため、水面に薬莢用厚紙(cartridge paper)を浮かべてそれに火をつけた、といった魅力的な挿話を紹介する。・・・」(B)
「・・・トマス・ジェファーソンやフランクリン達は、<米国という>新しい共和国を実験であると描写した。・・・」(E)
→アングロサクソンと欧州とを截然と区別しているところはまさにそうあるべきですが、米国を単純に前者に含めてしまっているところに、フェリスのお国自慢ぶりが伺え、笑えるけれど、同時に不快感を覚えます。
「フランス革命の暴虐、ヒステリーと恐怖・・・反科学的、妄想的、「事実に即さない思想(fact-free thought)」・・・」中の「フランス」を「米国」で置き換えても、完全に文章として成り立つことがお分かりか。(太田)
(続く)
科学と自由民主主義(その2)
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