太田述正コラム#4151(2010.7.25)
<皆さんとディスカッション(続x903)>
<太田>(ツイッターより)
 (コラム#4149に関し)熱心な読者諸公のおかげで常勤所員一人の総合研究所みたいになってきたな。
 ただ、一人だけじゃ、そろそろさばききれなくなってきた。
 どうすんべ。
<Bigshort08>(同上)
 近い将来、太田さんが実世界で本格的に弟子や助手を採ることになりそうです。
 バーチャル世界では、多くの読者が太田さんの弟子、と言って悪ければ、ボランティアみたいなものですが、さすがにこのモデルも限界に近付いたということでしょうか。
<太田>(同上)
 (コラム#3932に関し)バックと並ぶ対日「戦犯」のヘンリー・ルースについてのシリーズ(未公開)を昨夜完結させたところだけど、世界中のメディアの中で、恐らく初めて日本型経済体制に注目したのがルース率いるフォーチュン誌だった(防衛庁再生宣言234頁)のはイタイ。
<takahashi>(「たった一人の反乱」より)
≫ところで、支那や朝鮮半島の氏族と日本のウジの違いは、私としては、後者はムラ(地域)との習合体であるところに求めたらどうかと考えている。≪(コラム#4149。太田)
 なるほど、さすが太田さんだな。これ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%AD%97
を見るかぎり、日本のウジは地域との結びつきを強く感じさせる。 ウジ≒ムラ
 <シナの姓について、下掲も読んでみた。> ・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E5%A7%93
 シナは激動かつ、多民族の歴史だから、幅が広いな。
 シナにも出身地を示す姓はあるが、シナには基本的に農業の形態が理由で共同体は存在しない。
 血族である氏族、宗族のみがあるのだろう。
 <次に朝鮮の姓についてだ。>
 上代では新羅の王族は姓が一定していない。初代赫居世(ヒョッコセ)居西干は朴、4代脱解(タレ)尼師今は昔、13代味鄒尼師今は金となっており、朴氏・昔氏・金氏の3姓の王系がそれぞれ始祖説話を持っている。
 「武烈王・・・即位後唐と結んだ新羅は唐の援軍と共に金�捨信に軍を率いさせ、百済に進軍。
 660年に百済を滅ぼし、663年に白<村江で倭国の水軍を破り、668年に高句麗を滅亡させ、・・・朝鮮半島をほぼ統一することに>成功した。これ以後を日本では統一新羅時代と呼んでいる。
 半島統一後、唐に対して謝罪外交をする一方、引き続き唐との小競り合いが続いたので関係は緊張し続け、北境に長城を築くなどして唐に<対抗した。>」
 <しかし、「唐の影響は非常に大きく、>先祖伝来の姓や従来的な名もまた、全て中華風に改められている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%BE%85
 金 大中  (姓一文字 名二文字  唐時代の様式だな。) 
 上位6,7位までで全人口の7割ぐらいを占めている。
http://kajiritate-no-hangul.com/myouji.html
 ↑シナ人みたいな苗字ばかりだ。中華風なのだから当たり前ではある。
 <ちなみに、>朝鮮は地域対立で有名だが基本は中央集権志向で地方は収奪や搾取の対象でしかない。
http://blog.goo.ne.jp/worldnote/e/006b2ccd4c06657340b8551c2c166a73
<δγγδ>(同上)
≫まず、ウジを縄文的と考えるゆえん(略)先祖崇拝(略)≪(コラム#4149。太田)
 先祖崇拝と血族集団であることは別だと思うんだけどなぁ。
 もう一度<「氏」「氏姓制度」に係るウィキペディア↓を読んで欲しい。>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%8F
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%8F%E5%A7%93%E5%88%B6%E5%BA%A6
 朝廷が中国大陸(弥生)のシステムを模倣する形で支配し易くするために氏姓制度を整えた経緯からしてウジは弥生的ではないだろうか?
 そもそも氏姓制度が無い以前の日本の一般庶民は名前しかなくまたお墓もなかった。
http://www.nichiren.com/jp/special_topic/special_topic05/st05_4.html
→これ↑、創価学会系のサイトじゃん。しかも、典拠が出てこない。信頼性ゼロ。(太田)
 つまり、朝廷により氏姓制度が制定される以前の日本には血族的な結合を確かめるのに必要な装置が存在していない。
 「氏の呼称は自己の属する血縁集団に基づいて名乗るものであり、婚姻によって本来所属していた家族集団とは違う氏に属する家族集団に移ったとしても氏を変えることはなかった。」<(「氏」のウィキ)>なんて中韓の宗族そのものじゃん。
→「1876年の太政官指令では、・・・平民<も>・・・武士の・・・夫婦別氏の慣行に従うべきこととした。」(同上)ともある。家父長制ってのは本来そういうもんさ。何度も言ってるように、貴族も武士も弥生人、とりわけ武士は歴とした弥生人なんよ。(太田)
 しかし、日本の一般庶民の感覚(つまり縄文人の感覚?)からしてピンとこないんだがなあ。(つまり、自分が氏姓制度が自然な制度だと思えないという意味だが)
 だからこそ、養子による家督相続なんていう制度が何の抵抗も無く庶民に受け入れられたように思う。
→ちゃうちゃう。弥生人こそ、メリトクラシー志向だから、アタマが良くて腕っ節も強い男を後継者に据えることが可能な仕組みがなきゃ困るんよ。(太田)
 「10世紀には、地方豪族で実力を蓄えた者は、有力な貴族の家人となり、その氏姓を侵すようにさえなり、いわゆる冒名仮蔭(ぼうめいかいん)の現象が一般化した。そのため、天下の氏姓は、源・平・藤・橘か、紀、菅原、大江、中原、坂上、賀茂、小野、惟宗(これむね)、清原などに集中されるようになった。」<(「氏姓制度」のウィキ)>なんてのも氏姓制度が上から押し付けられたものだから、こういう風に形骸化したんだろう。
→(広義の)律令制は、時代の進展とともにすべて形骸化したの。ただそれだけのことさ。(太田)
<太田>
>先祖崇拝と血族集団であることは別だと思うんだけどなぁ
 そうかねえ。ここは、絶対に典拠が欲しいところだな。
<γγδδ>(同上)
 日本における氏名の変遷の由来について。
http://sicambre.at.webry.info/200802/article_7.html
 ↑なぜ日本人がイエを大切にしてきたか、わかる。
 夫婦同姓は何も明治期にドイツをまねたものじゃない。
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji36-02.html
 それに、イエ単位の戸籍は、檀家制度の頃から続いてる。届け先が寺か役所かの違いだ。
 だから、夫婦別姓にしてしまうと、伝統的風景が一変する。
 もちろん、夫婦別姓派は、最終的に戸籍解体を狙ってるけどね。
<太田>
>夫婦同姓は何も明治期にドイツをまねたものじゃない。
 とも言い切れないんじゃないかい?↓
 「不平等条約の解消の一環として民法典の編纂がその頃始まったが、当時のヨーロッパ法(フランス法とドイツ法が参考にされたが、フランス法は夫婦別氏、ドイツ法が夫婦同氏である)を参考にし、夫婦単位で妻が夫の氏を名乗る夫婦同氏制が草案の段階で採用され、1890年に公布された旧民法においても、妻が夫の家の氏を用いるとする夫婦同氏の制度が正式に採用されることになる(この旧民法において、法令上は「氏」で呼称が統一される)。
 このように同氏とする旧民法に対しては、日本<(=武家(太田))>伝統の家父長制度を否定するものだとする反対論(いわゆる民法典論争)により施行されなかったが、夫婦単位ではなく家単位とすることで妥協が図られ、改めて現行民法が制定・公布され1898年に施行された。」(「氏」のウィキ)
>イエ単位の戸籍は、檀家制度の頃から続いてる。届け先が寺か役所かの違いだ。
 それは男性に関してであり、女性に関しては、あなたの引用したサイトの記述に照らしてもビミョーだよ。↓
 「苗字については、女性が苗字を称することは稀だったものの、潜在的には未婚女性は父親と同苗字、既婚女性は夫と同苗字と考えられます(坂田「百姓の家と村」P30)。・・・家制度の定着以降の日本においては、結婚は家と家との結びつきであり、嫁入りというように、嫁は夫の家に入るものとされますから、既婚女性は潜在的には夫と同苗字である、との推測は妥当なところだと思われます。」
http://sicambre.at.webry.info/200802/article_7.html
 弥生モードをそう簡単に切り捨てないで欲しいな。
<takahashi>
 <δγγδサンの言うように、>ウジは基本的にシナ由来で弥生的であることは、間違いない。
 俺はウジが日本に入って日本化(縄文化)したと捉えている。
 シナ・朝鮮 ウジ=血族
 日本    ウジ=血族+共同体
 こんな感じかな。だから、日本にもシナ・朝鮮的要素はある。
 だが、共同体は血を越えた関係であり、運命共同体だ。
 これが理由で日本はアジアで最初に近代化できたのだろう。
 <また、δγγδサンの言ったことに関連してだが、>夫婦別姓派は中韓が基本的に父系社会であることを知らんか、意図的に無視してるか、どちらかのような気もする。
 基本的に夫婦別姓の社会になろうと、女性の社会進出が進まないと意味がないと思う。
 女性が働ける環境を整備したほうが得策だと思うな。
<γγδδ>(同上)
 <takahashiサンがコラム#4149で紹介した、シナの寒村について>のTV番組は私も見ましたが、中国には村落共同体というものの相互扶助関係というのが感じられず、よい井戸を掘り当てたものが富、悪い井戸を掘り当てたものがよい井戸を持っている家に水を買いに行っていましたよね。
 すごい風景でした。
<takahashi>
 やっぱり、あの番組、見た人がいたんですね。
 日本の過疎地でも、あんな相互扶助なしの光景はないですね。
 10軒足らずの村なのに、回覧板もないんでしょうね。
≫日本の一定規模以上の共同体は、基本的に、イエ(弥生)原理ではなく、ウジ≒ムラ(縄文)原理で動いてきた。 日本型経済体制下の官僚機構や大企業もそうだ。 しかし、ウジ≒ムラ原理じゃ、有事に対処できない。≪(コラム#4149。太田)
 自動車産業は基本的に競争相手も少なく、基本的な方向性がある。
 モデルチェンジしても車の値段はあまり変わらん。
 ウジ≒ムラ原理でも基本的に通用する。
 エレクトロニクス産業は、ここ10年あまりで激変、デジタル化、ファブレスメーカーの誕生、サムスン、アップル、ノキアの台頭、技術の多様化等、変動要因が多すぎる。
 こんな業界じゃあ、ウジ≒ムラ原理は通用せんのだろうな。
 007年になって、半導体の微細化神話に陰りが見え始めた。そのため、当時、半導体売上高世界第3位の米国テキサス・インスツルメンツ(TI)が、最小加工線幅32ナノメートル以降の微細化の自主開発を行わないと発表した。
 この発表を聞いて、多くの日本半導体メーカーは大混乱に陥ったという。
 その理由は、「世界第3の半導体メーカーが微細化を行わないというのだ。自分たちは一体どうしたらいいんだ?」ということだという。
 筆者は、正直言って驚いた。TIの発表に驚いたのではない。その発表を聞いて混乱したという日本半導体メーカーに驚いたのだ。微細化するかしないかというのは、半導体ビジネスにおける1つの戦略に過ぎない。TIは、SoCの開発において、微細化の自社開発は得策ではないと判断したのである。TIの発表を聞いて混乱した日本半導体メーカーの経営者は、何を基準に、経営判断をしているのだろうか? 
 以上のようなエピソードから透けて見えてくる日本半導体メーカーの2つ目の病気とは、「自分で決断できないこと」、および「横並び思想」である。
 このような病気に冒された経営者が、まともに会社を経営できるとは、筆者には思えない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4008?page=2
 日本のエレクトロニクス産業の未来は暗いな。
 半導体業界というべきかな。
 エルピーダの弥生人、坂本社長に期待するしかないな。・・・
<γγδδ>(同上)
>やっぱり、あの番組、見た人がいたんですね。 日本の過疎地でも、あんな相互扶助なしの光景はないですね。 10軒足らずの村なのに、回覧板もないんでしょうね。
 なにか殺伐とした、荒涼とした風景の村でした。
 私の日本の村理解はきだみのるの「気違い部落周游紀行」「にっぽん部落」が基本でしたので驚きでした。
 きだの著作でも驚きでしたけど、中国の村は想像外というところでしょうか。
<takahashi>
 あれだけ、荒涼とした村で協力することが何もないというのは異様としかいいようがないですね。
 私の村理解は自分の田舎です。中国の村は生産手段の協調、協力がまったくないのでしょう。
 韓国人は日本の伝統的な祭りをみて、驚くらしいですね。
 韓国の村も日本とは違うんでしょう。
 「韓国には日本のお祭りのように町ぐるみで何かを共同でやる習慣がないです。」
http://www.aisf.or.jp/AnnualReport98/P29806La.htm
<γδδγ>
 中東あたりも同じ。
 各個人が掘った井戸がそれぞれの所有物。
 別のTV番組でやってて悪質な水の井戸を掘った家族の苦悩が描かれていた。
<太田>
 takahashiサンもγδδγサンも番組名か少なくとも放送局名くらいは書いてくれなきゃ。
<ΕΕΓΓ>(同上)
 ドイツ連邦共和国の外国人評議会」について-エアフルト市の事例を中心に-
http://bit.ly/dylSWg
 ドイツは40年以上EU以外の「外国人に参政権を与えていない」。このシステムで機能させてる。
<takahashi>
 日本に多い定住外国人は、中韓人だ。このうち、所謂、在日といわれる人は外国人としての自覚がない人が多い。
 外国でトラぶると、日本領事館に駆け込む人が多いと言われてる。
 逆に外国人としての自覚がある人間は民団に代表されるような反日が多い。
 どちらも、日本人と同格の権利がないと差別じゃないかと思っている人が多いんじゃないかな。
 日本語しかしゃべれず、日本が好きで帰化したいが、親族に反対される人も多いようなので同情する余地はあると思う。
 しかし、本国の徴兵にも応じず、日本を防衛する義務も生じないというのは問題であり、卑怯者でしかないとおもう。厳しい言い方だが、ここは譲れない。
 中国人は基本的に本国で参政権をもってないのだから、話にならんと思う。
 それにしても、中韓、どちらも本国での参政権を要求しないのだから変な話だ。
<太田>
 私が、徴兵制がらみで、国政参政権と地方参政権とを区別してることはご存じですよね。
<FUKO>
 –保護国の定義–
 べじたんさんと太田さん、どうもありがとうございました。
<太田>
 それでは、記事の紹介です。
 産経、いまだに吉田ドクトリン墨守を続けたいのかね。↓
 「・・・日本軍の仏印進駐を受け、米英蘭は日本の在外資産を凍結し、鉄、石油はすべて日本に輸出しないとの強硬措置をとった。・・・
 ・・・事前に、経済制裁の実施を予想した人物<は>軍、外務省にほとんどいなかった・・・(村田良平『何処へ行くのか、この国は』)。・・・
 辰巳<栄一駐英武官>は、重光<葵駐英大使>が一時帰国したうえで、「対英米戦争など考えないよう意見を直接申し上げたらいかがでしょう」と提案した。これに重光も同意した。・・・<ところが、重光はそうしなかった。>・・・
 辰巳栄一の重光観は厳しい。
 「英米と戦争をしたら絶対いかんと反対しながら、帰国すると東条内閣の、まず中華大使になり、外務大臣になっている」
 辰巳は反骨の前駐英大使、吉田茂が対英米戦争の回避に徹していた姿と対比していた。・・・」
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100725/acd1007250846006-n1.htm
 私が何を言いたいのか、分かった方は投稿を!
 むしろ、この官房長官談話に則り、米国と共同開発・生産した武器に限らず、武器輸出全体を解禁すべきだろうが。↓
 「迎撃ミサイル、第三国輸出容認へ 米要請受け政府・・・
  迎撃ミサイルの共同開発・生産で、政府は2005年、武器輸出三原則の適用対象から外して対米供与に限り容認。これに先立つ官房長官談話で、第三国への輸出について(1)日米安保体制の効果的な運用に寄与する(2)日本の安全保障に資する―との観点から「厳格な管理を行う前提で武器輸出三原則によらない」とした。この談話に沿い三原則の例外とする方向だ。・・・」
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2010072401000549.html
 日本軍がインドネシアでやったというこの話が本当だとすれば、731部隊並み、あるいはそれ以上にひどい話だ。↓
 ・・・Achmad Mochtar・・・’s beheading by Japanese troops in 1945. At the time he led Jakarta’s Eijkman Institute of medical research, which was accused of poisoning hundreds of Indonesian forced labourers working for the Japanese.
 In fact, the deaths were the result of a medical experiment carried out by Japanese military authorities that went wrong, Baird has discovered. The workers were given a trial tetanus vaccine, made by Japanese doctors, before it was given to Japanese soldiers and airmen. The vaccine failed, however, and an estimated 900 workers died.
 To cover up, Japan blamed Mochtar and the staff of the Eijkman – which had been involved in parallel vaccine work – and arrested them in October 1944. They were beaten, burned and electrocuted. One of them died.
Then the Japanese abruptly released the institute staff – except Mochtar, who was later beheaded and his body crushed by a steamroller before his remains were buried in a communal grave. Baird has discovered that Mochtar had agreed to take the blame for the poisonings if his colleagues were released.・・・
http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/25/achmad-mochtar-scientist-heroic-sacrifice
 米国が行った様々な戦争の財政的、経済的、人的負担がグラフで一望できる。↓
http://www.nytimes.com/interactive/2010/07/25/weekinreview/25marsh.html
 その解説記事がこれ。↓
http://www.nytimes.com/2010/07/25/weekinreview/25bumiller.html?ref=world&pagewanted=print
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太田述正コラム#4152(2010.7.25)
<映画評論5:サルバドル/遥かなる日々(その6)>
→非公開