太田述正コラム#4062(2010.6.10)
<ジェームス・ワットをめぐって(その1)>(2010.10.7公開))
1 始めに
 このたび、米国人がジェームス・ワット(James Watt。1736~1819年)による蒸気機関の発明についての本を上梓しました。
 著述家のウィリアム・ロ-ゼン(William Rosen)の ‘The Most Powerful Idea in the World: A Story of Steam, Industry and Invention’ です。
 米国人による英国史の本と聞いただけで、私の関心は、どうしても、周辺的なこと・・米国人たるローゼンの英国理解の浅薄さや、彼による米国における発明に係る科学の紹介・・に向かってしまうがちなのですが、せっかくですので、ワットに係る英国における通説的説明をローゼンがなぞっている部分についても、ご参考までに併せてご披露したいと思います。
A:http://www.ft.com/cms/s/2/868129a0-6f65-11df-9f43-00144feabdc0.html
(6月6日アクセス)(書評。以下同じ)
B:http://www.popularscience.co.uk/reviews/rev538.htm
(6月10日アクセス。以下同じ)
C:http://archives.tcm.ie/businesspost/2010/05/30/story49463.asp
D:http://www.thenewatlantis.com/publications/the-most-useful-man-who-ever-lived
(著者によるこの本の予告)
2 発明に係る科学
 
 まずは、ローゼンによる、米国における発明に係る科学の紹介に耳を傾けましょう。
 「・・・「全科学は、物理学か切手収集のどちらかだ」と・・・言ったのはラザフォード(<Ernest >Rutherford<。1871~1937年。ニュージーランド生まれの英国人化学者・物理学者
http://en.wikipedia.org/wiki/Ernest_Rutherford (太田)
>)だ<が、発明は、物理学の方の科学に関わる営みだ。>・・・」(B)
 「・・・発明に至る順序は以下のとおり。・・・
 第一に、充足されていないニーズに気づくこと。
 第二に、このニーズを充足させようとする既存の試みにおいて、矛盾していること、または欠けていることが何かを認識すること。これは、<いわゆる>「不完全なパターン(incomplete pattern)」<の認識と呼ばれるものだ。>
 第三に、このパターンにに係る突然のひらめき(all-at-once insight)だ。
 そして、最終的に、このひらめきが検証され、精緻化され、完全化する間における「批判的修正(critical revision)」のプロセスだ。
 しかし、発見と発明とはいかなるものかを研究しているすべての者が、第三の段階であるひらめきの決定的重要性を認識している。
 その挙げ句、それを発明それ自体とごっちゃにしてしまうことが再々だ。
 しかし、広汎かつ次第に多くなりつつある研究が示しているのは、ひらめきのフラッシュライト群への感受性は何千時間もの練習の関数であるということだ。
 それは、バスケットボールの試合、チェスの対局、或いは新種の蒸気機関の発明といった活動いかんに関わらず、非常に似ているように見えるところの練習だ。
 脳の神経細胞(neuron)が繰り返しによって、身体の筋肉と同じように「改善」するかどうかを考察することは意義がある。
 <実際、考察すると、>少なくともまさにそのように見える。
 神経細胞(nerve cell)の間の特定の連接は、練習によって強化されるのだ。・・・
 ・・・経験をすることによって、周期性アデノシン一リン酸塩(cyclic adenosine monophosphate)すなわちcAMPという蛋白質が生産されることで、文字通り神経細胞の化学的性質が変更されるのだ。
 このcAMP蛋白質は、今度は、神経細胞間のシナプスの反応を促進したり抑制したりするところの、連続する滝のような化学的変更(modification)を引き起こす。
 音楽の作品<の楽譜>を読んだり外国語の動詞を活用させたりするために、矩形ないしは視野の領域で脳が計算するたびに、神経細胞は科学的変化を起こし、同じ回路を再び<神経波が>伝うことをより容易にするのだ。
 <最近の研究は、>科学哲学者のマイケル・ポラニー(Michael Polanyi<。1891~1976年。ハンガリー生まれのユダヤ系英国人
http://en.wikipedia.org/wiki/Michael_Polanyi (太田)
>)が「暗黙知(tacit knowing)」と呼び、ジェームス・ワットが「推論の正しいモード(the correct modes of reasoning)」と呼んだところの連鎖を、繰り返しがいかに形成するかのヒントを与えてくれる。・・・
 <ひらめいた瞬間には、>・・・右脳の「感情的」半球のいくつかの部位、とりわけ前部上側頭回(the anterior superior temporal gyrus)、すなわちaSTGという単一スポット、に向けて血流がなだれ込む。
 ほとんどの「正常な(normal)」な脳の活動は、aSTGに血流が流れ込むのを抑制するように働いている。
 結局のところ、脳は、それをやっても安全であると感じる時、すなわち、脳がくつろいでいる時にのみ、最良の白昼夢を見るよう進化していることは明白だ。・・・
 ・・・<すなわち、>くつろぎのフェーズ(relaxation phase)が枢要なのだ。
 だからこそ、あれだけ多くのひらめきが暖かいシャワーを浴びている時、・・・または<ワットが蒸気機関を発明した場合のように、>グラスゴー・グリーン(Glasgow Green)を日曜日の散歩で何度か歩いた時に起こるのだ。・・・」(D)
(続く)