太田述正コラム#4066(2010.6.12)
<ジェームス・ワットをめぐって(その3)/米国の倨傲(補遺)>(2010.10.17公開)
4 産業「革命」はどうしてイギリスで起こったのか
「・・・歴史的疑問は、どうして<産業革命が>英国で起こったかだ。・・・
ローゼンは、ロケット号を、その2000年近く前、アレキサンドリアのヘロン(Heron of Alexandria<。10?~70年。プトレマイオス朝のエジプト居住のギリシャ人数学者・エンジニア
http://en.wikipedia.org/wiki/Hero_of_Alexandria (太田)
>)が初歩的な蒸気タービンを展示した時、から始まった様々な実験の最高潮と見る。
彼は、「ロケット号の頭をひねらせるところは、なぜそれがパリからツールーズへ、またはムンバイからベナレスへ、もしくは北京から漢口へではなく、マンチェスターからリヴァプールへ走行するために建造されたかだ」と記す。
<彼が行う>説明の多くはお馴染みの話だ。
浸水した鉱山はより効率的な排水設備が必要だったとか、プロテスタンティズムの性格を問うたり、エイブラハム・リンカーンの言葉を借りれば、「天才の炎に利害(interest)の燃料」を注いだところの英国の特許法とか・・。
米国人たるローゼンは、英語圏が最初に産業化に成功したのは、それが、科学エリート<による独占>を打ち壊し、彼等の秘密に熟練職人(craftsman)が預かれるようにしたところの「発明の性格(nature)の民主主義化」のおかげであると主張する。
<こうして、>新品種の人間が立ち現れてきた。
ジェームス・ワットやジョージ・スティーブンソンのような職人兼エンジニア兼企業家(artisan-engineer-entrepreneur)だ。・・・」(A)
「・・・18世紀に、とりわけ英国において、発明家の数がかくも劇的に増えたのはどうしてだろうか。・・・
ワット氏は、多くの偉大なる発明家達や「名無しの言兵衛」達同様、特定の戦略のリスクと便益とを注意深く秤量したからではなく、彼がそれに勝つことを夢見たからこそ、そのゲームに参加したのだ。・・・
彼は、当時における、最も著名でかつはっきり物を言ったところの、発明家達の法的・道徳的諸権利の擁護者であり、(自分自身のため、及び他者を支援するため、)何十回と裁判所に出廷した。・・・」(D)。
「ローゼンは、英国が、財産の諸観念の概念を確立し保護する点において他に例を見ない存在であったことを示す。
時代の主たるプレヤーは、イギリス最初の特許法を制定したエドワード・コーク(Edward Coke<。1552~1634年。イギリスの法律家・下院議員
http://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Coke (太田)
(コラム#519)>)、その『ニューアトランティス(New Atlantis)』が王立協会(Royal Society)の設立をもたらしたフランシス・ベーコン(Francis Bacon<。1561~1626年。イギリスの哲学者・政治家・科学者・法律家・法学者・著述家
http://en.wikipedia.org/wiki/Francis_Bacon (太田)
(コラム#46、1334、1467、1489)>)、そして、知的財産権の概念をはっきり表現したジョン・ロック(John Locke<。1632~1704年。イギリスの哲学者・医者
http://en.wikipedia.org/wiki/John_Locke (太田)
(コラム#883、1364、1787)>)だった。・・・」(C)
「・・・我々は、ワットを、そのひらめいた瞬間(eureka moment)に基づいて「人類史上の中で最も有用な男」として記憶しているだけでなく、彼が人類史上最も有用な男であるという評判に基づいて彼のひらめいた瞬間を記憶している。
文化は、それが尊敬するものになることを熱望するものだ。
18世紀の相当数の数の英国人がワットのような男達とその男達が代表していたものを尊敬していた。
彼等の数は本当に大勢だった。
だからこそ、英国の特許局(Patent Office)は、ワットがひらめいた瞬間の頃には年間20に満たない数の特許しか許可していなかったのに、ワットが亡くなった頃には、年間300に近い数の特許を許可するに至ったのだ。
尊敬と熱望こそが、人類史上最大の革新革命に点火したのだ。・・・」(D)
→以前(コラム#1489で)ご紹介した産業化に関する英国での通説を一歩も出ませんが、復習を兼ね、改めてご紹介しました。(太田)
5 終わりに
読者の皆さんは、イギリスの例外性と、それが、普遍的なもの、すなわち近代そのもの、としてイギリス以外の世界で受け止められるように至ったことに、改めて瞠目されたのではないでしょうか。
(完)
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<米国の倨傲(補遺)>
レスリー・ゲルブ(Leslie H. Gelb)による、ピーター・ベイナート(Peter Beinart)の ‘THE ICARUS SYNDROME A History of American Hubris’(コラム#4058、4060)の書評が出た
http://www.nytimes.com/2010/06/13/books/review/Gelb-t.html?ref=world&pagewanted=print
ので、その抜粋を掲げるとともに、私の簡単なコメントを付しておきます。
(英文を翻訳しなかったことをおわび申し上げます。)
・・・“the hubris of dominance,” an awkward phrase that he defines as “the belief that America could make itself master of every important region on earth.”・・・
→「支配の倨傲」の「定義」がこれではっきりしました。(太田)
Wilson’s misconceptions sprang as much from idealism as from reason ? the same sort of idealism that today leads to foolish dreams about softening Islamic extremists with understanding and love.
(以上、「理性の倨傲」の箇所への批判。(太田))
And while Johnson was seduced from time to time by toughness, that wasn’t the main explanation for the escalation of the war in Vietnam. The United States fought because of a conviction that Vietnam was in danger of becoming the first of many Asian dominoes to fall to Communism. Domestic politics reinforced this notion: losing would be seen as weakness and would cause the fall of the ultimate domino ? the White House. Johnson was driven less by hubris than by a sense of being trapped: he felt he couldn’t win and he couldn’t get out.
(以上、「力の倨傲」の箇所への批判。(太田))
As for Bush’s lunge into Iraq, he certainly believed he could vanquish a tin-horn dictator like Saddam Hussein. What drove him to battle, however, was a desire not simply to strut his power, but also to redress what he saw as his father’s greatest mistake, letting Hussein survive the Persian Gulf war of 1991. Even more, the invasion flowed from Bush’s view that Hussein was close to developing nuclear weapons. (It’s worth mentioning that most foreign policy experts, including Beinart and me, did not dissent from this line of thinking.) ・・・
(以上、「支配の倨傲」の箇所への批判。(太田))
→ベイナートの(恐らくはマーケティング的観点からの)キャッチコピー的な三題噺にネチネチと文句をつけているというところですね。(太田)
Yes, overconfidence can result in excess. Yet its roots rest in the can-do spirit of Americans, a virtue that has led to great ventures like NATO and the Marshall Plan.
Yes, ideology triggers bizarre commitments to bring democracy to countries run by corrupt and ineffective leaders. Yet American principles are also what drove Washington to prevent genocide in Bosnia and Kosovo, even as civilized Europeans averted their eyes. And yes, domestic politics have produced unconscionable losses in lives and treasure. Yet American democracy has always fixed itself and rebounded. So much of what is bad about the United States is the flip side of what is good about the United States. That is why America’s demons ? dogmatic principles, self-destructive politics and the arrogance of power ? can never be eliminated, only juggled by great leaders. ・・・
→自己批判的米国史観に対する必死の抗弁ですな。(太田)
ジェームス・ワットをめぐって(その3)/米国の倨傲(補遺)
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正直、腑に落ちない部分もありますが、丁寧に答えてくださったことには感謝しております。
さて、私の質問にばかり時間を取らせるわけにもいきませんので、今回は遠慮しようかと思いましたが、どうしても気になることなので、ついでにもう少し質問させてください。
アメリカの国益に叶う決定事項というのは、一体誰にどのような形で日本に伝えられるのでしょうか?
具体的に、言葉として伝令がおりるのか、それとも、それとなく遠まわしに「空気を読めよ!」と、暗黙のメッセージとして送られるのか、これまた、 幼稚な質問かも知れませんが、よろしければお答えください。
また、いい加減に日本の自立をアメリカが望んでいるのでしたら、それこそ、宗主国として日本を突き放したり、自衛権を行使させることぐらいは、たやすいはずでしょうが、それをしないのはなぜでしょう?もし、中国や北朝鮮の活動が、アメリカにとって大きく国益を損ねるような事態になれば、属国の日本の軍隊を使ってやっちまえ!という決定が下される日もあると考えてよろしいのでしょうか。
中共の対日レアアース禁輸をアメリカが怒るだろうよ、と太田さんが予測して、すぐにそのようになったことには、なんとなく少しだけこの国が属国であることが分かった気はしましたが。
話かわりますが、以前のブログで、鳩山・小沢の金銭問題について、米国は日本に諜報員をおいているのに対して、日本はカウンターを打つ機関もないのだから、スキャンダルの流布などで失脚させることぐらいはできるだろう、と書いておられたように記憶しております。
(私の質門の「自民党のお歴々の方たち」は日本語として誤りで「自民党のお歴々」が正ですね。)
それこそ、宗主国として日本を突き放したり、自衛権を行使させることぐらいは、たやすいはずでしょうが、それをしないのはなぜでしょう?>
これに対する答えは、もうしっか述べられていましたね。すみませんでした。よく読んだつもりでしたが。