太田述正コラム#4218(2010.8.27)
<どうしてイスラム教は堕落したのか(その1)>(2010.12.29公開)
1 始めに
 イスラム科学に黄金時代があり、ギリシャ哲学やギリシャ科学も、イスラム世界を通じて、初めて欧州やイギリスに継受されたというのに、どうしてそれ以降、イスラム世界が停滞してしまったのかが分からなかったは私だけではないと思いますが、このたび、この疑問に答えてくれる本が出現しました。
 ロバート・R・レイリー(Robert R Reilly)の ‘The Closing of the Muslim Mind: How Intellectual Suicide Created the Modern Islamist Crisis’ です。
 さっそく書評類をもとに、そのさわりをご説明し、私のコメントをつけることにしました。
A:http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/LH24Ak01.html
(書評。8月24日アクセス)
B:http://www.heritage.org/Events/2010/05/The-Closing-of-the-Muslim-Mind-How-Intellectual-Suicide-Created-the-Modern-Islamist-Crisis
(著者のインタビュー映像。ただし、そのカガミだけ参照。8月27日アクセス(以下同じ))
C:http://www.goddiscussion.com/26546/the-closing-of-the-muslim-mind-how-intellectual-suicide-created-the-modern-islamist/
(書評集)
D:http://dailycaller.com/2010/08/20/10-questions-with-the-closing-of-the-muslim-mind-author-robert-r-reilly/print/
(著者のインタビュー)
E:http://www.catholic.org/ae/books/review.php?id=37873
(同上)
 米国の元安全保障担当大統領補佐官のジョン・ポインデクスター(John Poindexter。1936年~。海軍中将を経て、レーガン政権の時にこの補佐官を務める。
http://en.wikipedia.org/wiki/John_Poindexter
)は、「この本は「詳細な研究に基づいており、…今日の国家安全保障の指導者達にとって必読書である」とまで言っているところです。(B)
 ちなみに、レイリーは、米外交評議会(American Foreign Policy Council)のシニア・フェローであり、WSJ、ワシントンポスト、リーダーズダイジェスト等に寄稿してきた人物であり、元ヴォイスオブアメリカの長であり、米国防大学で教鞭をとっていた時期があり、ホワイトハウスと国防長官事務局で勤務したことがあり、現在中東メディア研究所(Middle East Media Research Institute)の理事をしています。(B)
2 イスラム教の堕落
 (1)問題の所在
 「・・・20世紀において、戦争好きのイスラム教は、トルコで150万人のアルメニア人たるキリスト教徒を殺害した。
 どのイスラム国家でも、イスラム教以外の宗教について公の場で説教することは違法だ。この「違背行為」で有罪と認められた者全員に対して死刑が課される。・・・
 キリスト教のコプト派(Copt)は、エジプトの人口の約12%を占めるが、長らく慣習的差別及び公的差別の対象になってきた。
 例えば、大統領令なくしては教会を建てることも修理することもできない。
 コプト派は、安全保障上のリスクとみなされており、諜報や安全保障機関から排除されている。・・・」(C)
 「・・・国連の<2回にわたる>報告は、今日のアラブ世界が人間開発指数・・教育、保健、識字率、生産性、GDP、科学、特許数等々・・のすべてにおいて、サハラ以南のアフリカを除き、最低水準にあることを示した。
 スペインは、1年間だけで過去1000年間にアラブ世界が行ったよりも多くの本の翻訳を行っている。・・・」(D)
 「通信手段の爆発的発展により、・・・イスラム教徒達は彼等の状況が芳しくないことを見て取ることができる。
 そこで、彼等は、かつては偉大であったアラブ世界におけるイスラム文明がどん底近くにまで成り下がってしまったことについて、どのように説明しているのだろうか。・・・
 イスラム教徒の答えは、彼等が今日このような地位にあるのは神の道からはずれたからだ、というものだ。
 この人気ある見解によれば、イスラム世界が神の道へと回帰すれば、過去の栄光が復活するだろうというのだ。・・・」(E)
→ここまでであれば、自業自得であると我々は達観していることも不可能ではないわけですが、これから先はそうは行かなくなります。(太田)
 「・・・人々は、イスラム世界から出来するところの<イスラム教徒の>ふるまいに衝撃を受け恐れおののいている。
 それは、単にそれが暴力的であるからではない。
 それがほとんど説明不能だからだ。・・・
 何百万人ものイスラム教徒が聖戦は正しいと断言し、聖戦を支持している。
 イスラエル、米国、及び全ての非イスラム教徒に対する聖戦は、イスラムの人々の多数の世界観の中の重要な要素となっている。
 コーランは、「偶像崇拝者は、見つけ次第殺せ、…待ち伏せ攻撃せよ」(シューラ9)と命じる。
 アラビア語の辞書では、聖戦を「アラーの道において、アラーの大義のため、アラーの様々な敵と戦い、それを殺すこと」と定義している。・・・」
→このように、刃が我々に向けられてくるとなると放置するわけにはいかなくなります。(太田)
 「・・・<以上のような、>イスラム世界において「何がうまく行かなくなっているのか」という質問に対してはたくさんの答えが存在するけれど、現在に至るまで、誰もどうしてうまく行かなくなったのかについて、決定的な答えを提示した者がいなかった。・・・」(C)
→その答えを、ついにレイリーは提示できた、というのです。(太田)
(続く)