太田述正コラム#4523(2011.1.27)
<皆さんとディスカッション(続x1088)>
<太田>(ツイッターより)
(コラム#4521に関し)地球が縮小し、コミュニケーション手段が飛躍的に発達し、マスコミも発達し、国も地方も企業も人もみんなが「外交」に従事するようになった今日、外交官(外務省プロパー)の存在意義はもはや失われているのでは?
コラム#4519でのヒッチェンスのコラムは『英国王のスピーチ』の映画評だけど、どっちも落第生のジョージ6世(海兵)
<http://en.wikipedia.org/wiki/George_VI_of_the_United_Kingdom>
とチャーチル(陸士)のコンビっての面白いね。
前者の判断力が後者を上回ってたのはなぜか、等々。
<Fat Tail>
–資料提供:Robert Craigie Versus The Foreign Office–
こちら↓、既出でしたでしょうか。
The Pacific War Controversy in Britain: Sir Robert Craigie Versus The Foreign Office
http://www.tcd.ie/history/undergraduate/pdf/bwwii/jstorarticles/S%20Olu%20Agbi%20The%20Pacific%20War%20controversy%20in%20Britain%20-%20Sir%20Robert%20Craigie%20versus%20the%20Foreign%20Office.pdf
・読後感想
日本の外務省と同じく、英国のThe Foreign Officeも酷いもので、当時の英国の高官あるいは閣僚でまともだったのは、Robert Craigieとその考えを支持していたNeville Chamberlainくらいなものだった、という感を強く持ちました。
“…Neville Chamberlain, who thought highly of Craigie, wanted to give his ideas and proposal a trial.”
(P.498)
”the Prime Minister, Neville Chamberlain…shared Craigie’s view that the maintenance of British prestige in the Far East would depend on not antagonizing Japan.”
(P.506)
・・・
コラム#3794において、クレイギーの最終報告書に言及する形で、URLが紹介されていることは今確認致しました。
<太田>
お疲れ様でした。
チャーチルのようなアホがトップにいると、閣僚や外務省幹部もアホになる、というか、トップのご機嫌を損なわないようにふるまうようになる、ということなのでしょうね。
(ただし、閣僚にもリテルトン軍需相のような正論を吐く人がいたし、そもそも、クレイギーの報告書を、チャーチルと外相のイーデンの反対を押し切って回覧させた外務省幹部もいた(コラム#3794)ことを忘れてはいけません。)
いや、ほんまもんのトップであったジョージ6世(コラム#4519、及び上記)はまともだったようですがね。
英国王もまた、当時、既に君臨すれども統治せずにほとんどなっちゃってたことが残念です。
<NK>
さて、<昨日に引き続き、今度は>外務省、海軍、陸軍の中で最強力であった陸軍についてですが、陸軍が強力であったのは国内政治においてであって、外地における戦闘では海軍と五十歩百歩だと思います。
→帝国海軍は、その装備が質量共に米英に決して遜色がないレベルであったのにボロ負けしたのに、帝国陸軍は質量ともすぐ後であなたがおっしゃるような状況で、ソ連と五分にわたりあえたのですから、大したものです。(太田)
確かにノモンハンでは当初伝えられたような完敗ではなく、善戦であったという説も最近は出ていますが、第一次大戦を戦わなかったので、戦車、装甲車、機関銃、航空機など第一次大戦で現れた兵器の採用や活用では大きく遅れていました。
→陸軍は、張鼓峰では勝利、ノモンハンでは奇襲を受けたにも拘わらず、5分に近いところまで盛り返して停戦に至っています。(コラム#3774、3776、3778、3780、3782)
立派なものですよ。
また、「第一次大戦を戦わなかったので、戦車、装甲車、機関銃、航空機など第一次大戦で現れた兵器の採用や活用では大きく遅れてい・・・た」のではなく、陸軍として兵器の更新近代化の必要性は百も承知しつつも、1936年の二・二六事件の頃まで、日本が軍縮基調で推移した中で、一貫して陸軍に比べて海軍のシェアが大きすぎたために、陸軍に十分な予算が回らず、それを果たせなかったわけです。
それ以降も日支戦争の戦費に予算をとられてしまったために、結局、最後まで陸軍は十分な兵器の更新近代化を果たせませんでした。
(以上は、定性的な分析であり、定量的に裏付けたいと思っています。第一次世界大戦終了頃から終戦までの陸海軍の予算額の推移の数字をご存知の方はぜひご教示下さい。)
離島で孤立し、降伏を禁止された状況では善戦しましたが、太平洋戦争を通じて日米の損耗比は10倍以上であり、陸軍は効率のよい軍隊では無かったです。敵軍の10倍以上の損耗では勝てるはずがありません。
→米軍との間では、帝国陸軍は、基本的に離島攻防戦しか戦っていません。
その離島攻防戦を、陸軍は、圧倒的な火力差の中でまことによく戦ったと言うべきでしょう。(例えば、ペリリュー島攻防戦(コラム#2128)参照。)(太田)
戦時中の高級幹部、上級指揮官の人事も海軍同様にお粗末でした。
更に士官教育については海軍よりもはるかに視野の狭い神がかりな人間を養成していました。
難関だった陸軍大学でも師団幕僚の戦術教育が中心でした。
組織としての陸軍が欠陥組織であったことは、過日のNHKスペシャル(1月16日)の通りだと思います。
→相対的な話であり、私は、外務省の人事・教育の方が陸海軍よりもっとひどかった可能性が高い、と指摘しているのです。
なお、「15年戦争」を戦った当時の陸軍が軍隊としては欠陥組織であった・・下克上、兵站軽視、捕虜虐待、等々に象徴的に現れている・・ことは、私の日本型政治経済体制論の視点からも当然のことですが、この組織原理でもって、日本が戦前、及び戦後の経済高度成長を達成したことも事実であり、平時組織としては、陸軍も、恐らく優秀であったはずですよ。(太田)
その陸軍が、ソ連や共産主義の脅威を正しく認識していたことは、共産主義の正体を朝鮮戦争がおきてから初めてまともに分かったアメリカに比べればはるかにましです。
しかし陸軍の対ソ認識が正しかったとしても陸軍の判断、行動が骨格においてことごとく正しかったという太田説は、新説というより、珍説という感じです。
でもこの辺が太田理論の骨格のようですから大変な話です。骨格をいじれば換骨奪胎になってしまいます。
→いや、全く私はオープンです。
具体的な典拠でもって反論をしていただくことを期待しています。(太田)
蒋介石の解釈も中国人が聞いたらびっくりする新説ですし、日中戦争は侵略でなかったとする説も無理でしょう。
→蒋介石政権が腐敗したファシスト政権であったことは、現在の欧米の通説ですよ。これは、中国共産党の見解にも近いのではないですか?
その蒋介石政権が容共政権であったという私の指摘に違和感を覚えておられるのかもしれませんが、中国国民党が容共政党として出発し、その後も中国共産党シンパが党内にたくさんいて、パージによっても彼らを完全に払拭はできなかったし、最終的に両党が合作をしたことなど、いずれも紛れようがない事実ではありませんか?
<なお、私は日支戦争が日本の侵略であったとかなかったとか、言ったことはないはずです。>(太田)
私は太田さんと違って、戦時中の悲惨な日本を知っている世代ですし、また軍人一族の中で育ちましたので、追々思索の結果の太田説について私の体験からの見解を述べたいと思います。
→直接体験者はおうおうにして全体像が見えない、ということもあります。
直接体験は、補強的にお使いになることをお奨めします。(太田)
<NK>
海軍の方はよく知りませんが、陸軍と文官官僚の中で優秀とされていた内務官僚の中核の警察官僚と比べると前者(陸軍)の方が人材の質も量も勝っていたように思います。
外務省は多分陸軍や内務省よりは見劣りしたでしょう。
<太田>
そう。こんな風に、ご自分の直接体験を、私の描く史観の構図の中に位置づけてみてください。
そのほとんどすべてが、より腑に落ちることに気付いて感動しますよ、と申し上げておきましょう。
<τδτδ>(「たった一人の反乱」より)
しかしこれってどうなんでしょうか?
当然の事だと思うんですが。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110125/stt11012511340050-n1.htm
<τδδτ>(同上)
・・・これのように、身内を身内が監視するシステムがまともとは思えんな。
<δτδτ>(同上)
・・・身内を身内が監視するシステムは日本には無用だな(キリッ)。・・・
<δδττ>(同上)
菅政権の情報統制・隠蔽体質と自衛隊について
2011/01/26
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/2127895/
<太田>
「防衛省側は佐藤氏を情報収集の対象にしたことはない」と言っているということは、田母神俊雄元航空幕僚長(や特殊作戦群初代群長)は対象にしてるってことだろ。
対象にしちゃいかんかね。
自衛隊の全部または一部が外部勢力のコントロール下に入っちゃまずいし、自衛隊の機密情報が漏れても困る、となりゃ外国勢力だけじゃなく、「右」や「左」や「新興宗教」等と自衛官との関係に係る各種情報収集だって必要だろ。
また、自衛隊行事での政権批判を封じる事務次官通達って言うけど、自衛隊の厳粛な儀式の場が政治集会みたいになっていいわけがなかろ。
自民党、お友達の産経とつるんで四の五のほざくんじゃなくて、党を生まれ変わらせて、政権を奪還した上で、どうしてもやりたけりゃ民主党議員を情報収集の対象にしたら?
<δττδ>(「たった一人の反乱」より)
「1989年4月2日、ベン・アリはクーデター後初の大統領選挙にのぞんだ。対立候補者はいなかった。大統領選挙は、ベン・アリが99.20%という圧倒的な数字を獲得し当選した。」
「1994年3月20日の大統領選挙では、元チュニジア人権擁護連盟(LTDH : Ligue tunisienne des droits de l’homme)代表のモンセフ・マルズーキ(Moncef Marzouki)が、候補者として名乗りを挙げていたものの、結局大統領選挙直前に断念した。
ベン・アリは、1989年の99.27%を超える99.91%という数字で第二期目の当選を果たした。」
「1999年10月24日の大統領選挙は、アブデラマン・トゥリリ(Abderrahmane Tlili)UDU代表と社会主義者モハメド・ベルハジ・アモール(Muhammad Belhadj Amor)PUP党首が出馬し、チュニジア史上初の複数大統領候補による選挙戦となった。
だが、ベン・アリは99.44%を獲得して三選を果たした。選挙投票率は89%であったが、投票所に行った者ほぼすべてがベン・アリに投票したという結果になった。」
「2004年10月24日、大統領選挙でベン・アリは、前回から多少数字を落としたものの94.4%の得票を得て四選を果たした。
対立候補であったPUPの党首ムハンマド・ブウシハ(Muhammad Bouchiha)は3.78%、ムハンマド・アリ・ハロワーニ(Muhammad Ali Halouani)Ettajdid代表は0.95%、モウニール・ベジ(Mounir Beji)PSL党首は0.79%という結果に終わった。」
「2009年10月25日、大統領選挙でベン・アリは、89.62%の得票を得て五選を果たした。
前回の大統領選に続いて対立候補であったPUPの党首ムハンマド・ブウシハ(Muhammad Bouchiha)が5.01%に躍進、新顔のアハメド・イノブリ(Ahmed Inoubli)UDU党首は、3.80%、ムハメド・ブラヒム(Ahmed Brahim)Ettajdid代表は1.57%という結果に終わった。」
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~dbmedm06/me_d13n/database/tunisia/democratization.html
1999年の「投票所に行った者ほぼすべてがベン・アリに投票した」ってのは異様だなあ。
職に就くのに大金がいるようなマフィア的国家では、投票行動が監視されて、対立候補に入れると、人生を干されちゃうんですかねえ?
「20代の男性は「仕事の口利きをしてもらうのに、1万ディナール(約58万円)も要求される」と訴えた。」
http://mainichi.jp/select/world/news/20110122dde001030003000c.html
民主主義を装った独裁体制というのが、今一ピンとこないんですよねえ。
「国家元首である大統領は、国民の直接選挙により選出される。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%B8%E3%82%A2
<太田>
あのね、ボクの民主主義独裁の概念、しっかり理解してね。
2種類あって、ナポレオンやヒットラーみたいに、有権者を煽動して一度信任を得た上で選挙を廃止しちゃう粗暴犯的手口と、ソ連が始めたところの、自由に立候補できなくして選挙を定期的にやって一党独裁ないし一人独裁を維持する知能犯的手口
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E9%AB%98%E4%BC%9A%E8%AD%B0
とがあんのよ。
チュニジアのケースは後者の典型だな。
まともな候補者の立候補をあの手この手で禁止した上で、無能な子分格の連中だけを立候補させる、他方、選挙には有権者を半ば強制的にかり出すわけだな。
もちろん、個々の投票も監視する。
そうすりゃ、圧倒的多数の支持を得て当選だ、再選だってっことになるに決まってるだろ。
エジプトも同じだよ。↓
というわけで、その他の記事の紹介です。
そのエジプト・・私の第二の故郷・・で、ムバラク打倒に向けて山が動き出した感があります。
順調に進むといいのですが・・。↓
・・・Tuesday’s demonstrations were the largest in years and, by some estimates, one of the largest anti-government protests in Egypt’s history, rivaled in recent memory only by a gathering across the country organized by the banned Muslim Brotherhood in 2005.
Although members of the Islamist group are participating in this week’s demonstrations, the Muslim Brotherhood has not organized them. Many among the throngs on the streets of Cairo are college-educated Egyptians in their 20s and 30s, with some older. ・・・
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2011/01/25/AR2011012500866_pf.html
For decades, Egypt’s authoritarian president, Hosni Mubarak, played a clever game with his political opponents.
He tolerated a tiny and toothless opposition of liberal intellectuals whose vain electoral campaigns created the facade of a democratic process. And he demonized the outlawed Muslim Brotherhood as a group of violent extremists who posed a threat that he used to justify his police state.
But this enduring and, many here say, all too comfortable relationship was upended this week by the emergence of an unpredictable third force, the leaderless tens of thousands of young Egyptians who turned out to demand an end to Mr. Mubarak’s 30-year rule.
Now the older opponents are rushing to catch up. ・・・
http://www.nytimes.com/2011/01/27/world/middleeast/27opposition.html?_r=1&hp=&pagewanted=print
ランランの件の演奏(コラム#4519、4521)をお聴き下さい。
連弾:Herbie Hancockと。Maurice Ravel’s “Ma mere l’Oye” (Mother Goose) for four hands・・支那的旋律の曲。
独奏:”My Motherland”・・これが「問題」の曲。
http://www.youtube.com/watch?v=a51YSljGbvg
・・・the song↑ comes from a 1956 film about the Korean War, sung by a female soldier. The lyrics mostly evoke nostalgic memories of home, although at one point they describe enemies as “jackals” (or “wolves,” depending on how you translate an ambiguous Chinese phrase.)
Since America was China’s enemy in the Korean War and the film portrayed Americans as enemies, some nationalist bloggers in China saw Lang Lang’s choice of music as a sly dig at America, delivering a deliberate if subtle message.・・・
http://www.csmonitor.com/World/Global-News/2011/0126/How-pianist-Lang-Lang-stirred-up-trouble-for-US-and-China-at-a-White-House-State-dinner
詩人の柴田トヨ(Toyo Shibata)さん(99歳)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B4%E7%94%B0%E3%83%88%E3%83%A8
の大きな記事が出ていた。↓
http://www.guardian.co.uk/world/2011/jan/26/japanese-woman-bestselling-poet-99
皆さんとディスカッション(続x1088)
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