太田述正コラム#4476(2011.1.3)
<映画評論19:ロビン・フッド(その5)>(2011.2.3公開)
–フィリップ2世–
フィリップ(Philippe Auguste=Philip Augustus。1165~1223。フランス国王:1180~1223年)は、フランス人の立場からすれば、善玉以外の何物でもありません。
彼がフランス国王でいた間に、パリとオルレアン周辺にしかなかったフランス王家の直轄領は3倍以上に増え、フランス内のイギリス領はほとんど無くなり、フランスはイギリスに対し明確に優位に立ったからです。
それは、以下のような経過を辿りました。
彼は、まず、イギリス王家の血族の争いにつけ込み、リチャードと提携してリチャードの父たるイギリス王ヘンリー2世と戦います。
その後、イギリス国王になったリチャードと共に十字軍に出かけるも、先に帰国し、リチャードの弟のジョンを味方につけ、フランス内のイギリス領の奪取に努めますが、戻って来たリチャードによってその大部分を奪還されます。
次いで、1202年、リチャードの後を襲ってイギリス国王になったジョンとの間の戦いを始め、やがて1204年、フランス内のイギリス領のほとんどはフィリップの手に帰し、ジョンはイギリスに逃げ帰ります。
1206年にフィリップとの戦いを再開したジョンは、1214年、時の神聖ローマ皇帝のオットー9世及びフラマン(Flanders)伯爵のフェラン(Ferrand)と同盟を結び、乾坤一擲、大規模な攻勢を始めます。
しかし、同年7月、オットー軍、フェラン軍、及びイギリス軍からなる連合軍を、フィリップは、地理的意味での欧州最初の歩兵中心の戦いであったブーヴィーヌ(Bouvines。フラマン伯爵領内)の戦い
http://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Bouvines
(1月3日アクセス)において粉砕し、ここにフィリップとジョンとの間の15年間にわたった戦争は終わり、爾後1世紀半にわたって、イギリスはフランスへの再侵攻を諦めることとなるのです。
なお、この戦いの結果、ジョンは1215年にマグナカルタへの調印(一旦反故にするも、その2年後に息子のヘンリー3世によって再締結される)に追い込まれ、1916年にはルイ(8世)率いるフランス軍のイギリス侵攻を受け窮地に立たされることになりますし、神聖ローマ帝国は、永久に、地理的意味での欧州における覇権的な力を失うことになります。
フィリップは、単に領域の拡大だけをやったのではなく、平行してフランスの中央集権化・・そのコインの裏側は貴族の弱体化・・を推進しました。
具体的には、メリトクラシーに立脚した官僚機構を整備するとともに地方に国王代官(地域の行政・軍事・司法を管掌)を配置し、更に、勅許や特権を付与することで都市のブルジョワを味方に付けたのです。
また、パリにおいて、ノートルダム寺院の建設を精力的に進め、城壁を設け主要道路を舗装し中央市場を建設し、かつパリ大学に自治を認める勅許を与えることで、同市を名実ともにフランスの宗教・政治・学問の首都へと変貌させました。
こうして、フィリップが亡くなった時には、彼は、地理的意味での欧州で最も富み、かつ強力な領主になっていたのです。
(以上、特に断っていない限り、
http://stronghold2.heavengames.com/history/philip、
http://www.answers.com/topic/philip-ii-of-france
(どちらも1月3日アクセス)及びGによる。)
しかし、イギリス臣民から見れば、フィリップは策略と戦争でもって、フランス内のイギリス領を奪取し、あまつさえ、イギリス侵攻までも行った憎むべき人物なのであり、彼が、この映画で、実在した人物として、唯一最大の悪玉として取り扱われたのは、これまた実によく理解できるところです。
3 終わりに
長くなったので、ロビン・フッド伝説そのものについて記すのは、再び将来回しにすることとしたいと思います。
その上で、中締め的に申し上げますが、この映画は、どちらも架空の人物であるロビン・フッドと彼のパートナーのマリアンが、実在の人物であるウィリアム・マーシャル(善玉)と提携するとともに同じく実在の人物であるエレアノア(善玉)とイサベラ(善玉)の協力も得て、ノルマンディー公爵ウィリアムのイギリス征服によって形成されることとなるイギリス(アングロサクソン)と欧州(フランス)のキメラたるアンジュー「帝国」の首長であるところの実在の人物、リチャード(善玉/悪玉)とジョン(善玉/悪玉)をしてフランスなる欧州の国の国王のフィリップ2世(悪玉)によるフランス内イギリス領奪取やイギリス侵攻に対処させつつ、その一方で、ジョンの弱みをついて、アンジュー「帝国」首長としての権力に制限を課することによって、アンジュー「帝国」の専制的支配からイギリスを解放する、という物語を描いているわけです。
(完)
映画評論19:ロビン・フッド(その5)
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