太田述正コラム#0015
田中外相解任騒動
田中外相解任騒動の本質を誰もとりあげないので、私見をご披露したいと思います。
知人の日本経済新聞編集委員の伊奈久喜氏は、2月4日、同紙上で皮肉も込めて、次のように田中前外相の四つの功績を列挙しています。第一に、徹底して意思決定系統から外されていたため、総理(官邸)主導の外交政策決定ができたこと、第二に、緒方貞子さんの活躍を可能にしたこと、第三に、鈴木宗男氏の影響力と戦ったこと、第四に世論の関心を外務省あるいは外交政策に集めたこと、と。
私も、基本的にこの指摘に同感です。
この第一と第二とを一括りにすれば、要するに田中さんが外交政策に関し無知・無能であったために、結果的に総理自身が、或いは緒方さんのような人が外交で活躍した(というより、活躍せざるをえなかった、)ということでしょう。(更に言えば、私はこの御両名が「外交で活躍」されたとも思ってはいません。小泉さんのにわか仕込みの安全保障政策は危なかっしくて見ておられませんし、緒方さん個人の力量に抜きんでたものがあることは否定しませんが、アフガン支援東京会議の成功は、何と言っても、日本一国でEU全体に匹敵する巨額の支援約束ができるというカネの力がもたらしたものであると言うべきでしょう。)
また、第三と第四とを一括りにし、更に一ひねりきかせれば、真紀子さんのお父さんたる故田中角栄氏を裏切り、憤死に至らしめた経世会憎しという私情・・・鈴木宗男氏は経世会(現橋本派)のプリンスです・・・にもっぱら基づいた田中外相の言動が、結果的に外務省と自民党有力政治家の実相をあぶり出し、国民の間でワイドショー的関心を呼んだということです。
外交の「ど素人」でしかも私情が先に立つような人物を外相に任命し、外交政策の舵取りと外務省改革にあたらせたのは小泉さんです。小泉さんは、自民党の有力派閥の長にまで上り詰めた練達の政治家であり、田中さんのこのような人物像は熟知していたはずです。しかも、自民党内の、かなり「まともな」田中外相起用反対論をもあえて押し切って、(総裁選における論功行賞と更なる世論受けの目的でもって)田中さんを外相に起用しました。ということは、小泉さんから見て、外相ポストなぞ重要ではなかったということであり、また、このことともあいまって、小泉さんは外務省改革にもさしたる緊急性・必要性を感じていなかったということでしょう。
これは、考えてみればあたりまえのことです。米国の保護国である日本には、外交自主権などなきに等しいからです。つまり、日本には外務省という名前の役所はあっても、外交ならぬ、対米連絡事務所的業務ないし社交パーティー業務があるだけであり、だから、外相ポストも外務省そのものも鴻毛のように軽い存在なのです。外務省の底知れぬ堕落は、そういう、本来業務をやらせてもらえないという環境の下、防衛庁と同様、組織が生活互助会化したところにもってきて、外務省キャリアの鼻持ちのならないエリート意識があり、もたらされたものです。
しかし、クビになる前、外務省の野上義二事務次官(当時)が、「私は<外務省の>全省員にこう叫びたい。「お前ら、悔しくないのか」と。プール金とか不祥事が省内であったから、本来の日本外交が機能していない、とまで誤解を受ける。外交のプロとして悔しくないのかと。」(日経ビジネス2002年1月7日号 139頁)と書いているところを見ると、彼に代表される外務官僚達・・・野上氏は、田中さんと相打ちでクビになることによって外務省の利益を守ったと省内で英雄視されているといいます・・・は、全く分かっていないとしか言いようがありません。日本外交など存在しないに等しく、従って日本外交が機能するわけがないし、当然外交のプロも育っていない、だからこそ、外務官僚の志はどこかに消え去り、志気は弛緩し、不祥事が続発するし、鈴木氏のような、外務省のスポンサー気取りの一知半解の政治家にいいように引き回されてもしまうのだ、という認識が彼等には完全に欠如しているのです。
最後に、この期に及んでいまだに衰えを知らない田中真紀子ブームについて、私がどう考えているかを申し上げておきましょう。
1月24日付の英ガーディアン紙は、次のように報道しました。
「確かに、日本の最初の女性外相である田中氏は、緒方氏に比べればダメということになるかもしれない。しかし、その田中氏でさえ、これまでの日本の無数の男性の外相が国際舞台で何の印象を残さずに去って行ったのに比べれば、まだずっとマシだった。<緒方氏の活躍は、>日本の女性が、しばしば日本の男性よりも国際的人であり、語学力に長け、このグローバル化した時代にあって、より日本を代表するにふさわしいことを示すものだ」と。(http://www.guardian.co.uk/elsewhere/journalist/story/0,7792,638734,00.html)
その通り。私としても、田中真紀子ブームはもっともだと言わざるをえませんし、特に、構造的な男女差別に苦しんでいる日本の女性達の真紀子さんに寄せる熱い思いはよく分かります。
しかし、それは同時に、いかに日本の政治家に人がいないかということでもあります。
今回の田中外相解任騒動の結果、小泉さん(小泉内閣)の支持率は20%も急落しましたが、いまだ50%前後を維持しています。しかし、早晩、その小泉さんが完全に馬脚をあらわし、国民が彼を見放す時期が必ず来るでしょう。
政治への一切の希望を一旦捨て去るところからしか、政治の、そして日本の抜本的再生はありえないとさえ思う昨今です。