太田述正コラム#0024
<パレスティナ紛争(その4)>
ここで注目されるのは、イスラム国パキスタンのムシャラフ大統領が、イスラム教は深刻な問題を抱えているとしばしば言明していることです。
昨年12月末には、今や世界の人々はイスラム教というと文盲、遅れ、不寛容、無知蒙昧、そして暴力を連想する始末だとし、パキスタンがまさにかかる道をたどっていると嘆き(http://www.nytimes.com/2002/01/02/international/asia/02STAN.html)、今年に入ってからは、2月中旬、「今日我々<イスラム諸国>は、人類の中で最も貧しく、最も読み書きができず、最も遅れ、最も不健康で、最も無知蒙昧で、最も虐げられ、最も弱い存在になりさがってしまった。・・<人口がイスラム諸国の全体の7%に過ぎない>ドイツだけでGNPは2兆5000億ドル、そして<同じく人口が10%に過ぎない>日本だけで5兆5000億ドルにものぼるというのに、イスラム諸国の総GNPをかき集めてもわずか1兆2000億ドルに過ぎない。これは、イスラム諸国が教育と科学の発展をないがしろにしてきたからだ。」とパキスタンで開催されたイスラム科学者の国際会議で演説しました
(http://newssearch.bbc.co.uk/hi/english/world/south_asia/newsid_1824000/1824455.stm)。(ちなみに、イスラエルのGDP(GNPとほぼ同じと考えて良いでしょう)は1070億ドルです(Military Balance(前出)による)。
インド亜大陸は、イスラム教圏と非イスラム教圏のせめぎあう最前線の一つですが、インド側から過激な発言を繰り返しているのが、トリニダード生まれのノーベル文学賞受賞者、V.S.ナイポールです。
ナイポールに言わせると、インドを破壊し、現在の様々な問題をもたらしたのは、「短期間」インドを支配した英国などではなくイスラム教だということになります。イスラム教は世界中の国や地域の歴史と文化の破壊者であり、インド固有のサンスクリット文化はイスラムの軍事的侵略により、西暦1000年をもって生命を絶たれたとイスラム教を激しく断罪します
(http://books.guardian.co.uk/departments/politicsphilosophyandsociety/story/0,6000,654197,00.html)。世界中の非難を浴びたタリバンによるバーミアンの石像仏破壊や、トルコが激しく批判した昨年のサウディアラビア政府によるメッカ近郊のオスマントルコ時代の城塞の破壊は、ナイポールの批判を裏付けるものと言うべきでしょう。
もう一つ。インドネシア、イラン、ヨルダン、クウェート、レバノン、モロッコ、パキスタン、サウディアラビア、トルコのイスラム九カ国の一万人弱を対象に昨年10月と12月に実施された世論調査の結果が先般発表されましたが、昨年9月11日の同時多発テロの首謀者がアラブ人だと思うかとの設問については、サウディアラビア、ヨルダン及びモロッコでは、質問することも許されず、また、調査結果は、61%もの回答者がこの設問に対し「思わない」と回答するという、世界の常識と著しくかけ離れた驚くべきものでした。
(http://newssearch.bbc.co.uk/hi/english/world/americas/newsid_1843000/1843838.stm)
以上を総合すれば、イスラム教圏の人々は、歴史と文化を軽んじ、事実を直視しようとせず、しかるがゆえに教育と科学をおろそかにし、しかも政治的自由もないか著しく制約されている。その結果として退廃と貧困の生活を送っている、ということです。「政治的自由もないか著しく制約されている」というのは、上記世論調査が、これらの大部分の国では初めての世論調査であったことと、うち三カ国では特定の質問を発することも認められなかったことから、そう認定せざるをえないと思います。
イスラム教そのものに深刻な問題があるらしいことは、英国政府が先月公表した英国の少数民族についてのレポートでも示唆されています。(学歴等の影響を排除してなおかつ)英国での所得の順序が、インドのヒンドゥー教徒、インドのイスラム教徒、パキスタンやバングラデシュのイスラム教徒の順序になっているのは、宗教の要因を無視しては説明できないと言うわけです
(http://www.guardian.co.uk/racism/Story/0,2763,653116,00.html)。
このレポートと、印パの分離独立の際、インドのイスラム教徒の上澄みの部分はパキスタンに移住し、インドに残ったのは無学で貧乏なイスラム教徒の底辺層であった事実
(http://www.guardian.co.uk/international/story/0,3604,659999,00.html)を突き合わせると、イスラム圏においてはイスラム教徒の窮乏化傾向が強まるという結論になりそうです。つまり、イスラム圏においては、イスラム化→イスラム原理主義化→非世俗化→社会・生活規制の強化→反主知主義/自由の抑制→「先進」地域との所得等格差の増大→→イスラム化→(以下、同じ事の繰り返し)、という悪循環が進行するということです。これこそがパレスティナ紛争がかくも長引いている背景であり、アルカイーダやタリバンが生まれた背景なのです。
パレスティナ紛争にとらわれると、イスラム教の抱える深刻な問題から目をそらすことになりかねないという私の主張に首肯していただけたでしょうか。
幼少期をイスラム圏のエジプトで過ごした私としては、イスラム圏の人々が、古くはトルコのケマル・アタチュルク、そして最近ではパキスタンのムシャラフ大統領の指摘に真剣に耳を傾け、イスラムの悪循環からの解放、すなわちイスラム教の世俗化という課題に全力で取り組むことを願ってやみません。(終わり)