太田述正コラム#4766(2011.5.24)
<『東京に暮す』を読む(その2)>(2011.8.14公開)
「私たち<外国人>が怒れば怒るほど、日本人はわかっていないのにわかったふりをし、できもしないのにあれこれと約束をして、何とか私たちの機嫌を取ろうとします。それは和解のためであり、和解が成立しないと彼らは話し合うことができないのです。日本人のように相手の気分に左右される国民はいません。
それはおそらく、いやほぼ確実に気候のせいです。日本にいると日本を覆っている湿った空気のせいで頭の上に何ポンドかよけいな重さをのせているような気がするのです。」(60~61)
→サンソム夫人の観察は確かですが、この理由付けはダメですねえ。本当の理由は人間主義だからなのですが・・。(太田)
「日本人がお客を大いにもてなす理由はいくつか考えられますが、その第一は日本人が親切で寛大な国民だということです。・・・
日本人のもてなしは嘲笑的でもなければ偽善的でもありません。もっとも、自分たちの見事な戦術が初めて来日した外国人に及ぼす効果は十分に意識しています。・・・日本人が自分たちの国を誇り、もともと尊大な外国人に自慢したいと思うのも当然です。
ところが、日本人が客を歓待する最大の理由は、自分たちも楽しもうという単純でおめでたいものなのです。」(63、65~66)
→ここの理由付けは・・私に言わせれば中間的理由付けですが・・間違っていません。
彼女は、私が言うところの、人間主義の非利他主義性(コラム#4739)に、人間主義そのものは知らずして気づいていたわけです。(太田)
「日本人は国民の幸福のためには個人の権利を放棄しなくてはならないと考えます。それで個人の自由を大切にする私たち西洋人が、日本人と同じように国民の幸福を望んでいることが理解できないのです。」(68)
→前段については、人間主義の非利他主義性を「権利」という言葉を用いては表現できないというだけのことですし、後段については、イギリス人自身が説明を怠っていることに問題があるのです。(その代わり、スコットランド人のヒュームやスミスがそれをやっている(コラム#4736等)わけですが・・。)
「私は・・・近く結婚することになってい<た>・・・お嬢さんが幸せになられるようお祈りしますと申し上げました。すると欧米の事情に通じているその女性たちは笑って答えました。「私どもはそうは考えません。彼女の個人的な幸福はどうでもよいのです。結婚して子供を産むことが彼女の義務であり、その義務を果たすことによって彼女は幸せになるのです」と・・・。
<このように、>お嫁さんがいかに優れた知性と芸術的才能の持ち主であろうと、激動の日本社会に対してどんなに強い関心を持っていようと、彼女にとっては家庭生活の厳格な規則が最優先します。昔からの慣例通り、お嫁さんが御主人の両親と同居する場合には、お嫁さんは両親の援護の下に結婚生活を始めることになります。イギリス人だったら自分の娘には決してこうはさせません。娘が自由を失ってしまうからです。」(69)
→この日本人の女性たちが、なまじ「欧米の事情に通じている」ため、「義務」などという言葉を使うから・・そしてまた、サンソム夫人は夫人で「自由」などという概念で物事を考えるから・・彼女たちとサンソム夫人との間で話が噛み合わないのです。
人間主義に即して説明すれば、人間の幸せとは人間(じんかん=人間関係)において成立する、ということなのです。
例として、「子供を産むこと」だけを取り上げたのも誤解を呼んだはずです。
この本の中にも出てくる(72)ように、当時の家制度を前提にした場合でも、子供ができなければ養子を迎え、その養子との人間(じんかん)で幸せを成立させればいいわけですし、そもそも、御主人との人間(じんかん)で幸せを成立させたっていいわけです。(太田)
「<日本の>商品の中でひときわ鮮やかで美しいものは絹や綿の女性や子どもの着物です。それに日傘です。・・・お金持ちだけが美しいものを楽しんでいるわけではないことがすぐにわかります。・・・<そんな>非常に美しくて大胆な着物を、田舎の女中の娘があかぎれの手で触っているのを見るのは面白いものです。この娘にその一番豪華で一番高価な着物が買えるはずはないのですが、娘と社交界の婦人との間に好みの違いはありませんし、娘にも美しいものをめでる権利があります。お客を平等に扱うという点では日本に勝る国はないでしょう。急き立てる人もいませんから、娘は何時間でも好きなだけ着物に触ったりじっと眺めていることができます。それに日本人は評判の買い物好きですから、この娘だって時にはとても素敵で高価な商品を買うことでしょう。」(91)
→日本には共産主義革命など起こりえないとするサンソム夫人の別の箇所(92~93。コラム#4753)の指摘につながる記述ですが、日本に階級(イギリスの場合は階層と言った方が本来はよい。なぜなら、欧州における階級はイギリスの階級と違って階級間移動がほとんど見られないからだ)が、いかなる意味においても存在しない・・イギリスの場合ですら、労働者階級と中産階級以上とでは、話している言葉からして全然違う(「民主党と私の選挙」5/5
http://www.ohtan.net/video/kouen20110122.html )
・・ことが良く分かりますね。(太田)
(続く)
『東京に暮す』を読む(その2)
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