太田述正コラム#4770(2011.5.26)
<『東京に暮す』を読む(その4)>(2011.8.16公開)
「日本では、外国と違って、金持ちと貧乏人の間にあまり差がないことが多いのですが、生活スタイルもそうです。日本の金持ちは競馬、狩猟、ヨット、猛獣狩をしないし、広大な屋敷などにお金を使うこともなく質素に暮らしています。もちろん貧乏人よりは贅沢な暮しをしていますが、買うものや、することの違いは質というより量です。・・・日本人の生活水準は、金銭上は低くても、もっと収入が高い人々の特権を含んでいます。」(196)
日本の上流階級の母親は自分で子どもの面倒を見ます。イギリスでは<上流階級の>母親は子どもの詳しい予定表は作りますが、実際の面倒は見ません。」(245)
→ここも、日本には階級がなく(=中産階級の層が厚く)、従って共産主義革命が起きるわけがないことの裏付け的観察ですね。(太田)
「日本人の長所の一つに、非常に強い階級意識を持つと同時に非常に強い仲間意識を持っているということがあります。
主人と使用人は非常にはっきりとした主従関係にあります。お互いに義務を果たさなくてはなりません。・・・<しかし、>使用人たちは、主人の家のことは自分たちのことと思っています。・・・女中<の場合、>・・・主人の人生と彼女たちの人生が重なっているのです。」(227)
→使用人だって女中だって雇われている家の運営に参画している、いや、少なくとも参画しているという意識を持っている、ということにサンソム夫人は慧眼にも気づいていたわけです。
これは戦略情報の共有と下剋上が(私の言う、)日本型政治経済体制下の企業経営の特徴であることに通じるものがあります。(太田)
「日本人とイギリス人の共通点はスポーツ好きということです。・・・私はイギリスと日本以外の国で、素敵な淑女や頑健な紳士が、相手が見ていない隙に、非常に打ちにくいラフの中から打ちやすい位置へゴルフボールを移すのを一度ならず目撃しました。日本人やイギリス人が絶対にいんちきをしないとはいいませんが、両国民ともスポーツをするときは真剣で、このようないんちきはめったに見られません。
日本人とイギリス人の基本的な類似点は派手よりは地味を好むこと、静かで落ち着いた態度を好むということです。・・・
イギリス人<はまた、>・・・謙虚さを好み、理想とします。従って自慢とか、謙虚さの無い知識のひけらかしを嫌い、そういう人たちを信用しません。
この傾向は日本人になるともっと強くなります。・・・日本人は非常に謙虚な国民で、慎み深い振舞いや言葉遣いがすっかり身についています。彼らも他の国民のように誇り高いのですが、自慢することを嫌います。日本人としての誇りを持ち、かつ外国人から学ぼうという謙虚な姿勢のために、日本は今日の世界のなかで重要な位置を占めるようになったのです。」(201~202)
「イギリスも日本も安定していてしかも適応力がある国です。・・・古いものと新しいものをかなり上手に共存させることができるという点で両国はとてもよく似ています。」(204)
「田舎を愛する心と、自然の一部を柵で囲い、自然の中にもう一つ自然を作るということは、両国民の生来の特徴のようです。・・・
両国は<また、>非常に古い歴史を持つ国で<す。>」(213)
→私がかねてから、日本文明とアングロサクソン文明とは諸文明の中で最も親和性のある両文明である、と指摘していることと軌を一にしていますね。
どうしてそうなったかについては、まだ私はきちんと検討をしていませんが、両者とも、専制的だけど高度な大文明を海の向こうに眺望する、豊かな島国であること、が関わっていることは間違いないでしょう。(太田)
「イギリスでは・・・美的センスを培うことはなされていません<が、日本ではなされています。>」(206)
→イギリスと比較して、日本が優れている点も、素直に指摘するサンソム夫人、尊敬に値します。(太田)
「赤ん坊が生まれてきて一番幸せな国は日本です。日本人は子どもをとても大切にしますから、子どもを虐待したり、子どもに対して罪を犯すということはめったにありません。・・・子どもはみんなから可愛がられ、あやされ、誉められます。イギリスの赤ん坊は、まだ幼いうちから、他の家族同様に、自分の立場をわきまえなくてはなりません。決められた自国にベッドに入るのが嫌で泣きわめいても、・・・<誰も相手などしてくれません。>・・・
不思議なことに、日本の子どもは甘やかされても駄目になりません。イギリスの子どものように泣きわめいたりしません。日本ではいつも誰かが食べ物をあげたり、相手をしたり、揺って寝かせてくれるので、子どもの方も泣きわめく必要がないというのは事実ですが、子ども自身とても大人しいのです。・・・個人主義が進んだ西洋の人々は、感情的になりやすいという犠牲を払っているのかもしれません。日本人は、私たちよりも静かで和やかな雰囲気の中でのんびり暮らしています。従って子どもも当然のことながら穏やかです。」(243~245)
→このことも、サンソム夫人、よく気が付きましたね。
子供は、言葉やしぐさを始め、あらゆることを周囲の大人達から学びます。
日本の場合、子供は、自分の気持ちを察して可愛がり、あやし、誉めてくれた大人達のマネをして、自分も他人の気持ちを察して、その人のために利他的な言動を行うようになるのです。
このようにして人間主義は日本において、縄文時代の昔から、連綿と受け継がれてきたわけです。
むしろ不思議なのは、厳しい育て方をされる結果、欧州の子供達が利己的な個人主義者へと成長し、不安定な社会が形成されるというのに、どうしてイギリスの子供達は利他的な個人主義者へと成長し、安定した社会が形成されるかです。
私は、かねてより、イギリス社会の凝集性(安定性)はその大昔から受け継がれてきた、コモンローの存在によって担保されていると指摘してきたところ、比較的最近、これに加えて、イギリス人の間における同情(sympathy)心の遍在性も指摘するようになっているわけですが、この同情心が、どのような場でどのようにイギリス人に注入されるのかを、今後究明する必要がありそうです。
(完)
『東京に暮す』を読む(その4)
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