太田述正コラム#4892(2011.7.26)
<軽度の精神障害のメリット(その1)>(2011.10.16公開)
1 始めに
上梓された、Nassir Ghaemiの ‘A First-Rate Madness’ の書評がいくつか目についたので、それらに拠って、著者が唱える、軽度の精神障害のメリットについて、ご紹介することにしました。
A:http://www.newsweek.com/2011/07/24/madness-and-leadership.html
(7月26日アクセス。以下同じ)
B:http://www.observer.com/2011/07/nassir-ghaemi-uncovers-a-first-rate-madness/
C:http://mentalhealthcentre.org/book-a-first-rate-madness-uncovering-the-links-between-leadership-and-mental-illness.html
D:http://www.ft.com/intl/cms/s/0/6d72f474-96b1-11e0-baca-00144feab49a.html#axzz1TBXavGjd
なお、著者は、米国のタフト医療センター(Tufts Medical Center)の気分障害プログラムの主任(director)です。(A)
2 軽度の精神疾患のメリット
(1)序論
「・・・フランシス・ベーコン(Francis Bacon)は、「創造過程は、本能、技術(skill)、文化、そして高度に創造的な熱情(feverishness)だ」と言った・・・。・・・
<より端的には、>ローマの哲学者セネカ(Seneca)は、「少量の(a spice of)狂気抜きの偉大なる天才など一人もいたためしがない」と言った。・・・」(D)
(2)政治家編
ア ヒットラー
「・・・アドルフ・ヒットラーは・・・朝型の人間ではなかった。
「彼は、恒常的な不安と頻繁な気分エピソード(episode)<(=症候の始まりから終わりまで)>に襲われていた。・・・
ヒットラーは、チャーチルのように、昼夜逆転の睡眠をとった。
彼は、夜遅くまで起きており、しゃべり続け、仕事をし続け、毎朝正午まで眠った。
ヒットラー<自身>は、朝の講話(pep=pep talk)をしたがったし、晩には眠りたかった。
モレル(Morell)はまさにそれをやった。」
モレルというのは、ヒットラーの主治医のテオドル・モレル(Theodor Morell)であり、ベルリンの上流市民達に「魔法の注射」を売りさばいていた。
ただし、それは静脈注射用のアンフェタミン(amphetamine)だった。・・・
それは1937年のことだった。
1941年には、「ヒットラーは、間欠的に筋肉増強剤(anabolic steroids)を服用する」とともに「アヘン製剤(opiates)、バルビツル酸系催眠薬(barbiturates)、そしてアンフェタミン、の三種類の向精神薬を恒常的に服用していた」。
これらの万能薬類(elixirs)は、ヒットラー的鈍麻を克服せしめたに相違ないが、他の諸問題を引き起こした。
寝台に横たわった老人が生気漲る鬼のような人物に生まれ変わったかもしれないが、「1942年12月のある時、[ヒットラーは]3時間にわたって叫び続けたものだ。」
ヒットラーの演説は衝動的なものになり、何を言っているのか分からなくなった。
極度に緊張したあいまいさが彼を呑み込んだ。
彼は「細部にとらわれ、彼の司令官達にあらゆる段階において何をすべきかを伝えるようになった。」
それでいて、「彼は、精神集中をすることができなくなり、不決断になり、そして…彼は心ここに非ず的となった。」
彼の帝国が崩れるにつれて、総統の薬剤の使用は甚だしくなった(came into flower)。
「多分、その最期の2年間、ヒットラーは一日たりとも通常の気分(mood)であったことはないだろう」と<著者>は記す。・・・
「1937年までは…[ヒットラーの]重篤でない双極性障害は彼のカリスマ、回復力(resilience)、そして政治的創造性を醸成(fuel)し、彼の政治的キャリアにとって良い方向に影響を与えた。
<しかし、>それ以降は、毎日のアンフェタミンの静脈注射の有害な様々な効果が、彼の躁と鬱のエピソードを悪化させ、彼の指導者としての技術を損ね、破滅的な様々な効果をもたらすこととなった。」
これは、ヒットラーのアンフェタミン服用以前の政治への賛意(endorsement)ではない。
<著者>は、ナチのシンパではないのであって、これは、どうしてナチが大うけしたかを説明する理論なのだ。
ヒットラーの双極性は資産だったが、アブナイ資産だったというわけだ。・・・」(B)
→ヒットラーのような双極性障害者(躁鬱病患者)には、他者を惹きつける創造性がある、というわけです。(太田)
イ リンカーン
エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)は、1841年に、「私は生きている人間の中で最もみじめだ」と記した。
<しかし、著者>に言わせれば、これは一種の自慢なのだ.
リンカーンの偉大さは、陰気で不機嫌な気持ち(glumness)によって醸成(nourish)されたからだ。
「リンカーンの鬱は、彼の政治的現実主義性(realism)を増進させた」と彼は記す。
<著者>は、心身の健全(compos mentis)な人間が狂人に劣るところの4つの能力(aptitude)・・回復力、創造性、現実主義性、及び共感力(empathy)・・を列挙する。
この主張は、綺羅星のごとき諸研究によって裏付けられている。
精神的に健康な者は、自信過剰になったり、創造性が欠如(uninspired)していたり、他者の苦しみに対して腹を立て易(thin-skinned)かったり意に介さな(soundproofed)かったりする。
<著者>は、「鬱は我々の生来的共感力を深め、<人間の>相互依存の逃避不能な網というもの<の存在>が…空想的な願いなどではなく、個人的現実である、という感覚を生む」と記す。
これが、鬱の現実主義性の理論だ。
悲観的な人物(glass half empty)は、要するにより物が良く見えるのかもしれない、ということだ。
つまり、尋常性(normality)は、非現実の一形態なのだ。<(=尋常な人物には現実は見えないのだ。)>」(B)
→リンカーンのような鬱病患者は、人間主義者であり、しかるがゆえに現実が的確に見えるというわけです。(太田)
(続く)
軽度の精神障害のメリット(その1)
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