太田述正コラム#4904(2011.8.1)
<終末論・太平天国・白蓮教(その4)>(2011.10.22公開)
4 白蓮教
(1)序
ランデスの言う、「<支那>土着の千年王国の様々な伝統」のうちの最有力なものが白蓮教です。
白蓮教を理解するためには、まず、弥勒下生信仰について理解する必要があります。
(2)弥勒下生信仰
「小乗仏教(Theravada Buddhism)においては、菩薩(bodhisattva)は悟り(enlightenment。パーリ語ではArahantship)を得るために努力している人を指すのに対し、大乗仏教(Mahayana Buddhism)においては、菩薩は既に高次元の品格(grace)ないし悟りに到達しているけれど、他の人々を助けるために涅槃(nirvana)に入らない<(=成仏しない)>でいる人を指す。」(注5)
http://en.wikipedia.org/wiki/Maitreya
(注5)菩薩に関する日本語ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%A9%E8%96%A9
は分かりにくい上、小乗蔑視的だ。
「弥勒菩薩・・・、梵名マイトレーヤ<(Maitreya)・・・は仏教の菩薩の一尊である。・・・釈迦仏の化導を受け、未来において成道し、その時代の仏陀<(注6)>となるという記を与えられたという。・・・
(注6)「<仏教では、>基本的には仏教を開いた釈迦ただ一人を仏陀とする。・・・悟りを得た人物を意味する場合は阿羅漢など別の呼び名が使われる。・・・しかして時代を経ると、・・・釈迦自身以外にも数多くの仏陀が大宇宙に存在している事が説かれた。例を挙げると、初期経典では「根本説一切有部毘奈耶薬事」など、大乗仏典では『阿弥陀経』や『法華経』などである。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E9%99%80
弥勒は・・・釈迦<仏>・・・の次に<仏陀>となることが約束された菩薩・・・で、<釈迦>入滅後56億7千万年後の未来に姿を現して、多くの人々を救済するとされる。それまでは兜率天<(注7)>で修行(あるいは説法)しているといわれ、中国・朝鮮半島・日本では、弥勒菩薩の兜率天に往生しようと願う信仰(上生信仰)が流行した。・・・
(注7)「仏教では、六道(地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界)、また十界(六道の上に声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界を加えたもの)といった世界観がある。このうち、六道の地獄から人間までは欲望に捉われた世界、つまり欲界という。・・・ただし、天上界の中でも人間界に近い下部の6つの天は、依然として欲望に束縛される世界であるため、これを六欲天という。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%AC%B2%E5%A4%A9
「兜率天・・・は、欲界における六欲天の第4の天部である。・・・これに内外の二院がある。外院は天衆の欲楽処にして、内院を弥勒菩薩の浄土兜率浄土とする。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%9C%E7%8E%87%E5%A4%A9
弥勒信仰には、上生信仰とともに、下生信仰も存在し、中国においては、こちらの信仰の方が流行した。下生信仰とは、弥勒菩薩の兜率天に上生を願う上生信仰に対し、弥勒如来の下生が56億7千万年の未来ではなく現に「今」なされるからそれに備えなければならないという信仰である。
浄土信仰に類した上生信仰に対して、下生信仰の方は、弥勒下生に合わせて現世を変革しなければならないという終末論、救世主待望論的な要素が強い。そのため、反体制の集団に利用される、あるいは、下生信仰の集団が反体制化する、という例が、各時代に数多く見られる。北魏の大乗の乱や、・・・宋・元・明・清の白蓮教が、その代表である。」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A5%E5%8B%92%E8%8F%A9%E8%96%A9
(3)支那と日本における弥勒下生信仰の発現
弥勒下生信仰の支那における最初の顕著な発現が大乗の乱です。
「大乗の乱<(Mahayana Rebellion)>・・・とは、中国北魏の宗教反乱である。人を殺せば殺すほど、教団内での位が上がるという教説に従った殺人集団であり、その背景には弥勒下生信仰があるとされる。また、同時期に中国に伝来していたとされるマニ教によるとする説もある。・・・
515年・・・、沙門の法慶<(Faqing)>が冀州<(Jizhou)>(山東省)で反乱を起こし、渤海郡を破り、阜城県の県令を殺し、官吏を殺害した。法慶は自らを「大乗」と称した。・・・その教えでは、一人を殺すものは一住菩薩、十人を殺すものは十住<(Tenth-stage)>菩薩<(注8)>であるという。また狂薬を調合し、肉親も認知できない状態にして、ただ殺害のみに当たるようにさせた。
(注8)「『華厳経』及び『菩薩瓔珞本業經』では、菩薩の境涯、あるいは修行の階位は、上から妙覚、等覚、十地、十廻向、十行、十住、十信の52の位にまで分けられ<た。>・・・十住<は、>菩薩修行の位階である52位の中、第11~20位まで。・・・あるいは菩薩の十地・・・<これは、>第41~50位まで・・・を十住という説もある。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%A9%E8%96%A9 前掲
・・・。凶徒は5万余人に及び、至る所で寺舎を破壊し、僧尼を惨殺し、経像を焼き捨てた。そのスローガンは「新仏が世に出んとす、旧魔を除き去れ」というものであったという。
<やがて、>反乱<は>鎮圧・・・された。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%B9%97%E3%81%AE%E4%B9%B1
「<大乗は>「新仏」に言及したが、現在の学者達は<、この>反乱は「弥勒的」ではなかったと考えている。
しかし、大乗は、「弥勒的」と主張して反乱を起こした後の宗教指導者達に影響を与えた。
よって、この文脈の中で大乗の乱に言及することが重要だ。」
http://en.wikipedia.org/wiki/Maitreya 前掲
外来の大乗仏教を支那が継受して弥勒下生信仰が生まれ、それがデフォルメして、身の毛がよだつようなトンデモ宗派である、大乗が生まれたということです。
他方、支那由来の弥勒下生信仰は日本ではどうなったのでしょうか。
「日蓮宗では・・・個々人が「仏性(Buddha nature)」を持っていることから、・・・法華経(Lotus Sutra)を勤行することで、・・・一生の間に<その仏性を>顕現させることができる<、と考える>。
<このような考え方は、>天から未来の仏陀が降臨してくるという<弥勒下生の>考え方とはしっくりこない。」
http://en.wikipedia.org/wiki/Maitreya 前掲
「日本でも戦国時代に、弥勒仏がこの世に出現するという信仰が流行し、ユートピアである「弥勒仏の世」の現世への出現が期待された。一種のメシアニズムであるが、弥勒を穀霊とし、弥勒の世を稲の豊熟した平和な世界であるとする農耕民族的観念が強い。この観念を軸とし、東方海上から弥勒船の到来するという信仰が、弥勒踊りなどの形で太平洋沿岸部に展開した。江戸期には富士信仰とも融合し、元禄年間に富士講の行者、食行身禄が活動している。また百姓一揆、特に世直し一揆の中に、弥勒思想の強い影響があることが指摘されている。・・・
<ちなみに、>日本では七福神の一人として知られる布袋は、中国では、弥勒の化身・・・、下生した弥勒如来<であるとされる。>」
すなわち、日本では、弥勒下生信仰は、敬して遠ざけられるか、温和化してしまったわけです。
文明が異なる、というのはこういうことなのです。
(続く)
終末論・太平天国・白蓮教(その4)
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